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安倍派処分にみる岸田首相の総裁再選戦略の転換〜「総裁選前の裏金解散」は封印し「人事と処分でライバルを潰す」ことで「岸田おろし」を抑え込めるのか?

安倍派幹部たちの処分は、岸田文雄首相が自ら聴取に乗り出す首相主導型で進んだ。しかし処分の目的は途中から大きく変わった。

当初の狙いは、安倍派幹部たちを悪者に仕立て、それを岸田首相が成敗することで内閣支持率を回復させ、4月か6月の裏金解散へ突き進む「選挙対策」だった。郵政民営化法案に反対した議員たちに除名や離党勧告を突きつけ、さらには選挙区に対立候補(刺客)を擁立した「小泉郵政選挙」の再現を画策したのである。

ところが、安倍派幹部たちの処分方針が報道されても内閣支持率は横ばいで、岸田首相の人気は回復しなかった。各党が実施した選挙情勢調査でも自民劣勢が伝えられ、岸田首相は4月裏金解散を見送り、国会会期末の6月解散にも慎重な姿勢に傾いたのである。

岸田首相は3月29日の予算成立後の記者会見で、安倍派幹部たちの処分や派閥解消にほとんど触れず、「今年、物価上昇を上回る所得を必ず実現させる」「来年以降、物価上昇を上回る賃上げを必ず定着させる」という経済政策の「二つの約束」に大半の時間を割いた。政権の最重要課題を「裏金事件を受けた派閥解消」から「賃上げとデフレ克服」に切り替えたといっていい。

この結果、9月の自民党総裁選で再選を果たすため、総裁選前に安倍派を悪者に仕立てた「裏金解散」を断行する再選戦略を転換し、首相の解散権を封印したまま、処分や人事で党内のライバルを潰すことで総裁再選を狙うことにしたとみられる。

安倍派幹部たちを処分する目的も「裏金解散に向けて内閣支持率を回復させること」から「安倍派や二階派の幹部を失脚させること」へ切り替わったといっていい。

この文脈で個別の処分内容を分析してみよう。

自民党の党則によると、党の処分は重い順に、①除名、②離党勧告、③党員資格の停止、④選挙における非公認、⑤国会及び政府の役職の辞任勧告、⑥党の役職停止、⑦戒告、⑧党則順守の勧告である。

安倍派のキックバック継続を協議する会合に出席していた塩谷立、下村博文、世耕弘成、西村康稔4氏のうち、塩谷氏と世耕氏は②離党勧告となる方向だ。

塩谷氏は「お飾り座長」として形式的トップに据えられていたことが響いた。世耕氏は参院政倫審で「一切関与していない」と強弁したことが世論の批判を浴びたことに加え、新旧秘書が関与した過激ダンスショーのイメージ悪化も響いた。地元・和歌山の政敵である二階俊博元幹事長が次の衆院選不出馬を受け入れるかわりに世耕氏への「厳罰」を交換条件にしたとの見方も出ている。

下村、西村両氏は③党員資格の停止の方向だ。期限は1年間とみられ、総裁選に参加できず、選挙での公認も得られない。

4氏の処分の意味は「次の選挙は無所属で戦ってください。比例復活はありません。当選すれば禊を済ませたということで復党を認めます」ということだろう。

処分の目的が「裏金解散」でない以上、ことさら世論向けにアピールする必要はなく、選挙区に対抗馬(刺客)を送りつけて落選させるほどの強硬手段は見送るとみられる。

とはいえ、塩谷氏(静岡8区)は前回衆院選は選挙区で敗れ比例復活している。下村氏(東京11区)は無党派層の多い選挙区で裏金事件による逆風は必至だ。西村氏(兵庫9区)はこれまで有力な対立候補が出馬せず当選を重ねてきたが、次回は泉房穂前明石市長の出馬が取り沙汰されている。いずれも無所属出馬となれば落選リスクが高まる。世耕氏は2022年の参院選和歌山選挙区で当選したばかりだが、虎視眈々と狙っていた衆院への鞍替えは絶望的だ。4氏の求心力は大幅に低下し、政治的には失脚するといっていい。

