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来春の電撃辞任へ、岸田首相最後の望みは「宏池会歴代首相の在任期間ランキング2位」〜来年2月に鈴木善幸を超え、初代池田勇人に続く存在になればもう満足?

岸田文雄首相が来春の予算成立を機に電撃辞任し、緊急の自民党総裁選に茂木敏充幹事長を擁立して菅義偉前首相が担ぐ「小石河」(小泉進次郎元環境相、石破茂元幹事長、河野太郎デジタル担当相)を抑え込んで茂木政権を樹立させるーー麻生太郎副総裁ら主流派(麻生派、茂木派、岸田派)の一部がそのような極秘シナリオを練っていることはすでに伝えた(解説動画はこちら)。

岸田首相はポスト岸田をうかがう茂木氏を警戒して9月の内閣改造・党役員人事で幹事長から外そうと画策したが、土壇場で麻生氏に押し返された。

その後も菅氏と親密な森山裕総務会長らと連携して「年内解散論」を流布して麻生・茂木ラインを牽制してきたが、人気回復を狙って打ち上げた所得税減税が不発に終わり、内閣支持率が続落してついにギブアップ。11月7日に森山氏らに「これ以上解散風を吹かせないように」と指示し、11月9日にはマスコミ各社に年内解散を見送る意向を固めたと一斉に報道され、岸田政権は完全にレームダックとなった。

岸田首相の解散権を封印し、首相の電撃辞任から茂木氏への禅譲を描く麻生・茂木ラインが勝利を手中に収めつつあるといえるだろう。

岸田首相は「切れ目のない経済対策」を掲げていることから、年明けの通常国会で当初予算を成立させるまでは踏みとどまり、成立後に電撃辞任してただちに臨時の総裁選を挙行。茂木氏が先手必勝で名乗りをあげ、茂木政権への流れを一気につくる奇襲作戦である。

岸田首相は内閣支持率が劇的に回復して電撃辞任を回避する道をなお模索するだろうが。その望みは薄い。それでも「当初予算成立」を口実に3月までは首相の座にどうしてもとどまりたい理由がある。

それは在任期間へのこだわりである。

岸田首相は老舗派閥・宏池会の第9代会長である。この9人のうち、首相になったのは岸田氏を含めて5人だ。

首相の在任日数と就任年月は以下のとおりである。

初代会長 池田勇人 1575日 (1960年7月就任)

3代会長 大平正芳  554日 (1978年12月就任)

4代会長 鈴木善幸  864日 (1980年7月就任)

5代会長 宮沢喜一  644日 (1991年11月就任)

9代会長 岸田文雄  772日=11月14日現在 (2021年10月就任)

初代の池田勇人の1575日(4年4ヶ月)は遠く及ばないものの、岸田首相はすでに大平正芳と宮沢喜一を抜いて宏池会の歴代3位になっている。そして来年2月には鈴木善幸を抜いて歴代2位に躍り出るのだ。

派閥内の首相在任期間ランキングにそれほど執着するのかと首を傾げる方も多いだろうが、岸田氏と首相就任後に会った新聞記者から私が聞いたところによると、岸田首相は歴代宏池会会長の首相在任期間をそらんじていたという。当初から在任期間ランキングを強く意識していたのだ。

当初予算の成立は来年3月。そこまで首相の座に踏みとどまれば、鈴木善幸を抜いて2位となる。宏池会創始者の池田勇人に続く「大宰相」だーー。愛好するメガネもブランド志向の岸田首相である。政治キャリアもブランド志向とみて間違いない。

宏池会は東大・旧大蔵省出身のエリートがひしめく「お公家集団」と言われてきた。池田勇人、大平正芳、宮沢喜一はいずれも旧大蔵官僚だ。

宏池会のプリンスといわれた加藤紘一も東大・外務省出身のエリートだった。岸田氏の同世代のライバルで今は宏池会ナンバー2の林芳正前外相も東大卒、宏池会重鎮で岸田氏のいとこにあたる宮沢洋一党税調会長は東大・旧大蔵省出身だ。

これに対し、3世議員の岸田首相は東大受験に失敗し、2浪して早稲田大に入った。私の朝日新聞時代の同僚記者がかつて岸田氏を取材する際に「早稲田の後輩です」と名刺を渡したところ、岸田氏は「僕は開成(高校)だよ」と応じたという。ここにも岸田首相のブランド志向がみてとれる。

東大やエリート官僚の出身者がひしめく宏池会で、岸田首相はコンプレックスを募らせてきたのは間違いない。私が宏池会を担当した2002〜03年ごろ、岸田首相は当選3回の中堅議員だったが、菅義偉氏らに比べて影が薄かった。当時は参院議員だった林氏のほうがはるかに「将来の首相候補」としてもてはやされていた。

周囲が思う以上に、岸田首相は「宏池会の人」であり、それだけに「宏池会歴代首相の在任期間ランキング2位」の座に執着していると私は思う。

ここでもうひとつ面白いのは、岸田首相に2位の座を奪われそうな鈴木善幸の息子・鈴木俊一氏が岸田内閣で財務相を務めていることだ。

鈴木俊一氏も宏池会に所属したが、姉が麻生太郎氏に嫁いだ(つまり、鈴木氏は麻生氏の義弟)ことから、かつて加藤紘一に反発して宏池会を飛び出した麻生氏の派閥(麻生派)に身を置いている。

麻生氏が憲政史上最長の安倍政権とその後の菅政権のナンバー2として副総理兼財務相を務め上げた後、財務相の後継者として鈴木氏を押し込んだことからも、鈴木氏は麻生氏が最も信頼を寄せる側近(親戚?)といえるだろう。

岸田首相が「税収増を国民に還元する」として打ち上げた所得税減税について、鈴木氏が「還元する原資はない」「税収増はすでに政策的経費や国債償還に使ってしまった」との見解を示して疑義を唱えたのは、首相主導の減税に反発する財務省内の空気を反映したという理由だけではなく、父・鈴木善幸の在任期間越えに躍起になる岸田首相への意趣返しだったのではないかと私は想像している。

岸田首相はいまなお内閣支持率を劇的に回復させて来年3月の電撃辞任リナリオを回避したいと考えているだろうが、2月に「鈴木善幸超え」を達成し、宏池会歴代首相の在任期間2位に躍り出た時、案外、満足して電撃辞任シナリオを受け入れる気持ちになるのではないか。


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