菅義偉首相が地元・横浜市長選で惨敗し、自民党内では秋の衆院選挙にむけて「菅首相で戦えるのか」という危機感が広がっている。驚くべきことに、菅首相が強く支援した自民党の小此木八郎氏は、菅氏の選挙区である衆院神奈川2区(横浜市西区・南区・港南区)でも野党共闘の山中竹春氏に大敗したのだった。
まさに首相自身の選挙区でも「菅政権NO!」の民意が吹き荒れたといっていい。秋の衆院選挙で神奈川2区から強力な野党候補が出馬すれば、菅首相自身が落選する事態が現実味を帯びてきたといえるだろう。
一方、野党も喜んでばかりいられない。立憲民主党は地元選出の江田憲司衆院議員を中心に元横浜市立大学教授の山中氏擁立を決定したが、その山中氏にパワハラ疑惑が浮上するなどしたため市長としての適格性を疑問視する声が野党支持者内からも相次ぎ、元長野県知事で作家の田中康夫氏に支持が流れる「野党分裂」を招いた。
さらに立憲民主党は共産党を敵視する連合に配慮して共産党に「自主的支援」にとどめるよう求めたため、共産党が市長選で山中支援の前面に出ることはなく、共産党支持者には不満がくすぶっている。
しかも、共産党は秋の衆院選挙で「野党連合政権」の実現を掲げているのに対し、立憲民主党の枝野幸男代表は共産党と政権構想をつくるのに極めて後ろ向きな姿勢を崩していない。衆院選挙の一人区は共産党に公認擁立を見送るかたちでの一本化を求めながら、共通公約を含む野党共闘体制の全体について政党間協議は遅々として進まず、共産党執行部は疑念を膨らませている。
共産党の小池晃書記局長は横浜市長選後の記者会見で「自主的な支援」にとどまったことについて、「一部に今回の市長選のたたかい方を国政選挙の“ひな型”にするという議論があるが、そういうわけにはいかない」と強調し、立憲民主党を強く牽制。「選挙においては対等平等、相互尊重が基本原則だ。今後の国政選挙においては、この原則でたたかうことを各党に求めていく」とも述べ、立憲民主党が共産党に一方的に譲歩を迫ることには応じられないとの姿勢を鮮明にした。
野党共闘で横浜市長選を制したものの、その足元は極めて脆弱なのだ。
せっかくの横浜市長選の勝利を、政権交代をめざす秋の衆院選挙につなげるため、野党陣営はどうしたらよいのか。きょうは私案を提起したい。
横浜市長選は、感染爆発と医療崩壊を招いた菅政権に対する世論の「退陣要求」が示されたものである。しかし菅首相は今後も政権を担う意向を示し、9月の自民党総裁選で再選を果たしたうえで、10月の衆院選挙でも過半数を制し、長期政権を目指すつもりだ。自民党内には総裁選にむけて「菅降ろし」が強まるものの、菅首相再選を予測する声も根強く、菅首相は強気な姿勢を崩していない。
自民党が菅首相を再選させたとしても、野党が衆院選挙で過半数を制し政権を奪取すれば、菅首相を引きずり下ろすことができる。しかし、内閣支持率が大きく下落しても、立憲民主党の支持率はさほど上昇せず、野党が政権批判の受け皿になっていないのは明白だ。横浜市長選の投票率も5割を切り、感染爆発や医療崩壊に対する有権者の怒りが投票行動に直結しているとは言い難いのが実情だ。このまま衆院選挙に突入しても、野党が過半数を制して政権交代が実現する可能性は決して高くはない。
だが、政権交代が実現しなくても、野党が菅首相を引きずり下ろす方法がひとつだけある。菅首相の選挙区である衆院神奈川2区に強力な対抗馬を擁立して、菅首相を落選させてしまうことだ。横浜市長選の投票結果をみたら、それは決して難しいことではない。
内閣総理大臣は国会議員でなければならない(憲法67条)。菅首相が落選すれば首相を続けることは不可能だ。仮に比例区で復活しても選挙区で敗北した国会議員が首相を続けることは政治的にありえない話である。つまり野党は全国的に勝利しなくても、衆院神奈川2区で菅首相にさえ勝てば、菅政権に終止符を打てるのだ。
菅政権に対する国民的不満が高まるなかで、野党が神奈川2区を最重点選挙区に掲げ、まさに野党共闘で菅首相を落選させることに全力をあげたら、その意気込みは全国に波及し、野党の存在感を高めて衆院選挙全体を盛り上げ、政権交代へのうねりを生み出すことが期待できる。神奈川2区を舞台とした「菅首相の落選運動」に野党共闘で全力をあげることが、政権交代への起爆剤となるのではないか。
