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小池知事の入院で思い出す昨秋の安倍退陣〜権力者の「体調不良」をどう報じるか

コロナ禍で強行開催する東京五輪と、6月25日告示の東京都議選を目前に、小池百合子知事が「過度の疲労」を理由に入院した。

テレビ新聞は総じてこのニュースを淡々と伝えている。東京五輪やコロナ対策の迷走で小池知事の人気にかげりが出ていること、彼女が率いる都民ファーストが都議選で劣勢が予想されていることを踏まえ、「都議選前の雲隠れ論」が一部で報じられているものの、「ここしばらく本当に体調が悪そうで、周囲は心配していた」という”都政関係者”のオフレココメントが幅広く紹介されている。さらには”関係者”の話として「小池氏が20年近く飼ってきた愛犬が今月、亡くなった」という話も伝わり始めた。

権力者の「病気」や「体調」は、個人の健康というセンシティブな問題であり、報道上の扱いはたしかに難しい。それが持病である場合はなおさら、同じ病気に苦しむ人々への配慮も必要であろう。

一方で、権力者が体調不良を理由に政治的に追い込まれた状況から逃れることがしばしばあるのも歴史的な事実だ。「病気」を装って「政治的追及」を回避し「政治責任」をうやむやにすることを許してはならない。まして権力側が健康状態について明確な説明を避ける場合、報道側が権力者の健康をめぐる情報を分析して考察を加えることは、権力側に説明責任を迫るうえでも有効な権力監視の手法といえるだろう。

権力者の「病気」と一般人のそれとは区別して取材・報道にあたるのは、報道人として当然の姿勢だ。権力者の体調不良について、できる限りの情報公開を迫り、有権者に伝えることは、権力監視を旨とする報道機関の務めである。一般の人々では追及しにくい事柄だからこそ、プロの報道人がやるべき仕事なのだ。

しかし、テレビ新聞の大手マスコミはやはり無難な記事に終始しているように見える。「病気」や「体調不良」を深追いすれば批判・反発を招く恐れが高い。それを避ける「事なかれ」の空気が大手マスコミを覆っていることは、長く新聞社に身を置いた私には容易に想像できる。そうした報道姿勢が「いざとなれば病気を理由にほとぼりが冷めるまで追及を回避できる」という逃げ道を権力者に与えてしまうのだ。

ここで思い起こすのは、昨年秋の安倍晋三首相の退陣である。政治とカネをめぐる数々の疑惑やコロナ対策の混迷で政権への批判が高まるなかで「体調不良」を理由とした退陣には当初から「仮病説」がくすぶっていた。実際、安倍氏の入院後、体調について記者会見で十分な説明はなされず、診断書も公表されなかった。それについてテレビ新聞が厳しく追及することもなかった。その結果、安倍氏への同情論は高まり、支持率は急回復し、安倍氏は政治的窮地を逃れたのだった。

結局、「仮病説」はあいまいなまま時は流れ、安倍氏は政治活動を再開し、いまや最大派閥を牛耳るキングメーカーとして秋の総選挙・自民党総裁選に向けた政局の中心に陣取っていることをみると、昨年秋の退陣劇はいったい何だったのか、という疑念を深めざるを得ない。当時、テレビ新聞が「仮病説」を追及し、安倍氏や官邸、病院などに説明責任を迫り、真相をはっきりさせなかった結果、「仮病説」はくすぶり続け、政治への信頼を大きく損ねる結果になってしまったのである。マスコミ各社は今からでも退陣の真相を検証・総括すべきであろう。

今回の小池知事の「過度の疲労による静養」という東京都発表についても、マスコミ各社は詳細な説明を迫る必要がある。”都政関係者”の「本当に体調が悪そうだった」というオフレココメントだけを垂れ流すと世論操作に利用される恐れがある。「愛犬が亡くなった」という「同情を誘う話」が”関係者”のオフレココメントで広がっているのも気がかりだ。

これから都議選、総選挙、自民党総裁選と激しい政局の時期が始まる。「体調」問題に限らず、権力者はあの手この手で情報操作し、世論の共感を得ようとするだろう。政治報道にあたる報道陣が「権力監視」の原点を強く自覚しなければならない時期だ。単に「差し障りのない報道に徹して無難な記事を量産する」のではなく、こういう時だからこそ権力側に説明責任をいっそう強く迫り、権力による世論誘導を防ぐのが報道機関の使命である。

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