政治を斬る!

欧米vsロシアの主戦場と化したウクライナの失敗に学べ!日本の軍備増強は日本列島を米中対立の主戦場にする愚策だ

いざ戦争が始まると「正義」と「正義」のぶつかり合いになります。この「正義」はたいがい、双方が後付けでこしらえた理屈に過ぎません。本当のところは「国益」と「国益」のぶつかり合いでしかないのです。

ロシア軍のウクライナ侵攻は強く非難されるべき行為です。ただちに撤退すべきです。それは主戦場となるウクライナの人々の生命が何よりも優先されなければならないからです。自力で身を守ることのできない弱い立場の人々ほど国家権力と国家権力の武力衝突の犠牲になることを忘れてはなりません。私たちひとりひとりが「ロシア軍の撤退」を求める声をあげ、国際世論を高める意義は極めて大きいと思います。

これは米軍が過去にアフガニスタンやイラクに侵攻したことにもあてはまります。米国がどんなに「正義」を振りかざしても所詮は「国益」を優先した軍事行動であり、その結果、アフガンやイラクの現場では、自力で身を守ることのできない弱い立場の人々の数えきれない命が失われたのでした。戦争が終わった後の様々な検証で米国が当時振りかざした「正義」の根拠が揺らいだことは、世界史に刻み残すべき大きな教訓です。

私はこの地球に身を置く一人の人間として、すべての戦争に反対します。国家権力が追求する「国益」とその国で暮らす人々の「生命」や「人権」は別物です。自力で身を守ることができず、ひとたび戦争が始まれば真っ先に命の危険にさらされる弱い立場の人々の立場に立って、どの国家権力にも加担せず、懐疑的・批判的に監視し、いま起きている現実を的確に分析して報じることが、ジャーナリズムの使命であると考えています。

日本社会が「悪いのはプーチンだ」「ゼレンスキーは素晴らしい」「正義はウクライナにある」「ウクライナとともに戦え」という善悪二元論に覆われつつあることに、私はとても危機感を抱いています。それらはロシアだけを一方的な悪と位置付ける欧米政権や欧米メディアの主張をそのまま垂れ流す日本のマスコミ報道をもとに醸成された国民感情でしょう。

それに便乗し、与野党の政治家が「対ロシアの正義の戦い」を前面に打ち立て、欧州におけるロシアの脅威と東アジアにおける中国の脅威を重ね合わせ、安全保障上の危機感を扇動して日本の軍備増強を声高に主張し、非核三原則を見直して日本国内への核兵器配備まで主張しているのが今の日本政界の現状です。安倍晋三元首相ら自民党内の強硬論に野党第一党をうかがう日本維新の会が便乗するという極めて全体主義的な空気が漂いつつあることは、とても危ういと感じます。

ここはウクライナをめぐる欧米とロシアの「国益」のぶつかり合いを客観的に分析したうえ、私たち日本が追求するべき「国益」とは何か、そのためにいまどういう行動をとるべきかを冷静に判断することが大切です。ウクライナの人々の命を守るため「ロシア軍の撤退」を求める声をあげつつ、それとは別に、日本の「国益」を現実的に見定めて外交・安全保障政策を展開することが、日本政府に課された責務です。

岸田文雄首相は現時点において安倍氏らの強硬論と一線を画しています。この戦時下において安倍政権が続いていたらどうなっていたかと思うと、ぞっとします。しかし岸田首相の政権基盤は磐石といえず、今後の展開は予断を許しません。国民民主党は自民党に急接近し、野党第一党の立憲民主党の立ち位置も定まらないなか、全体主義的な動きが一気に広まることに警戒することが必要です。

そして、日本のジャーナリズム界は、人道的立場からロシア軍のウクライナ侵攻を激しく非難して即時撤退を求めるとともに、日本政府がウクライナ情勢にどう対応し、そこから波及する東アジアの安全保障問題にどう向き合うのかという議論を的確に主導する役割を担っていると私は考えます。残念ながら日本マスコミ界の現状は、単に「悪いのはプーチンだ」「ゼレンスキー頑張れ」という善悪二元論を拡大再生産しているようにしか見えません。

