マスコミに「パワハラ知事」「おねだり知事」を猛烈に批判され、県議会に全会一致で不信任決議案を可決されて失職した斎藤元彦氏が、11月17日投開票の兵庫県知事選に勝利し、知事に返り咲くことになった。
序盤は元尼崎市長の稲村和美氏にリードを許したものの、中盤からインターネットを中心に支持を広げて激しく追い上げ、最後は逆転した。投票が締め切られた午後8時に当選確実が出る圧勝だった。
議会政治やマスコミの政治報道に対する県民の強烈な不信が示されたといえる。兵庫県だけでなく、国政の行方にも大きな影響を与えそうだ。
斎藤氏の勝因は二つある。まずは対抗馬が乱立したことだ。
斎藤氏は不信任決議案の可決後、県議会を解散せず、失職して出直し知事選に挑む意向を表明。今回の知事選は「斎藤県政はイエスかノーか」が最大の争点となった。
ところが、県議会は全会一致で不信任を突きつけながら、斎藤への対抗馬を絞りきれなかった。
前回知事選で斎藤氏を推薦した自民と維新も不信任決議案に賛成したが、対抗馬を絞りきれず自主投票に。斎藤氏に支援に回る県議もいた。
県議会は、斎藤県政の是非を問う知事選で、戦線が崩壊していたことになる。県議会側の自滅といっていい。
もうひとつは、マスコミ不信だ。
マスコミは激しく斎藤氏を批判する一方、ネットでは「斎藤知事ははめられている」「前知事の県政を否定して行政改革を進めようとしたところ、前知事派の県議会や県庁に疑惑をリークされた」との見方がネットで拡散。斎藤氏が急速に盛り返したのだ。
出口調査では、20〜30代の6割以上、40〜50代の5割以上が斎藤氏に投票した。70代以上の高齢層は稲村氏が圧倒していた。ネット世代は斎藤氏、テレビ世代は稲村氏という傾向がくっきり出たといっていい。ネット世代はテレビの「パワハラ知事」「おねだり知事」報道を信じていなかったのだ。
これまではネットでの影響力は実際の選挙の得票につながらないといわれてきたが、今年夏の東京都知事選で躍進した石丸伸二氏に続いて、兵庫県知事選で勝利した斎藤氏の選挙戦は、ユーチューブなどネットでの影響力が実際の選挙の得票に直結しはじめたことを物語っている。
異例の知事選を経て、今後の兵庫県政はどうなるのか。
県議会はメンツ丸潰れだ。県民に完全否定されたことになる。
県議会がパワハラ疑惑などを調査する百条委員会は続いているが、県民が直接支持した斎藤氏をこれ以上追及するのは困難だろう。
不信任案可決の誤りを認めてただちに関係修復に動くのはあまりに節操がない。県議会は当面は斎藤氏と距離を置きながら、徐々に歩み寄っていくことになるのではないか。
一方、斎藤氏は前知事時代の既得権益にメスを入れたことで逆襲を受けたという見方が広がり、逆転勝利を果たしたことから、行政改革をさらに強力に進めていくほかない。県議会や県庁がこれに抵抗するのは難しく、知事選の民意が行政改革を推し進めるという展開になるかもしれない。
マスコミはさらに深刻な事態だ。
開票速報を伝えるテレビ番組からは「われわれも反省しなければならない」との声も漏れた。一方で、ネットに飛び交った虚偽情報が斎藤氏の勝因だとする見方も披露されていた。ここまで斎藤氏を批判した以上、パワハラやおねだりがなかったとは言えず、この選挙結果をどう受け止めたらよいのか、困惑を隠せない様子だ。
ネット批判をするだけでは、マスコミ不信はますます深まるだろう。マスコミが自らの報道を自己反省しない限り、信頼回復の道のりは険しい。まずは若者・現役世代からは完全にそっぽをむかれている現状を受け止めるしかない。
斎藤氏の疑惑の本質は、内部告発者の犯人探しをし、処分に踏み切ったことだった。公益通報者保護法に違反している疑いが強いことが疑惑の核心だったのだ。ところがマスコミ報道は、県庁内部からリークされるパワハラ疑惑やおねだり疑惑に集中し、本筋の公益通報者保護の問題は二の次だった。このような報道姿勢も問われることになろう。
議会不信とマスコミ不信。兵庫県知事選で示された民意は、今後の国政にも大きな影響を与えるだろう。
今夏の東京都知事選ではユーチューブで人気のある石丸伸二氏が当初はマスコミに泡沫扱いされながら、ネット上で支持を伸ばし、立憲民主党の蓮舫氏を上回る2位に躍進した。
9月の自民党総裁選でも自民党内やマスコミに一時は泡沫候補扱いされた高市早苗氏がユーチューブなどネット戦略で党員票を伸ばし、第一回投票ではトップに立った。
総選挙ではユーチューブを駆使した国民民主党とれいわ新選組が躍進した。
兵庫県知事選は、これまでの政治の行方を大きく決定づけてきた議会とマスコミの影響力低下が鮮明になっている今年の政治情勢の帰結といえるかもしれない。
各党は今後、マスコミ対策以上にネット戦略を磨くことになろう。政党とマスコミの関係、政治報道のあり方も大きく見直しを迫られる。