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安倍氏の国葬に反対するけれども出席はする!?立憲民主党の泉代表のトンデモ発言にみる日本の民主主義の危機

安倍晋三元首相の国葬には反対するが、政府が国葬を実施した場合は出席する可能性があるーー立憲民主党の泉健太代表の発言に批判が殺到している。

国葬の実施を本気で断念に追い込む覚悟があるのか。この野党第一党の政治姿勢に根本的な疑念が向けられている。現状追認を重ねる野党第一党の不甲斐なさこそ、今の日本政界を覆う閉塞感の根本原因であろう。

国葬に対する支離滅裂な対応を説明した泉代表の記者会見に、この国の政治が行き詰まっている要因が凝縮されていると思うので、該当部分を引用したい。

ーー国葬に出席することはありうるのか?

これは私が出るとか出ないとか勝手に決めるものではありませんし、そしていま招待状が届いている段階でもありません。どんな国葬になるのか、どんな見送り方になるのかも、ある意味まだわからない状況です。その段階でいま判断のしようがないということに尽きます。

ーー反対は明確にしているのに出欠を判断できないというのはどうもわからない。反対しているけれども出席することがありうるのか?

国葬というのは、国が関与する儀式というものは、ひとつひとつ重たいわけなんです。本来であれば国が関与する儀式に、国会に議席を持つ政党は、本来なら出席をするという前提に立っているわけです。それが悩ましいところであります。安倍元総理を悼む気持ちは当然あるし、これまでも内閣葬であれば出席してきたということもあります。そういうこともさまざま考え、国の公式行事ということのなかで、それをわれわれ立憲民主党が拒否をするのかどうかということはよく党内で議論して決めていくべきだということで、代表が俺が出るとか出ないとかを決めているものではない。

論点はたくさんある。ひとつひとつ見ていこう。

どんな国葬になるのか、どんな見送り方になるのかも、ある意味まだわからない状況です。その段階でいま判断のしようがないということに尽きます。

立憲民主党が何の政治信条も社会像も共有せず、単に「非自民・非共産」の面々が寄り集まって自分の国会議員バッチを守ることしか考えていないことを象徴する言葉である。「国葬」を「改憲」に置き換えれば、よくわかるだろう。「どんな改憲になるか、わからない状況です。その段階で判断しようがない」というのは、まさにこの政党がこれまでとってきた改憲への姿勢そのものだ。

結局は、政権与党が行うあらゆる物事・政策に対して、そのつど世論の風向きをみながら、右往左往しつつ、批判を浴びない対策を探していくという、どこまでも受け身で後手後手の政党なのだ。そこからは明確な社会像を掲げ、その実現に向けて先頭に立ち、全エネルギーを傾注していく決意がまったく感じられない(この点、立憲民主党という政党の体質は、私が27年間在籍した朝日新聞社ととても似ていると思う)。

これではいつまで経っても「政権批判票の吐け口」にとどまり、政権交代で社会が変わるという世の中の機運を高めることはできないだろう。ふわふわとした風頼みの万年野党そのものである。

国葬というのは、国が関与する儀式というものは、ひとつひとつ重たいわけなんです。本来であれば国が関与する儀式に、国会に議席を持つ政党は、本来なら出席をするという前提に立っているわけです。

国が決定した儀式には出席するのが当たり前ーー。この言葉ほど、いまの日本の民主主義の危機を象徴しているものはない。国家権力が決めたことには問題があっても従うべきだという風潮を、野党第一党が助長して、どうするつもりだろう。権力に挑むつもりがないのだろうか。これでは政権交代などできるはずがない。

若者を中心に広がる「決まったことには従う」という同調圧力。これが「勝ち組に乗りたい」「負け組に転落したくない」という世の中の空気を醸成し、野党離れを加速させ、自民党の長期政権を許す最大の要因になっているのではないのか。そうした世の中の空気に、野党第一党が同調して、どうするつもりなのか。

政権交代を訴えるべき野党第一党の党首が「政府が決めたことには応じる」というメッセージを発して自ら日本社会の同調圧力を後押ししているのだから、開いた口が塞がらない。こんなことでは政権交代など絶対に無理だ。

この一言をもって「泉おろし」が立憲民主党内に広がらないのだから、この政党は本気で政権を奪い取る気がないのである。

国の公式行事ということのなかで、それをわれわれ立憲民主党が拒否をするのかどうかということはよく党内で議論して決めていくべきだ

「国の公式行事」なら拒否できないという姿勢を野党第一党が示すことは、「国葬」が実施された場合、それを事実上受け入れることを国民に求めているに等しい。

私が国葬に反対する最大の理由は、個人に対する弔意を国民に事実上強制するものだからだ。国家権力から国民の自由と権利を守ることを最重視する「立憲主義」を標榜する立憲民主党が「弔意の強制」に鈍感なのは、自己否定にほかならない。

立憲主義を掲げるのなら、不公正な「国の公式行事」には断固反対し、それを拒絶する姿勢を示すことこそ、あるべき道だろう。政党としての根幹理念にかかわる問題である。いまさら党内議論を経る必要はなく、代表が断固反対の姿勢を表明すれば済む話だ。

それなのに「断固拒否」の姿勢をただちに打ち出さないということは、この政党が掲げる「立憲主義」が口先ばかりの軽薄なものであり、内心は「国家の権威」に重きを置く実像を浮き彫りにしている。

それでは自民党と何も変わらない。政党の根本理念にかかわる問題であり、看過できない発言だ。

現状維持勢力と化した立憲民主党という野党第一党の存在が、腐敗しきった自民党政権を延命させている最大要因である。

この政党を解党に追い込んで、まっとうな政治理念・社会ビジョンを掲げて自民党に真っ向勝負を挑む強力な野党第一党をつくりなおすことが、日本の政治を再建する第一歩であろう。そんな認識を再確認させる泉代表の発言であった。

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