まずはウクライナ情勢を欧米からもロシアからも自立した主体的な視点で分析することが絶対に必要です。

旧ソ連が解体して東西冷戦が終焉した後、東欧諸国はロシアと距離を置いて欧米へ急接近しました。経済的にはEUへ、軍事的にはNATOへ次々に加盟していったのです。冷戦下で低迷した経済を発展させるため欧米経済圏に入ることは合理的な判断ですし、ロシアの軍事力を警戒して欧米と軍事同盟を結ぶことも合理的な判断だったでしょう。

欧米にとっても東欧諸国のNATO加盟は大歓迎でした。旧ソ連は解体したものの、ロシアは米国に並ぶ軍事大国であることに変わりはなく、常にロシア軍の侵攻に怯えてきた欧州の長い歴史を鑑みても、東欧諸国を西側軍事同盟に引き入れ、ロシアからの防衛ラインをすこしでも東方に押し込むことは、欧米諸国にとって、とりわけドイツやフランスにとって、安全保障上のメリットは大きかったのです。

つまり、欧米諸国にとってNATOの東方拡大は、ロシアから東欧諸国を守るためという以上に、東欧諸国を防衛ラインの最前線に置くことで、自分たちの国土をこれまで以上に安全地帯にするという、極めて利己的な「国益」追求の結果であるといえます。

私はそのような欧米諸国を批判しているのではありません。政府が自分たちの国の安全保障を最優先に考えるのは自国民に対する責務であり、NATOの東方拡大は安全保障上、有効な外交戦略であったことは間違いないでしょう。国際政治は「理念」や「正義」だけでは動きません。それが現実です。

ウクライナも冷戦崩壊後、欧米への接近を試みました。しかしウクライナは東欧諸国よりも地理的に欧米から遠いのです。しかもウクライナはロシアと長い国境を接しています。ウクライナが欧米と経済的結びつきを強化することは簡単ではありませんでした。そこでウクライナはロシアに再び接近し、ロシアとの関係を強化して経済発展を目指すことになります。この結果、ロシアに近い政権がウクライナの政治を主導してきました。

この流れが一変したのは2014年です。ロシアと緊密な関係を続けても経済状況は一向に改善せず、親ロシア政権への批判が高まり、当時の大統領は国外追放され、欧米に近い政権が誕生しました。この背景には米国の工作があったとも指摘されています。ポーランドやルーマニアなどの東欧諸国がNATOに相次いで加盟した結果、欧米とロシアの「国益」がぶつかる主戦場はウクライナになってしまったのです。

欧米にすればウクライナに欧米に近い政権が誕生すれば、ロシアからの防衛ラインをさらに東方に押し込み、欧州を安全地帯にすることができます。逆にロシアにすればNATOの軍事的脅威がいよいよ長い国境線を接するウクライナまで押し寄せることになり、看過できません。

ロシアはクリミア半島を占拠し、欧米に対抗しました。これ以来、欧米とロシアの関係は急速に緊張します。ウクライナの政権が親欧米になるのか、親ロシアになるのか。欧米とロシアがウクライナを主戦場に激しく水面化で争ってきたのが2014年以降のウクライナをめぐる国際政治でした。

ウクライナ政権もロシアの軍事的脅威に対抗し、自前の防衛力を増強しました。欧米の軍需産業から大量の武器を購入し、軍備を拡張していったのです。軍需産業はこのような国家を見逃しません。彼らこそウクライナ情勢で最も大きな利益をあげた「勝者」といえるでしょう。

こうしてウクライナは「欧米vsロシア」の軍事的緊張が高まる最前線となりました。このように自らの国土を「欧米vsロシア」の主戦場としてしまい、いつ軍事衝突に巻き込まれるかわからない危険な状況に自国民を置いてしまったこと自体が、「ウクライナ外交の失敗」だったと私は思います。

