参院選に向けて支持率低迷にあえぐ立憲民主党に追い討ちをかける痛打である。
同党岐阜県連の常任顧問で元参院議員の山下八洲夫氏(79)が5月8日、現職の国会議員になりすまして東海道新幹線のグリーン券をだまし取ったとして詐欺容疑などで愛知県警に逮捕されたのだ。
マスコミ各社の報道によると、山下氏は4月27日、偽造した国会議員用の申込書を東京駅の駅員に提出し、東京ー名古屋間の新幹線特急券・グリーン券2枚をだまし取った疑いがもたれている。
山下氏は「無賃乗車というのは分かっていた。悪いことをしていると思いながらやってしまった」と容疑を認め、「昔の経験が忘れられなかった」「過去にもやった」とも供述しているという。
国会議員は、国会議員用の申込書と国会議員に交付される鉄道乗車証(いわゆる「無料パス」)を提示するとJRをタダで利用できる。山下氏は別の国会議員の名前を申込書に記入したうえ、自らが参院議員時代に利用していた期限切れの乗車証を提示し、東京ー名古屋間の往復切符を求めたようだ。
この際、駅員が誤って2枚とも名古屋行きを手渡したため、山下氏は名古屋駅到着後に1枚を交換。この後、JR東海が申込書に氏名を記載された国会議員側に連絡をとったことで発覚した。東京行きが5月8日の切符だったため、捜査員が同日にJR名古屋駅で待ち構えていたところへ山下氏が現れ、任意同行のうえ逮捕されたという経緯が報道されている。
何とも呆れかえる話だ。山下氏は2010年参院選で落選した後、同様の不正を重ねていた疑いは濃厚である。この人はいったい何のために国会議員をやってきたのだろう。
そしてこの問題は、ひとりの元国会議員の不祥事というモラルの問題でとどまらない。参院選を2ヶ月後に控えた立憲民主党にとって、極めて大きな政治的ダメージを与えることは間違いない。
なぜならこの事件は、参院選で「打倒・立憲」を掲げて野党第一党の座を奪い取る目標を鮮明に打ち出している日本維新の会が最大のターゲットにしている「議員特権」をクローズアップさせるからだ。
維新の反応は早かった。今や創始者の橋下徹氏に代わって「維新の顔」となった吉村洋文・大阪府知事(維新副代表)はさっそくこの事件についてツイートを連打。「無料パス廃止」を求めるたくさんの声が維新に届いていることを明らかにした上で、まずは議員パスを電子化し、使用履歴を透明にするよう訴えた。
国会議員に与えられる議員パスとはどんなものか。立憲民主党会派の米山隆一衆院議員がツイッターに写真をアップして紹介している。名前や年齢、有効期限は記載されているものの、顔写真はない。
JRの駅員たちも国会議事堂が大きく印刷された「無料パス」をチラッと提示されたら、国会議員相手に入念にチェックするのは遠慮しているのが実態かもしれない。
米山氏が指摘するとおり、名前や有効期限のフォントを大きくすることはすぐにでもできる対応策だし、吉村氏が指摘する電子化もさほど難しいことではない。本来なら山下氏が所属する立憲民主党が真っ先に対応策を提起して各党の意見集約に動くのは当然だろう。
立憲民主党の泉健太代表は5月9日、山下氏を除籍処分にしたうえ、全額弁済を求めるコメントをツイッターで発表した。できるだけ早く事態を鎮静化させなければ取り返しのつかないダメージを受けるという危機感が泉代表にもあるに違いない。
だが、泉代表から「無料パス」そのものをどうするのか、さらには「議員特権」についてどう見直していくのかという積極的な発信は行われていない。
今年はじめに立憲民主党からインターネットメディア「CLP」への不透明な資金提供の問題でも、泉代表ー西村智奈美幹事長の執行部は真相究明に極めて後ろ向きで、事後対応力の低さをさらけ出した。
立憲民主党よ、お前もか!? 西村智奈美幹事長よ、お前もか!? 期待ハズレのCLP釈明会見を読み解く
立憲民主党の対応は常に後手に回り、自民党や維新に主導権を握られるケースが目立つ。今回も吉村知事ら維新に無料パスの電子化などの対応策を先手を打って仕掛けられている印象だ。このあたりが立憲民主党が埋没している大きな要因であろう。
幸いなことに、吉村知事も「無料パス廃止」には踏み込んでいない。吉村知事は、文書交通費が初当選した新人議員に在職日数1日でも満額支給された問題を批判しながら、自分自身が衆院議員を辞職した時に満額を受け取っていたことが発覚し、批判が跳ね返ってきた苦い記憶がある。今回もただちに「無料パス廃止」を打ち出すのに若干の躊躇があったのではないか。
立憲民主党は巻き返しに好機である。
無料パスは資金力に乏しい少数政党や若手議員が大政党や大物議員に対抗して全国各地を飛び回ることを支える有用な側面もある。全面廃止すると、圧倒的な資金力を誇る自民党に有利に、資金力の弱い野党に不利に働く可能性が高いだろう。
立憲民主党がこの対応に手間取れば、逆に自民党や維新から「無料パス廃止」を仕掛けられ、参院選を前に防戦一方になる恐れもある。参院選は格差社会の是正や自公政権の無為無策による物価高などが主要争点になるべきだが、自公政権はそれを覆い隠すために「無料パス廃止」を打ち出し、立憲民主党を揺さぶってくる可能性も否定できない。ここは立憲民主党が先手を打って「無料パス」改革を打ち出したほうがいい。
少なくとも電子化は実施するとして、さらなる改革として私が提案したいのは、「グリーン車は国会議員の自腹とする」という改革だ。
国会議員が全国各地を飛び回って有権者と接することはとても大切である。だが、そのために国会議員がグリーン車に乗る必要はない。自由席で十分だ。いや、自由席のほうが望ましい。グリーン車でふんぞり返って寝ているよりも、自由席で一般庶民と触れ合いながら移動すればいいではないか。それが民主政治における国会議員のあるべき姿勢であろう。どうしてもグリーン車で身体を休めながら移動したいときは、グリーン料金は自腹で払えばいいだけのことである。それが世間の常識というものだ。
格差社会の是正や物価高対策に比べれば小さな話かもしれない。しかしこのくらいの改革を一瞬に実行できないようでは、格差社会の是正や物価高対策もできるはずがない。
泉さん、この記事を読んでいたら、維新に提案される前に「グリーン車は自腹にするというルールを各党に提案します。まずは立憲民主党の国会議員が率先して実行します」と宣言すればどうでしょう! いますぐにでも実行できる「改革」です。自民党議員はグリーン車で移動するが、立憲民主党の議員は自由席で移動するーーそんな姿が有権者に知れ渡れば、政党支持率も上向くのでは?