日本維新の会の鈴木宗男参院議員が党に無断でロシアを訪問して政府高官と会談した問題は、鈴木氏を除名するか否かという維新内部の問題を超え、自民党内政局に発展する兆しが出てきた。
鈴木氏が森喜朗元首相から「頑張れ。何も間違ったことは言っていない。日露関係は重要だ」と激励されたことをテレビ番組で明らかにしたためだ。
森氏は9月の内閣改造・自民党役員人事で岸田文雄首相に対し、小渕優子氏の幹事長起用や萩生田光一氏の官房長官起用を助言した。岸田首相は当初これを受け入れるつもりだったが、麻生太郎副総裁に猛反対され見送った経緯がある。
森氏はこれに不満を募らせていた。
岸田政権は米国のバイデン政権に追従し、ロシアを敵視して経済制裁を断行。ウクライナを全面支持し、防弾チョッキなど防衛装備品に加え自衛隊車両も提供し、総額1兆円の支援も表明してきた。
ロシアのプーチン大統領と個人的に親しい森氏は岸田外交には不満を抱きつつ、清和会(安倍派)の実質的オーナーとして岸田首相に人事の節目で助言し、それを受け入れさせることで表向きの批判は控えてきた。
だが、9月の人事で森氏の助言は見送られ、森氏のメンツは丸潰れに。これを機に、鈴木氏と連携して岸田政権に外交から揺さぶりをかけたとみていいだろう。森氏と同様、今回の人事に不満を膨らませる菅義偉前首相とも連携して「岸田おろし」を仕掛け始めた可能性もある。
欧米では「ウクライナ支援疲れ」が広がり、ロシアがウクライナ侵攻した当時の熱気はまったくない。
バイデン政権の求心力は大きく落ち、来年の米大統領選でトランプ氏との大激戦が予想されている。トランプ氏はウクライナからの即時撤退の考えを鮮明にしており、米国内の政治情勢でウクライナ情勢は一変しかねない。
欧州でもウクライナへの武器支援の拠点であるポーランドが、ウクライナからの穀物輸入をめぐって反発してギクシャクが続く。欧州各国もウクライナ戦争による物価高で国民の不満は高まっている。
9月の国連総会にリアル参加したゼレンスキー大統領の演説も空席が目立ち、欧米によるウクライナ支援の潮目は大きく変わったとの見方が広がっている。
日本でもウクライナへの1兆円支援に批判が広がり、「ウクライナ=正義、ロシア=悪」の善悪二元論に当初ほどの勢いはない。
森氏や鈴木氏はウクライナ戦争をめぐる国内外の変化を見定め、内閣改造人事で自民党内に不満が渦巻く今のタイミングで勝負を仕掛けたのだろう。
鈴木氏は北海道選出議員としてロシア外交や北方領土問題をライフワークとし、小渕恵三内閣で野中広務官房長官の最側近として官房副長官と務めた後、外務省にも大きな影響力を持った。参謀役である元外交官の佐藤優氏との緊密な関係でも知られる。
小渕政権で幹事長を務めた森氏とも親密になり、森氏や安倍晋三元首相をロシアにつなぐ役割を果たしたとされる。森内閣や安倍内閣がロシアのプーチン大統領と親密な外交を展開した背後には鈴木氏の存在があった。
鈴木氏は小泉政権で野中氏が失脚した後、北方領土支援をめぐる汚職事件で逮捕された。自民党を離れて北海道の地域政党「新党大地」を旗揚げして国政復帰したが、有罪判決の確定で国会議員を失職。紆余曲折を経て維新に移籍したが、松井一郎氏が政界を引退して馬場伸幸代表ー吉村洋文知事の体制に移行した後は執行部との溝が広がっていた。
馬場代表は当初、鈴木氏のロシア訪問自体の是非は判断せず、党に事前に届けを出さなかったという手続きの不備の責任だけを問い。国会議員団副代表の解職や自発的離党で穏便に処理する方針だった。
維新は岸田政権のウクライナ支援・ロシア制裁を全面支持しており、鈴木氏のロシア訪問は容認しにくい。
一方で馬場代表は7月に訪米し、維新の政策はバイデンよりもトランプに近いとの考えを表明し、バイデン追従の岸田政権との対立軸をつくっていた。トランプは即時停戦(ウクライナからの撤収)を唱えており、この立場からは鈴木氏のロシア訪問を全面否定しにくい。このため、できる限り穏便に片付けようとしたわけだ。
ところが、鈴木氏が帰国後、ロシアメディアに応じて「ロシアの勝利を100%確信している」を語ったことがネット上で広がり、吉村知事ら維新内部で除名を求める声が強まった。6日の党役員会では除名の方向で馬場代表に最終決定を一任することになったのだ。
さらに5日にはプーチン大統領が「日本から申し出があれば対話の準備ができている」と語ったことが報じられた。
鈴木氏はこれについて自らのロシア訪問の成果だと強調し、ロシア政府関係者からも「鈴木氏の訪問が大統領発言につながった」との知らせがあったことを明らかにした。
森・鈴木氏とプーチン大統領らロシア高官のパイプで、岸田政権が止めている日露外交を動かそうという狙いがはっきりみえる。
これに対し、岸田政権内では「鈴木氏はロシアに利用されている」との反発が強まっており、対立は激化する様相だ。
今後の鍵を握るのは、米国内の政局である。バイデン政権が来年の大統領選で再選を果たす展開になれば、岸田外交は継続されるが、トランプ氏が勝利する見通しが強まってウクライナ支援を見直す機運がさらに高まれば岸田外交も修正を迫られるだろう。
米国内の勢力に引きずられるかたちで、日本の政局も動く。米国大統領選と自民党総裁選が予定される来年はまさに日米同時政局の一年となる。