今回のロシア軍のウクライナ侵攻は、米国のバイデン政権がアフガンからの米軍撤退で支持率が低迷し、英国のボリス・ジョンソン政権がコロナ禍でのパーティーで支持率が急落し、ドイツのメルケル首相が政界を引退し、フランスのマクロン政権が大統領選を控えるという、欧米諸国の「政治空白」を突いて実行されました。ロシアのプーチン大統領はウクライナをめぐる長年の攻防に決着をつける絶好のチャンスが到来したと判断したのかもしれません。

これに対し、米国のバイデン政権はウクライナがNATO加盟国でないことを理由に武力介入の選択肢を最初から放棄し、経済制裁で対抗する姿勢を鮮明にしました。

米国が圧倒的な軍事力で「世界の警察官」の責務をまっとうする時代はとっくに終わりました。それはアフガンとイラクでの戦争が泥沼化したことで証明されています。しかも核保有国であるロシアと全面戦争に突入する危険を冒してまで軍事介入するほどウクライナをロシア軍から守ることは米国にとって「死活的な国益」ではないのです。

米国の姿勢は極めてシビアな現実主義に基づく外交判断といえるでしょう。NATO加盟の欧州諸国も軍事同盟のリーダーである米国に追従し、軍事介入ではなく経済制裁で対抗することにしました。この結果、ウクライナのゼレンスキー政権は自力でロシア軍と対抗するしかなくなりました。

とはいえ、ウクライナ軍にロシア軍と対等にわたりあう力はありません。ウクライナ軍があっけなく敗北し、ウクライナ政権が転覆させられ、親ロシア政権が誕生すると、欧米の対ロシア防衛ラインは西方に押し戻され、軍事的脅威が高まります。欧米諸国にとってウクライナ政権の親ロシア化は絶対に避けたいのです。

そのためにはゼレンスキー政権を後方支援するのが最も効果的です。そして、ゼレンスキー政権が力尽きて倒れた場合も、ウクライナの新政権がロシアの影響下に完全に組み込まれるよりは、ウクライナの国内紛争が泥沼化し、ウクライナが欧米vsロシアの軍事的対立の緩衝地帯であり続けるほうが良いのです。

欧米が自ら軍事介入することを避けつつ、ゼレンスキー政権に武器を送ることで、ウクライナの人々が命を危険にさらしてロシア軍との戦闘の最前線に立つことを後押ししているのは、「ウクライナを守る」「平和を取り戻す」という「正義」以上に、ウクライナに親ロシア政権が誕生することを絶対に阻止し、対ロシアの防衛ラインを引き続きウクライナに押しとどめるという、極めて利己的な国益追求を目指したものであるということは、現実政治としてしっかり理解する必要があります。

繰り返しますが、私はこのような欧米諸国の外交・安全保障政策を批判しているのではありません。彼らは「国際平和を取り戻す」「ウクライナの人々を守る」という正義に基づいて動いているのではなく、ロシアの軍事的脅威から自分たちの身を守る「国益」を最優先に、極めて冷徹に、極めて利己的に、ウクライナ情勢に対応しているという国際政治の現実を指摘しているのです。ウクライナを盾にロシアの脅威を防いでいるといえるかもしれません。

私たち日本は、このような欧米のしたたかな外交・安全保障政策を十分に理解し、ウクライナ情勢に対応する必要があります。さらにウクライナ情勢が東アジアの安全保障論に飛び火し、日本の国防力強化を唱える声が与野党から噴出する今、一時的な感情論に押し流されることなく、日本の国力を直視した現実的で冷静な外交・安全保障論を練り上げる必要があります。

もっとも大切なことは、日本列島やその周辺を米中対立の「主戦場」にしないことです。もし日本列島やその周辺が米中対立の「主戦場」となり、東アジアで軍拡競争が激化し、軍事的緊張が高まるようなことになれば、それは「ウクライナ外交の失敗」と同様、「日本外交の失敗」となるのです。そのような事態を避けることこそ、日本外交の最優先課題なのです。日本国内の核兵器配備ほど東アジアの軍事的緊張を高め、日本列島を米中対立の主戦場にする愚策はありません。

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