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水道橋博士が残した比例1議席を受け継ぐ「れいわローテーション」は今後の衆参選挙で継続してこそ本物である〜党を揺るがす時限爆弾になる恐れ、大島九州男氏の動向が焦点に

昨夏の参院選比例代表で当選したれいわ新選組の水道橋博士が議員辞職したことを受け、山本太郎代表は残りの任期5年半を同じ参院選比例代表に出馬して落選した5人(得票順に、大島九州男、長谷川羽衣子、辻恵、蓮池透、よだかれんの各氏)が1年ずつ順送りで担う「ローテーション制」にすると発表した。

れいわ新選組は参院選比例代表で2議席を獲得。世界で最も重い障害を持つ研究者のひとりとして知られる天畠大輔氏を優先的に当選させる「特定枠」に指定していた。残る1議席はダントツの117,794票を獲得したタレントの水道橋博士が獲得した(開票結果はこちら)。

通例であれば、水道橋博士に続く28,123票を得た大島九州男氏が繰り上げ当選し、残り任期を務めることになる。しかし山本代表は「残り任期を有効活用する」「多様で多彩なメンバーが国民の負託に応えていくことを目指す」とし、5人とともに記者会見を開いて「れいわローテーション制」を採用すると発表した。

これに対して与野党から「(参院議員は)腰を据えて仕事に取り組むことが求められている。憲法の趣旨に合致しない」(自民党の世耕弘成参院幹事長)「1年ごとに代えるのは違和感がある」(立憲民主党の安住淳国会対策委員長)などと批判が噴出している。

きょうはこの問題を深掘りして考えてみよう。

れいわ新選組は山本代表が2019年にひとりで旗揚げした後、衆院選1度、参院選2度を経て国会議員8人まで勢力を広げた。今春の統一地方選でも全国各地に候補者を擁立。自公政権と全面対決する姿勢を示す一方、立憲民主党と日本維新の会の共闘も批判して独自路線を強め、当面は国会議員30人程度の中規模政党をめざす方針だ。

一方、過去3度の国政選挙の全国得票は200万票台でほぼ横ばいである。昨夏の参院選では参政党など新興勢力が出現して既存政党への批判票が分散したこともあり、旗揚げ当初ほどの勢いは感じられなかった。

衆参とも個人の力で選挙区当選が見込めるのは今のところ山本代表ひとりである。参院選比例代表では水道橋博士が突出して得票したものの、残る議員はいずれも3万票に届かず、山本代表頼みの政党から脱皮することが課題とされてきた。

そこで山本代表が手がけたのは、共同代表制の導入である。一昨年の衆院選の選挙区で落選したものの比例復活した大石あきこ、櫛渕万里の両氏を共同代表に指名し、自らと並ぶ「党の顔」に押し立てたのだ。

大石氏は大阪5区で惜敗率32.1%、櫛渕氏は東京22区で惜敗率24.3%。現時点ではどちらも二大政党制の壁を打ち破って選挙区を自力で勝ち上がる力はない。山本代表としては次の衆院選に向けてまずは大石、櫛渕両氏に選挙区で勝ち抜くほどの力をつけてもらわなければ中規模政党への躍進は果たせないという思いから共同代表に指名したのだろう。

今回のローテーション制も、民主党国会議員の経験がある大島氏を単に繰り上げ当選させるのではなく、積極財政の旗振り役である長谷川氏やトランスジェンダーを公表しているよだ氏ら多様な候補たちに議員経験を積ませて「党の顔」を増やし、党勢拡大につなげる狙いがあるとみていい。

既存の選挙制度は矛盾に満ちている。選挙区で落選して有権者からNOを突きつけられた議員が比例復活を繰り返すのは最たるものだ。参院選比例代表の「特定枠」も、自民党が「一票の格差」是正のために島根・鳥取や徳島・高知で導入された県境をまたぐ「合区」で溢れ出した候補を救済するという、極めて党内的な事情から創設されたにすぎない。

山本代表が2019年参院選で「特定枠」を活用して難病患者の舩後靖彦氏と重度障害者の木村英子氏を国政へ送り込んだのは、既存制度を逆手に取った「奇策」であった。これは「奇策」ながらもマイノリティーの当事者を国会議員に押し立てることで彼らの声を国政に直接反映させるという新しい政党政治への挑戦として称賛されたのである。

