ウクライナ政府は3月4日、同国南東部にある欧州最大級のザポロジエ原発がロシア軍の砲撃を受けて火災が発生したと発表した。ロシア政府はロシア軍による原発砲撃の事実関係を否定し、「ロシアに対する前例のないウソと偽情報のキャンペーン」と反発している。
戦争というものはこういうものだ。いったん戦いが始まると、双方が自らに都合の良い「大本営発表」を次々と垂れ流し、国際世論を味方につけるための情報戦を展開する。だからこそジャーナリズムは双方と一線を画し、第三者の目で冷静に情報を分析・解釈しなければならない。
双方の発表内容や各種報道を読み解くと、現時点においてほぼ間違いなく言える事実は①ザポロジエ原発をめぐりロシア軍とウクライナ側の戦闘が繰り広げられ、ロシア軍が制圧した②火災が発生したのは原子炉ではなく原発の研修施設で、今のところ放射線レベルに変化はない③ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシア軍の原発砲撃」を国際世論に強くアピールしている④ロシアのプーチン大統領がこれに先立ち核戦力の特別警戒態勢を命じていたため世界に核戦争への緊張が走っていたーーということだ。
何が事実で、何が虚偽か。どちらともいえない不確かな情報のなかでどれを重視して物事を判断すればよいのか。溢れかえる情報をふるいにかけ、比較的確度の高い情報を抽出して全体像を論理的に読み解く姿勢が重要である。
善悪二元論に取り憑かれていたり、紛争当事国のどちらか一方に強い利害関係があったりしたら、客観的で冷静な分析はできない。どちらの国家権力も突き放す冷徹な視線が不可欠である。
報道の自由のないロシアメディアの情報の確度はとりわけ慎重に見極めなければならない。他方、「欧米vsロシア」が激突するなかで、欧米メディアはロシアの軍事的脅威への危機感を強めており、ロシアの西方進出を食い止める盾としてウクライナの戦闘を支援し、ゼレンスキー大統領を持ち上げる傾向が強く出ている。欧米メディアの情報も割り引いて判断する必要がある。
ウクライナは「欧米vsロシア」の主戦場だ。どちらも自国の安全を守るために必死だ。なりふり構わぬ情報戦を仕掛けている。日本のジャーナリズムは今こそ客観的に第三者の目で分析する好位置にあるのだが、実態は欧米メディアの情報を垂れ流すばかりで、「ロシア=悪・ウクライナ=正義」の善悪二元論に覆われている。日本メディアの国際報道は日本外交と同様、所詮は米国追従でしかない。
以上を踏まえ、今回の「ロシア軍による原発砲撃」報道から私たち日本が学ぶべき点を考察してみよう。ロシアとウクライナのどちらが悪いのかという「正義」の議論ではなく、私たち日本の安全をどう守るのかという冷徹なリアリズムに基づく安全保障論が重要である。日本の政治家も日本のマスコミも「正義」をかざすイデオロギー論争ばかりで、冷徹なリアリズムに基づく安全保障論が不足している。
これまで判明した事実から導ける分析としては①軍事侵攻する国は相手国の原発制圧を真っ先に目指す②いったん原発を制圧されると自国の安全保障を相手国に完全に握られることになる③制圧された原発を軍事行動で奪還するのは極めて困難④自国内の原発は侵攻国からの大きな攻撃目標となり、自国民の生命を危険にさらすーーということだ。つまり自国領土に原発を抱えていること自体が自国民を守る安全保障上の最大のリスクということになる。軍事的攻防の最前線には常に、原発があるのだ。
この「原発リスク」を無視して原発再稼働を進めながら、非核三原則を見直して日本国内に核兵器を配備するとか、敵基地攻撃能力を保有するとか、防衛費を大幅に増やすとか、軍備増強の議論をいくらしたところで、どれだけ国民を守ることにつながるのか。日本列島に何十基もの原発がある限り、とりわけ日本海側に多数の原発が並ぶ限り、仮に北朝鮮が核開発を放棄したところで、通常ミサイルが原発にひとつ着弾しただけで日本列島は壊滅的な打撃を受けるのである。ミサイルである必要はない。特殊工作員やサーバーテロによる原発の制御システムの破壊で、いくらでも日本列島を壊滅的危機に追い込むことは可能なのだ。
さらにいうと、原発を実際に攻撃する必要はなく、「原発を攻撃するぞ」と脅すだけで、さしたる軍事力がなくても外交交渉で相手を揺さぶる(日本にとっては揺さぶられる)ことも可能である。ロシアのプーチン大統領は核兵器使用をちらつかせる外交的圧力で欧米主導の経済制裁に対抗しているが、核保有国でなくても(国家でなくてもテロリスト集団でも)相手国の原発に対するサイバーテロなどの特殊能力さえ保有すれば、いくらでも外交上の主導権を握れるのだ。
このように考えると、自国内に原発を抱えるほど外交・安全保障上の脅威はない。かつて「日本が原発を保有することで潜在的核保有能力を所持することは安全保障上の大きなカードだ」ということが日本政界で強く信じられてきたが、ITが進化し、原発の制御システムがITに依存する今、むしろ原発保有のリスクのほうが高まっている。そこを直視するのが冷徹なリアリズムに基づく安全保障論だと私は思う。
どんなに防衛費を増やしても、自国内に原発を抱えている限り、安全保障上のリスクは解消されない。ミサイル防衛システムや敵基地攻撃能力の保有は軍拡競争を招くだけで、安全保障上のメリットは極めて小さく、税金の壮大な無駄である。巨額の防衛費を再生エネルギー拡大のための戦略的投資に振り向け、原発を一刻も早く廃止していくほうが、安全保障上のメリットは極めて大きい。
日本における安全保障論は、憲法9条の平和理念に基づくイデオロギー論争に終始してきた。平和理念はもちろん大切だ。しかしそればかりでは軍備増強論と平行線をたどり、最後は価値観の対立、水かけ論争で終わってしまう。そうなると最後は数の力で押し切られるのだ。必要なのは冷徹なリアリズムに徹した安全保障論である。
安倍晋三元首相らが掲げる日本国内への核兵器配備論こそ、リアリズムに欠けている。そして安倍氏らが進めた原発再稼働こそ、日本の安全保障を脅かす最大のリスクだ。日本は一刻も早く脱原発へ動き出すべきである。これは安全保障論だ。リベラル派はイデオロギーではなくリアリズムに即した安全保障論で対抗する必要がある。イデオロギー論争は安倍氏らの思うつぼだ。
私たち日本は「欧米vsロシア」の主戦場と化したウクライナの失敗から学ぶべきだという記事を先日公開したところ、ヨコヤマミノルさんから以下のコメントをいただきました。
理解深めるためにお薦め!です
ドキュメンタリー『ウクライナ・オン・ファイヤー』
監督 オリバー・ストーン/ 2016年製作のドキュメンタリー
ウクライナを巡る矛盾や歴史的経緯について掘り下げた作品。
ウクライナ情勢が急展開を見せるなか、
プロパガンダ渦巻く世界を捉えるうえで必見です。特別公開: https://www.youtube.com/watch?v=4U_IzVh_KDs
私も視聴しました。あっという間の1時間半でした。見応えあります(戦争の残虐な場面がありますのでご注意ください)。ウクライナ情勢を単純な善悪二元論で語ることができないことがよくわかります。ぜひご覧ください。
欧米vsロシアの主戦場と化したウクライナの失敗に学べ!日本の軍備増強は日本列島を米中対立の主戦場にする愚策だ