岸田文雄首相は宏池会(岸田派)解散を表明したことで3月退陣の危機を回避した。岸田派に続いて二階派、安倍派、森山派が解散を決定し、派閥存続を決めた麻生派と茂木派に寒風が吹きつけている。自民党議員の7割が無派閥となり、派閥の親分の重しがとれたことで、岸田首相の影響力が相対的に強まる可能性がある。
岸田首相はキングメーカーの麻生太郎副総裁から今春の訪米と予算成立を花道に退陣するように迫られていた。安倍派と二階派に加え、岸田派も裏金事件で立件され、追い詰められて放った「派閥解散」という捨て身の逆襲で逆に麻生氏を窮地に追いやり、政権延命に成功した格好だ。
麻生氏がポスト岸田に担ぐつもりだった茂木敏充幹事長の打撃はさらに大きい。茂木派は派閥本流の小渕優子氏や青木一彦氏(参院のドンといわれた青木幹雄元官房長官の長男)に加え、参院有力者らが次々に離脱。麻生氏に担がれて派閥の多数派工作でポスト岸田を狙う茂木氏の戦略は崩壊したといっていい。今年9月の総裁選に出馬できるか微妙な情勢だ。岸田首相の「派閥解散」の一手は、最大のライバルだった茂木氏をつぶす効果もあったのだ。
毎日新聞の世論調査では12月の内閣支持率は16%に沈んでいたが、派閥解散を決めた後の1月の世論調査では21%に回復。麻生・茂木・岸田の主流3派体制に終止符を打ち、麻生氏の政敵として派閥解消を唱えてきた菅義偉前首相との連携も視野に、政権再建を目指すことになる。
3月下旬の予算成立までは野党の裏金事件の追及で防戦一方となる可能性があるが、4月10日には国賓待遇で米国に招待される。昨年はキーウ電撃訪問と広島サミットで支持率を回復させた。今年は「国賓待遇の訪米」を機に反転攻勢を仕掛け、4月28日の衆院3補選を乗り切りたい考えだ。
衆院3補選は、①旧統一教会やセクハラ疑惑で批判を浴びた元安倍派会長の細田博之前衆院議長の死去に伴う島根1区、②江東区長選の選挙買収事件で起訴された柿沢未途氏の議員辞職に伴う東京15区、③安倍派裏金事件で略式起訴された谷川弥一氏の議員辞職に伴う長崎3区。いずれも自民党は大逆風の戦いとなる。
ここで3連敗すれば、岸田田首相では次の総選挙は戦えないという危機感が強まり、「岸田おろし」が再燃する可能性が高い。岸田首相が政権にしがみついたとしても、9月の総裁選で再選を果たすのは難しくなる。岸田政権は再びレームダック化し、石破茂元幹事長や高市早苗経済安保担当相、林芳正官房長官、上川陽子外相らによるポスト岸田レースが事実上始まるだろう。
一方、衆院3補選で勝ち越せば、状況は一変する。岸田首相は自信を深め、9月の総裁選で無投票再選を果たすため、先手を打って衆院解散・総選挙を断行する戦略を探るだろう。
総裁選前に解散総選挙に踏み切り、国民の信を得て、総裁選を無投票で乗り切るのは、過去の首相の多くが選択してきた常套手段である。岸田首相が衆院解散を断行するタイミングとして有力視されるのは、通常国会会期末の6月だ。
最終的な時期は、裏金事件を受けた政治資金規正法の改正と絡むだろう。与野党協議が順調に進めば、改正案を成立させた後に解散という運びもある。しかし、総選挙を目前に野党が中途半端な改正案で妥協することは考えにくい。
自民党は政治資金を透明化をできるだけ避けたいのが本音。とはいえ、野党の反対を振り切って中途半端な改正案を強行採決したら、世論の批判が高まるのは必至だ。
そこで想定されるのは、与野党の改正協議が本格化する前に衆院解散を断行し、「前向きに検討します」という曖昧な公約を掲げて総選挙を先に乗り切ってしまう「奇策」である。選挙さえ終われば、骨抜き改正案を安心して成立させることができるという算段だ。
この場合、早ければ衆院3補選が予定されている4月28日に総選挙の投開票をぶつける形で4月10日の訪米直後に衆院解散に踏み切る可能性も捨てきれない。この場合、自民大逆風の衆院3補選は吹き飛ぶという効果がある。もちろん、4月10日の首相訪米後に内閣支持率がかなり回復していることが条件だ。
衆院3補選を勝ち越せば、政治資金規正法の改正協議の進捗状況をみつつ、解散の時期を探ることになる。この場合は5月〜6月にかけての解散が有力であろう。
岸田首相が総裁選前の解散総選挙に勝利すれば、小泉政権や安倍政権に並ぶ長期政権が視野に入ってくる。さて、政局はどう転んでいくか。
内閣支持率は「派閥解消」の旗印のもとでさらに回復していくのか、それとも「派閥解消は政治資金の透明化から目をそらすための偽装」との評価が広がって支持率は低迷し続けるのか。岸田首相が国民の支持をどれだけ取り戻せるかが当面の焦点といっていい。