岸田文雄首相は誰からも頼まれていないのに、疑惑を抱えた政治家が自ら弁明する場である政治倫理審査会(政倫審)に首相として初めて出席したのは、前代未聞の出来事だった。
安倍派や二階派の裏金作りの経緯を首相自身が知る由もなく、結局は予算委員会での答弁を繰り返すばかりで疑惑解明にはまったく役に立たなかった。
とはいえ、政倫審の完全公開に難色を示していた安倍派や二階派の幹部たちが一転して完全公開を受け入れたのは、岸田首相の奇策が功を奏したともいえるだろう。
1月の岸田派解散と同じ構図である。岸田首相が率先して岸田派解散を打ち出したことで、安倍派や二階派も解散せざるを得ない状況を作り出した。その成功体験に基づいて今回の政倫審出席を思いついたのは想像に難くない。
政倫審に出席した安倍派幹部たちは「会計には一切関与していない」と横並びで主張し、疑惑は深まるばかりで政倫審は終わった。自民党は完全公開の政倫審を実施したことで一定の説明責任果たされたとし、幕引きを図る構えだ。
自民党が3月2日の土曜日に衆院で予算案を強行採決して参院に送り、年度内成立を確実にすることにこだわるのは、参院での裏金追及を無力化させる狙いからだ。年度内成立さえ確実になれば、参院で裏金議員の証人喚問や参考人招致を野党に迫られても突っぱねることができる。
岸田首相が政倫審に出席するという奇手は、国会対策上は有効だったが、疑惑解明の効果はなかったといえるだろう。
とはいえ、岸田首相と自民党執行部の関係において、首相の政倫審出席というサプライズは、大きな政治的意味を残した。岸田派解散に続いて政倫審出席という奇手を、岸田首相が独断専行で決めたため、「9月の総裁選での再選を目指して、岸田首相は何をしでかすかわからない」という恐怖心を自民党内に植えつけたのである。
岸田首相が9月の総裁選で再選を果たすには、内閣支持率を回復させて「次の総選挙の顔」として自民党内で認められるか、総裁選前に解散総選挙を断行して勝利するかのいずれかが必要だ。内閣支持率が回復せず、解散総選挙に踏み切れないまま9月の総裁選を迎えると、岸田首相は不出馬に追い込まれる可能性が高い。
そこで浮上してくるのは、4月や6月に衆院を電撃的に解散する構想である。だが、派閥解散ドミノで求心力を失った派閥親分たちも、裏金批判を浴びている安倍派議員たちも、いま解散総選挙を実行されると、失脚や落選の危機だ。何としても4月解散や6月解散を阻止したいのだ。
だが、岸田首相は派閥解散も政倫審出席も自民党内に根回しせずに一方的に決めてしまった。衆院解散も独断専行で突然決定する可能性がある。それを防ぐには、国会や選挙で岸田首相の足を引っ張り、内閣支持率を引き下げ、首相の解散権を縛るほかない。
政倫審をめぐる自民党内のやる気のなさは、一種のサボタージュをみることもできよう。今後も岸田首相に非協力的な態度がたびたび示されていくのではないか。
これに対し、岸田首相はトップダウン型の政権運営を強めていくとみられる。その過程で、自民党執行部との亀裂はますます深まるだろう。
最後は、岸田首相が自民党内の反対を振り切って4月解散や6月解散に踏み切れるかどうかが焦点となる。政局は緊迫の度を増してくるだろう。