現状では菅首相に対抗し、立憲民主党は2009年衆院選挙に神奈川3区から出馬して小此木氏を破り衆院議員を一期務めた岡本英子氏を、共産党は新顔の明石行夫氏を擁立する方向で準備を進めている。ここで野党の候補者を一本化することは、有権者に対する最低限の責任であろう。しかし、仮に一本化が実現したとしても、知名度も地盤の弱い岡本氏や明石氏では菅首相を落選させることは非常に厳しい。それでは「野党の本気度」が問われてしまう。
立憲民主党も共産党も候補者を引き下げ、まったく別の強力な候補者を一致結束して擁立する。そして「菅首相の落選運動」を大々的に展開し、神奈川2区を政権交代をめざす野党共闘のシンボルに押し立てるーーそれが最善手であるのは誰に目にも明らかだ。
そこで問題となるのは、菅首相の対抗馬として誰を擁立するかである。格好の人物がふたりいる。
ひとりは、横浜市長選に出馬した田中康夫氏だ。
田中氏はカジノ誘致に反対したことに加え、横浜市長選が与野党の代理戦争になることへ疑問を示し、中学校の温かい完全給食の実現や水道料金値上げの撤回など市民に密着した公約を掲げ、草の根の選挙運動を展開。野党支持層や無党派層に浸透し、山中氏、小此木氏に続いて現職の林文子氏とほぼ並ぶ得票を獲得、善戦した。
とくに山中氏擁立に不満を抱く野党支持層の多くは田中氏支持に流れたとみられる。ツイッターでは「本当は山中氏より田中氏に投票したかったが、小此木氏を倒すためやむなく山中氏に投票した」「野党が最初から田中氏を擁立していたら、もっと素直に勝利を喜ぶことができた」といった投稿が相次いでいる。
山中氏擁立が野党支持層に亀裂を生じさせたのは間違いない。田中氏を衆院神奈川2区の野党共闘候補として擁立し、「打倒・菅首相」の先頭に立ってもらうのは、野党支持層に生じた亀裂を修復するきっかけとなろう。田中氏は発信力もあり、神奈川2区を舞台とした「菅首相の落選運動」はマスコミの注目を集め、全国的な投票率アップを引き起こすことも期待できる。立憲民主党とも共産党とも距離を置く田中氏は「野党共闘」のシンボルとしても最適だ。
もうひとりは、れいわ新選組の山本太郎氏である。
2019 年参院選挙の山本フィーバーは強烈だった。当選した木村英子氏ら「弱い立場にある無名の当事者たち」を候補者に擁立し、政治の不条理を説いて回る山本氏の街頭演説に多くの群衆が熱狂した。
強烈なカリスマ性を発揮した山本氏に強い警戒感を示したのが、野党共闘のリーダーである立憲民主党の枝野幸男代表だった。枝野氏は山本氏との連携に極めて後ろ向きで、両者の関係はどんどん冷え込んで決裂。山本氏は2020年の東京都知事選に野党共闘の枠組みを飛び出して出馬に踏み切ったのである。
都知事選の敗北後、れいわ新選組は党内の混乱で失速し、山本氏の存在感は薄れていく。山本氏の組織管理能力の欠如にその原因はあるにせよ、山本氏ほどカリスマ性のある野党政治家はほとんど見当たらない現状をみるにつけ、山本氏を抱き込んで政権交代へのエネルギーに変えていくという懐の深さをみせることなく、山本氏の勢いをつぶしてしまった枝野氏の度量の狭さに、多くの野党支持者は落胆したのだった。
山本氏は秋の衆院選挙に出馬する意向を示しつつ、どの選挙区から出馬するのかは明らかにしていない。最も効果的な選挙区を吟味していることだろう。もちろん、菅首相のお膝元である神奈川2区は有力な選択肢の一つであるに違いない。
ここで枝野氏が過去のいきさつを水に流して和解し、山本氏を「菅首相の落選運動」の先頭に立つ野党共闘候補として担ぐことができれば、神奈川2区は全国随一の注目選挙区になることは間違いない。もつれにもつれた立憲民主党とれいわ新選組の関係を修復し、野党共闘を根幹から鍛え直すきっかけになろう。立憲民主党と共産党の間に横たわる不信感を解消する契機になるかもしれない。何より全国の野党支持層や無党派層の期待感を高めることができる。
田中康夫氏か、山本太郎氏か。神奈川2区の野党共闘候補はこの2人のどちらかが適任だ。この擁立を主導できるのは、野党共闘の首相候補である枝野氏だけである。2人のどちらかを説得し、さらには野党全体を説得できるかどうか。
神奈川2区に野党共闘で強力な対抗馬を擁立して「菅首相の落選運動」を展開し、この地を政権交代の震源地と位置付けることは、枝野氏が秋の衆院選挙で首相候補として幅広い期待を集めるための最強の戦略であると私は思う。