兵庫県議会の全会一致で不信任決議案を可決されて失職した斎藤元彦氏が、11月17日投開票の兵庫県知事選でSNSで支持を広げ大逆転した。
当初リードしていた元尼崎市長の稲村和美氏は、リベラル派市長として知られていた。彼女が大逆転負けしたのはSNS戦略で斎藤陣営に圧倒されたことに加え、リベラルに大逆風が吹き付けている社会的風潮があると私は感じている。
ここに向き合わない限り、リベラル派はいつまで立っても反転攻勢は難しいだろう。
マスコミに「パワハラ知事」「おねだり知事」と批判され、四面楚歌ではじまった斎藤氏の選挙を大逆転させた最大の理由は、マスコミ不信だ。
斎藤氏は前知事時代の既得権に切り込んだ結果、県議会や県庁に反発され、はめられたとの分析がSNSで拡散。斎藤氏を批判するマスコミ報道に疑念が広がり、「斎藤がんばれ」の県民世論が瞬く間に広がった。
これに対し、マスコミは真偽不明のネット情報が世論を歪めたと反論しているが、マスコミそのものが信用を失っていることは間違いない。ユーチューブでの開票速報でも「マスコミは反省しろ」「あやまれ」とのコメントが乱れ飛んだ。
しかしそれだけで斎藤氏大逆転の説明はつかない。私はもうひとつ見逃せない「勝因」があるとみている。
マスコミが「トップは稲村氏、斎藤氏が激しく後を追っている」という情勢調査を報じた後、斎藤氏の追い上げは加速度を増した。最終段階で「リベラル女性候補の稲村氏vsリベラルメディアに叩かれた斎藤氏」の一騎打ちの構図になったことが、実は斎藤氏大逆転の大きな勝因だったのではないだろうか。
この25年、日本政界に君臨してきた清和会(安倍派)を支えたのは「アンチ・リベラル」の空気だった。その中心にいたのは、現役世代・若年層の男性である。
彼らが中韓との協調などリベラルな外交政策と並んで強く反発してきたのは、女性登用などのジェンダー政策だった。選択的夫婦別姓やLGBT法案が大きな政治テーマとなった。彼らはリベラルと決別した高市早苗氏や杉田水脈氏ら右派の女性政治家を激しく支持する一方、リベラル派の女性政治家を猛烈と批判し、敵視した。
安倍晋三元首相に寵愛され、一時は安倍支持層から絶大な支持を集めた稲田朋美氏が選択的夫婦別姓やLGBT法案に賛成に転じると、安倍支持層が一転して稲田氏を敵視するようになったのは、象徴的事例であろう。右派に人気の日本保守党が結成されたひとつの理由は、稲田氏の落選運動であった。彼らはリベラル派の女性候補を敵視し、つねにその相手を支援する傾向を強めたのだ。
この風潮は安倍支持層だけではなく、現役・若者世代の多くの男性に波及していった。近年、大企業の男性サラリーマンと話すと、女性社員が人事や転勤免除で優遇されていることへの不満を頻繁に耳にするようになった。リベラル派の女性政治家への拒否度が現役・若者世代の男性に急速に広がっていたワケはそこにあるのではないだろうか。
それが顕著に出たのが、東京都知事選だった。
当初は自民党がステルス支援した現職の小池百合子知事に、立憲民主党の共産党が担ぐ蓮舫氏が挑む「大物女性政治家の一騎打ち」となるとみられた。ところが、ユーチューブで人気の石丸伸二・前安芸高田市長が参戦すると、現役・若年世代の男性を中心に強い支持が広がり、蓮舫氏を抜いて2位に躍進したのだ。
石丸陣営は小池知事には当初からかなわないとみていたようである。むしろリベラル派の蓮舫氏を抜いて2位に躍り出て石丸ブームを沸き起こすことに狙いを定めた。石丸支持者たちにも小池知事より蓮舫氏を敵視する風潮が広がった。まさにアンチ・リベラルの空気が石丸ブームを引き起こしたといえるだろう。
今回の兵庫県知事選も、高齢世代のリベラル派が多い立憲支持層はほぼ稲村氏で固まったが、若者・現役世代は圧倒的に斎藤氏に流れた。稲村氏の失速は、都知事選の蓮舫氏の失速と瓜二つである。
稲村氏には何の責任もない。立憲民主党などリベラル派の選挙戦略が甘かったのだ。蓮舫氏の敗因分析を怠ったことが、今回の兵庫県知事選の大逆転負けにつながったのではないか。
この現象は、米大統領選でも起きた。主要メディアが肩入れする民主党のリベラル派女性候補だったカマラ・ハリス氏がトランプ氏に惨敗した。米社会にもリベラル派の女性政治家に対するアンチの空気が覆っていることがうかがえる。
私は男尊女卑の社会的風潮を変えるため、女性の社会進出を後押しする政策は必要だと思っている。そして、男女平等や女性支援の社会活動を高く評価している。
けれども、このような社会運動をそのまま政治運動に持ち込むと、思わぬ反動が生まれる。むしろ反動の政治エネルギーを生み出してしまう。そこが政治運動の難しいところだ。
選挙に勝たなければ政策を実現できない。正論ばかりを吐いても、負ければ実現しない。あたりまえの現実を再認識したうえで、政治活動の戦略を練る必要がある。
兵庫県知事選は、斎藤氏の対立候補がリベラル派の稲村氏に絞られた「対決構図」が斎藤氏を後押ししたという現実を直視するしかない。「マスコミを信じるか信じないか」「リベラルかアンチリベラルか」がウラの大争点となり、「斎藤知事の信任・不信任」という本来の争点が薄れてしまったのではないだろうか。
このような政治的風潮は決して健全とはいえない。けれどもそれを批判するばかりでは、ますますアンチリベラルの風潮が広がり、選挙の行方を大きく左右することになる。
リベラル派の女性政治家を前面に立てれば、ジェンダー政策が進むとは限らない。幅広い支持を獲得して選挙に勝つにはどのような候補者を擁立すればよいのか。たとえ社会の風潮が歪んでいるとしても、リベラル勢力はその現実を直視したうえで、もっとしたたかな選挙戦略を描く必要があるだろう。リアルに政策実現を果たすには避けては通れない道である。