元検事の郷原弁護士と神戸学院大学の上脇教授が、兵庫県知事選で大逆転した斎藤元彦知事とPR会社の折田楓社長を公選法違反で刑事告発した。斎藤知事が公選法で認められた「ポスター制作」などの対価として折田社長に支払ったと説明している71万円は「SNS戦略など選挙運動への報酬」にあたり、運動員買収が成立するとしている。
捜査当局はどう判断するのか。告発状を読み解いてみよう。
まず、刑事告発は誰でもできる。しかし今回は元検事と法学者による告発だ。しかも郷原弁護士は検事として数々の汚職事件を手掛けてきた。実務に精通した専門家だ。上脇教授は自民党の裏金事件を最初に告発した人として知られる。世の中にあふれる刑事告発のなかでも、この二人の告発の信頼度は高い。
郷原氏は「明らかになっている客観的事実だけで買収にあたると判断できる」としている。客観的事実とは
①折田社長のnoteへの投稿②選対中心メンバーの市議のXへの投稿ーーの二つだ。
折田社長自身は自らの投稿で、斎藤知事から広報戦略全般を任されたとし、選挙中は会社をあげてSNS運用に取り組んだとアピールした。このとおりだと公選法違反(運動員買収)が成立する。
これに対し、斎藤知事と弁護人は①70万円は公選法で認められている立候補準備行為(ポスター制作など)への対価である②広報戦略を依頼した事実はない③折田社長や同社社員の選挙活動参加は個人のボランティアだったーーと主張し、折田社長の投稿を全否定した。弁護人は「(折田社長は)盛っている」とも言及し、折田社長の投稿は自己アピールのために尾びれ背びれをつけた虚偽の内容だとの考えを示した。
折田社長の投稿が虚偽であり、折田社長が勝手にボランティアとして選挙活動をしたのなら、斎藤知事の運動員買収は成立しない。論点は、折田社長の投稿が事実がどうかに絞られてくる。
郷原弁護士と上脇教授は、折田社長の投稿が事実だとする根拠として、斎藤選対の中心メンバーだった市議のXへの投稿をあげている。市議は折田社長のnote投稿前に「陣営としてSNSをお願いした方はお一人のみ」「ご本人から承諾をいただきましたので、お伝えすると下記の方です」とし、折田社長のインスタを引用した。さらには折田社長のnote投稿後にはnoteを引用投稿し「今回の選挙においてSNSや紙媒体を担当された方です」と紹介している。
これらの投稿は折田社長の投稿とぴったり重なっている。むしろ折田社長の投稿が公選法違反の事実を示すとしてネットで炎上した後、斎藤知事が反論した内容のほうが無理があるというのである。
告発状は、折田社長の会社は知事選の広報戦略・SNS戦略を業務としておこない、その対価の一部支払いとして71万円が支払われたとし、運動員買収が成立すると結論づけている。斎藤知事や弁護人の反論は、公選法違反を免れるための虚偽であると切り捨てている。
折田社長や市議の投稿以外の客観状況も、折田社長の投稿の信ぴょう性を高めている。
斎藤知事側は報酬71万円について「ポスター製作費5万円、広報スライド制作30万円…」などと列挙しているが、それだけでは71万円が広報戦略全般などへの対価の一部支払いではないことの証明にはならない。実際に折田社長が選挙期間を通じて会社のメンバーとともにSNS運用にあたったことは客観的事実であり、それをボランてシアと言い張ったところで、事実上はその対価が71万円に含まれていると考える方が説得力がある。
実際には依頼して選挙運動をやってもらっているのに、請求書の名目を変えるだけで選挙運動の報酬であることを否定できるのなら、すべての運動員買収は成立しないだろう。斎藤知事側が71万円の請求書のみを公開し、見積書を公開していないのも、71万円が立候補準備行為に限定した対価であるとの根拠をあやしくさせているといえるだろう。
しかも、斎藤知事側は報酬71万円について事前の契約書はなく、口頭契約だったことを明らかにしている。これではなおさら、71万円が法律で認められた立候補準備行為に限定した報酬であるとの主張は説得力を欠く。
折田社長の会社の本業はSNS戦略・運用であり、ポスター制作ではない。なのに対価の中心がポスター制作であり、SNS運用はボランティアというのも合点がいかない。
さらにポスター制作費は公費負担だ。斎藤知事のポスターの印刷は別会社が行なっている。デザインだけを切り離して折田社長の会社に発注し、その分だけ自腹で払うのも不自然だ。
さらに折田社長のnote投稿に掲載された写真には、折田社長のスマホに斎藤知事のSNSアカウントにログインしないとみられない画面が映し出されていた。単なるボランティアにログインパスワードを教えるのも通常ではありえない。
さまざまな状況証拠は、折田社長の信ぴょう性を高める一方、斎藤知事側の反論への疑念を膨らませるものばかりである。捜査当局が折田社長を事情聴取したうえで、証拠を保全すれば、それほど立件が困難な事件とは思えない。
あとは兵庫県警や神戸地検が告発を受けて真面目に捜査するかどうかだけである。自民党の裏金事件では捜査当局が大物政治家の立件を避けた。国民の間で検察や警察に対する不信感は高まっている。今回ばかりは真面目な捜査を求めたい。