今夏の参院選はれいわ新選組の大石あきこ衆院議員と自民党の高市早苗政調会長の激突で幕開けしたと私は思っている。参院選公示の3日前、6月19日のNHK討論だ。
大石氏が岸田文雄首相を「資本家の犬」「財務省の犬」と酷評して挑発したのに対し、高市氏は「れいわ新選組から消費税が法人税の引き下げに流用されているかのような発言がこの間から何度かあったが、まったくの事実無根」と猛反発。消費税は法律で社会保障に使途が限定されているとして「デタラメを公共の電波で言うのはやめていただきたい」と言い放ったのだ。
高市発言はTwitterで大炎上し「#平気で嘘をつく高市早苗」がトレンド入り。 「消費税の税収が上がり、法人税の税収が下がってるのは明らか」「公共の電波でデタラメを言っているのは高市氏のほうだ」と批判が殺到した。
立憲民主党や共産党が「消費税の時限的減税」にとどまっているのに対し、「消費税廃止」を掲げて差別化を図るれいわ。消費税自体を大きな争点に浮上させることを狙った大石氏の戦略は見事に的中したと私は思った。
ところが、テレビ新聞の多くはこの「大石氏vs高市氏」を黙殺して報じなかった。報じたとしても「大石氏は〜と述べ、高市氏は〜と反論した」と、淡々と報じるばかりだったのである。典型的な両論併記報道だ。これではどちらの主張が正しいのか、視聴者や読者はわからない。
話題風にとりあげたメディアの多くも「高市氏の発言が炎上した」と報じるだけで、実際はどうなのかを深掘りして検証する記事はほとんど見られなかった。
政治家が主張したことを淡々と垂れ流すことが客観中立報道であるーーそう勘違いしている政治記者は非常に多い。愚かである。そんなものは客観中立とはいえない。客観中立的な立場からどちらの主張が正しいのかを公正に検証し、自らの責任でジャッジを下すのが「客観中立な政治報道」であるという「キホンのキ」をテレビ新聞の政治記者たちは知らないのである。
そこまで政治報道の現場は劣化している。どうしてそこまで堕ちたのか。自らの責任でジャッジを下して批判されることを恐れて両論併記の報道に逃げ込んでいるうちに、いつのまにかそれがスタンダードになってしまったのだ。
そんな政治報道はもはや読むに値しないだろう。
情けない限りのテレビ新聞に比べて、YouTubeをはじめインターネットの世界では、大石氏vs高市氏の論争は幅広い形で検証され、さまざまなジャッジが下された。それぞれが自らの責任でこの論争を検証し、それぞれの見方で伝えたのである。
これこそ、多様なジャーナリズムのあるべき姿だ。読者や視聴者はそれぞれの報道を見比べて、もっとも納得感のあるジャッジを採用すればいいのである。
吉本興業から独立してシンガポールに移住したユーチューバーの中田敦彦さんもこの論争を果敢に取り上げたひとりだ。
詳しくはユーチューブをご覧いただきたいが、中田さんは「参院選の期間中にこの動画をアップできてハッピーだ」と強調している。支持政党の違いで意見が対立するややこしい問題を逃げずに取り上げる姿勢は、テレビや新聞と比べてはるかにジャーナリズムとして立派である。そして番組の内容も非常に公正であると私は思った。
中田さんは「消費税は消費税法で社会保障に使うと明記されているので高市さんは嘘はついていないが、実際がどうかは別だ」「消費税は社会保障にしか使ってはいけないのなら、特別会計としてお財布を分けておかなければならないのだが、一般財源の同じところに入れている」「大事なのは実態だ。一般財源に入ったお金はどう使ったかは確かめようがない」などと丁寧に説明。「法律上は書いてあるが、システム上は確認がとれないようになっているというのが正解だ。高市さんは嘘はついていないが、野党の主張が出鱈目とはいえない」とジャッジしたうえで、消費税は増税されてきたのに、社会保障費用は削減されてきたことを指摘。そのような現実に気づいていない国民に警鐘を鳴らしているのである。
芸能界出身で大勢のファンを抱える中田敦彦さんとしては、かなり踏み込んだ勇気あるジャッジであると私は思った。もはやテレビも新聞も中田敦彦ひとりに負けていると思うしかなかった。(ちなみに中田敦彦さんのユーチューブの登録者は479万人。朝日新聞の購読者より多い。4000人以上の社員を抱える朝日新聞は中田敦彦さんたったひとりの影響力に及ばない時代となった。いまや私たち政治ジャーナリストのライバルであり目標は朝日新聞や読売新聞ではなく、中田敦彦さんら時事問題を扱う著名ユーチューバーたちであろう)
テレビや新聞が参院選をほとんど報じないという不満があちこちから聞こえてくる。
かつては公示後は激戦区ルポや公約検証記事で紙面が埋め尽くされたものだが、近年は差し障りのない無難な記事が目立つ。質量ともめっきり落ちた。最大の原因はマスコミを覆う事なかれ主義である。
選挙期間中に突っ込んだ記事を書いて政党から抗議を受けたら大ごとになる。政治的トラブルに巻き込まれて自分の出世に響いたらたまらない。そこでデスクや記者は選挙報道に腰がひける。厳しい批判記事や突っ込んだ解説記事は出てこないし、記事の量自体も減る。そして両論併記、各党主張を一覧にして垂れ流すことでお茶を濁す。
これで参院選への関心が高まるはずがない。投票率が上がるはずがない。それで喜ぶのは、政権維持を目指す与党だ。
テレビ新聞は選挙を盛り下げることで、与党の政権維持を支えているのである。