自民党の茂木敏充幹事長が打ち上げた「児童手当の所得制限撤廃」に対する自民党内の実力者の反応が割れている。「ポスト岸田」をめぐるそれぞれの思惑が入り乱れている格好だ。ひとりずつ吟味してみよう。
茂木氏が所得制限撤廃を打ち上げたのは1月25日の衆院代表質問だった。自民党内の議論を経ないまま幹事長が党を代表して表明したことに驚きが広がった。茂木氏は民主党政権時代に所得制限のない「子ども手当」を猛烈に批判していた過去があり、野党からも「どの口が言う」と批判があがった。
茂木氏は1月29日のNHK番組で立憲民主党の岡田克也幹事長に対し、過去に所得制限を強く主張したことについて「反省する」と述べたうえで、「所得制限をなくすべきだ。その方向でまとめていきたい」「時代の変化に応じて必要な政策の見直しをちゅうちょなくする」と強調し、自民党の意見集約に強い意欲を示した。
茂木氏に同調したのは公明党だ。1月31日に4月の統一地方選で掲げる重点政策を発表し、児童手当の所得制限撤廃を目玉政策に掲げたのだ。山口那津男代表は所得制限について「本来の公明党の考え方ではない。撤廃を改めて主張したい」と強調。「公明党は児童手当の生みの親であり、育ての親でもある」とも踏み込んだ。
時系列としては茂木氏が先に打ち上げ、公明党が後から続いたかたちだが、実際は公明党が統一地方選挙の目玉公約に掲げることが先に決まっていて、それに茂木氏が同調したのだろう。茂木ー公明ラインが水面化で連携しているとしたら、これまでにない動きといっていい。
茂木氏は第二派閥の領袖としてポスト岸田をうかがうが、党内人気も知名度もいまひとつ。岸田首相より二つ年上の67歳だ。岸田政権が長引くと首相の順番が回ってこなくなるという焦りもあろう。
昨年秋の臨時国会からは岸田首相との関係もぎくしゃくしている。突然の所得制限撤廃は、財務省寄りの岸田首相や麻生太郎副総裁と一線を画し、連立相手の公明党をはじめ新たな支持基盤を広げて「政権取り」にいよいよ動き出す狙いもあるとみられる。岸田首相の政敵である菅義偉前首相と近い維新に接近していることも同様の思惑からだろう。これまで茂木氏の後ろ盾だった麻生氏との関係をどうするのかがポイントになる。
茂木氏の提案に対して、岸田首相は1月30日の衆院予算委員会で「一つの意見だと認識している」と述べるにとどめた。一部では「前向きな姿勢を示した」と報じられたが、私は冷ややかな反応だと受け止めた。
岸田首相が所得制限撤廃に前向きならば、茂木氏が代表質問で打ち上げる前に、自らの施政方針演説で表明したはずである。岸田首相が茂木氏に花を持たせるような関係に、いまのふたりはない。
むしろ、自らが掲げた「異次元の少子化対策」に便乗して、ポスト岸田をうかがう茂木氏がさらに一歩進めて所得制限撤廃を打ち出したことに対し、手柄を横取りされた気分がして不愉快なのではないか。そう思わせるほど両者の関係は冷え込んでいる。
岸田首相は茂木氏が代表質問で所得制限撤廃を打ち出すという報告を受けていなかったとの情報もある。茂木氏がポスト岸田への意欲を隠さないことが、岸田首相は心から嫌なのだ。主流3派(麻生派、茂木派、岸田派)の結束は大きく揺らいでいるといっていい。
これに対して岸田首相と距離を置く非主流派はどうか。とりわけ安倍晋三元首相の後継争いが激化している最大派閥・清和会の実力者たちの反応に注目だ。
清和会次期会長のトップを走る萩生田光一政調会長は1月28日、金沢市で記者団に「異次元の少子化対策のための提案で、しっかり議論する。一つのアイデアとして検討に値する」と述べた(こちら参照)。「財政規律も守らなければならない。限られた財源の中でどのように子育て支援を充実させるか。バランスを取りながら考えるべきだ」と留保しているものの、岸田首相よりははるかに前向きな姿勢といえるだろう。
萩生田氏は菅前首相と連携して「岸田降ろし」を仕掛けるタイミングをうかがっている。次期首相に菅氏らを担いで自らは幹事長の座を射止めれば、清和会会長のイスが転がり込んでくる。そのためには茂木氏が打ち上げた所得制限撤廃を後押しすることで主流派の分断を煽るのは、岸田降ろしへの布石にもなる。
今後、茂木氏と萩生田氏が「アンチ岸田」で連携を深める展開もあろう。ただ、最終的にはポスト岸田をめぐって、あくまでも自らが次期首相になることにこだわる茂木氏と菅氏擁立をめざす萩生田氏が簡単に折り合えるとは限らない。「岸田降ろし」に絞った呉越同舟となる可能性が高い。
これに対し、清和会会長レースで萩生田氏の最大のライバルである西村康稔経済産業相は1日の衆院予算委員会で、児童手当の所得制限撤廃について「限られた財源の中で、高所得者に配るよりも、厳しい状況にある人を上乗せや別の形で支援すべきだ」と反対の姿勢を鮮明にした(こちら参照)。岸田内閣の閣僚として岸田首相と歩調をあわせることで萩生田氏から主導権を取り戻す狙いが透けてみえる。
岸田首相としては西村氏を主流派に引き込むことで清和会を分断することが、菅ー萩生田ラインを牽制し、政権を延命させるために最も有効だと考えているに違いない。清和会の松野博一官房長官とあわせて西村氏を閣内で重用する姿勢を強めていくとみられる。
注目すべきは萩生田氏とも西村氏とも清和会で競争関係にある自民党の世耕弘成参院幹事長だ。
世耕氏は地元・和歌山で二階俊博元幹事長の壁を前に衆院鞍替えがなかなか実現せず、清和会会長レースでも萩生田氏や西村氏に一歩先を越されている。しかし清和会所属の参院議員への影響力は大きく、派閥内での発言力は無視できない。
その世耕氏は1月27日の記者会見で、所得制限撤廃について「対応を考えることは極めて重要」「所得制限が子育てで非常に大きな負担になっている面は否めない」と賛成の立場を鮮明にしたのだ(こちら参照)。
清和会の実力者3人は、①明確に反対の西村経産相(岸田首相と連携)②明確に賛成の世耕参院幹事長(アンチ岸田)③やや賛成の萩生田政調会長(菅前首相と連携)に色分けされた。この3人の主導権争いがどうなるか、それによって清和会は岸田政権を支えるのか、降ろしに動くのか、はたまた分裂するのか。ここが当面の自民党内政局の大きな注目点といえるだろう。
菅義偉前首相が岸田降ろしの狼煙をあげ、通常国会は波乱含みで開幕しました。岸田首相は支持率が低迷しても衆院解散権を封印しながら24年秋の自民党総裁選まで居座るつもりのようです。麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長の主流派はどう動くのか。菅前首相や萩生田光一政調会長は「岸田降ろし」をどう仕掛けるのか。自民党内の権力抗争の鍵を握るのは誰かーー。ユーチューブ動画でさらに深掘りしましたので、ご覧ください。