世耕・西村両氏とともに安倍派5人衆と呼ばれた萩生田光一、松野博一両氏は⑥党の役職停止の方向だ。すでに役職を辞任しており、形式的な処分にいっていい。

首都圏選出の萩生田氏(東京24区)と松野氏(千葉3区)は選挙区で敗北経験があり、選挙地盤は盤石ではない。無所属で比例復活がなければ落選リスクが相当に高まる。何としても④「非公認」以上の処分は免れたかったのだろう。

その他の安倍派の中堅若手は⑥党の役職停止や⑦戒告にとどめ、さらに処分対象外の「幹事長注意」とする議員も多い。これは安倍派幹部と中堅若手を分断し、中堅若手は軽い処分として岸田首相支持へ引き込む狙いがあるのだろう。

岸田首相は9月の総裁選前に解散総選挙を断行し、総裁再選への流れを作る戦略を練ってきた。だが内閣支持率が回復しないなかで戦略を転換し、人事や処分でライバルを潰すことで再選を果たす狙いに転じたとみられる。

安倍派5人衆は処分で失脚させ、二階俊博元幹事長は次期衆院選への不出馬に追い込んだ。

残る問題は、派閥解消論で対立した麻生太郎副総裁を後ろ盾とする茂木敏充幹事長のコンビと、非主流派の菅義偉前首相である。

茂木氏は麻生氏に同調して派閥存続を打ち出したが、小渕優子選対委員長ら離脱者が相次ぎ、政治基盤は揺らいでいる。岸田首相は「茂木氏はもはや総裁選に出馬できない」と判断しているのではないか。

麻生氏は茂木氏擁立が難しいと見て、岸田派に所属していた上川陽子外相を担ぎ始めた。だが、岸田首相と歩み寄って「岸田再選支持」の可能性は残している。むしろ岸田首相と和解するために上川カードをあえて作り上げたという側面が強いだろう。

いずれにせよ、岸田首相が4月裏金解散を見送ったのは、麻生・茂木両氏から再選支持を得られる可能性もそれなりに感じたからではないだろうか。

非主流派の菅氏と折り合うのは難しい。

菅氏と歩調をあわせてきた二階氏は事実上の政界引退を表明。菅氏が総裁選に担ぐことを想定してきた石破茂元幹事長は、国民人気は高いものの、安倍派を中心に党内では不人気だ。河野太郎デジタル担当相は党内不人気に加え、マイナンバーカード問題で批判を浴びた後は国民人気も急落している。小泉進次郎氏は有力なカードだが、父親の小泉純一郎元首相から「今は動くな」と言われており、ただちに総裁選出馬を決断する見込みはない。

そこで二階氏と気脈を通じてきた小池百合子東京都知事が4月の衆院東京15区補選に電撃出馬して国政復帰を果たし、自民党に復党して9月の総裁選に出馬する「ウルトラC」も取り沙汰されたが、小池知事は補選出馬を見送った。菅氏も手詰まりなのである。

最近は萩生田氏(安倍派)、加藤勝信氏(茂木派)、武田良太氏(二階派)の「HKT」と連携を深め、菅内閣で官房長官を務めた加藤氏を総裁候補に担ぐことも選択肢に加えているようだが、加藤氏は地味で、有力候補となるかは未知数だ。しかも萩生田氏と武田氏は裏金問題で処分されるのは免れない。

こうした党内情勢を踏まえ、岸田首相は「総裁選前に衆院解散を断行しなくても総裁再選は十分可能」と判断したのだろう。

しかし、9月の総裁選は「選挙の顔」を選ぶ戦いとなる。衆院任期は来年10月まで。来年7月には参院選もある。どれだけライバルを潰したところで「岸田首相では選挙は戦えない」という空気が強まれば、党内世論は新しいリーダーを求める可能性が高い。岸田首相の新たな総裁再選戦略が順調に進む保証はない。

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