今回のローテーション制も既存制度を逆手に取った「奇策」といっていい。繰り上げ当選した人が1年後に「自発的意思」で議員辞職し、次に得票が多かった人にバトンを受け継いでいくというわけだ。今回のローテーションに加わる5人の得票は28,123(大島氏)〜14,821(よだ氏)で、水道橋博士の117,794票に遠く及ばないことも山本代表の決断を後押ししたに違いない。

この「奇策」は、最初に繰り上げ当選する大島氏が1年後に自発的に参院議員を辞職することではじめて成り立つ(仮に大島氏が辞職に応じなければ、党は大島氏を除名することはできても参院議員を辞めさせることはできない)。そしてこの「奇策」が一定の合理性を保ち、世論の理解を得て成功するには、以下のふたつの条件が必要であると思う。

①残り任期を務め上げる立場にある大島氏や彼に投票した支持者たちが党の方針に共感し(少なくとも理解し)「自発的辞職」を円滑に受け入れること

②ローテーション制を今回限りの単発措置に終らせず、「多様で多彩なメンバーが国民の負託に応えていくことを目指す」(山本代表)という党の理念が今後の党運営・選挙戦略にも受け継がれていくこと

以上の点を踏まえて分析を進めよう。

政党への得票数に応じて各党に議席を配分する「比例代表制度」には「拘束名簿方式」と「非拘束名簿方式」がある。前者は政党名での投票のみが可能で、各党はあらかじめ当選者の優先順位を指定して選挙戦に臨む。後者は政党名だけではなく個人名の投票も可能とし、各党が獲得した議席のなかで個人票が多い順に当選者を決めていく。

今の参院選は後者の「非拘束名簿方式」が採用されている。水道橋博士が辞職したことを受け、この考え方に立って次に個人票を集めた大島氏が繰り上げ当選した。

比例代表制は政治家個人よりも政党を重視した制度であるが、そのなかでも拘束名簿方式は政党が当選者の優先順位を決める点において「個人よりも政党」をとりわけ重視した制度であるといえる。有権者は候補者個人よりも政党(政党が示した名簿の優先順位から読み取れる政治姿勢を含む)を重視して投票先を決める。当選した議員は党の方針に縛られる要素が強まると考えるべきだ。党の方針に反した投票行動・政治的言動をとることは選挙制度の趣旨に反し、強い非難を浴びることは免れない。

これに対して、政党名でも個人名でも投票できる非拘束名簿方式はやっかいだ。政党を重視した制度であることに違いはないが、個人票でも投票できるため、当選した議員は拘束名簿方式ほど党の方針に縛られないと解することができよう。それでも比例代表制である以上、党の方針に従うのは大原則である。まして2019年参院選で99万票の個人票を獲得した山本代表のようなレアケースは別として、れいわローテーションに加わる5人それぞれの個人票はれいわ全体の1%程度にすぎず、現実的には党の方針に従うという対応を求められるだろう。

ただし、有権者の意向は別である。れいわ新選組があらかじめ比例代表のローテーション制を掲げて参院選に臨んだのならば、有権者はそれを承知で政党を評価し、投票すればよい。それは政党の政治理念を具現化する選挙の戦い方を明示して有権者の判断を仰ぐという、民主主義のお手本のような試みとなったに違いない。

しかし今回の参院選時点ではローテーション制が採用されるとは誰も思っていなかった。当選者が議員辞職する事態が発生した場合は、得票数が多い者が繰り上げ当選して残り任期を務めるという前提で、各候補や支援者たちは一票でも多くの個人票獲得を目指して選挙運動を展開し、有権者もそれを前提に投票先を決めたと解するべきだろう。

今回のローテーション制採用は、水道橋博士の思わぬ議員辞職を受けた緊急対応であるにせよ、ゲーム終了後のルール変更という側面は否定できない。制度上は「それぞれの議員が1年交代で自発的に辞職してバトンタッチしていく」ことは可能であるが、それを実際に行う大前提として「大島氏に期待して投票した有権者の理解を得ること」が政治的には不可欠だ。大島氏に一票を投じた28,123人全員の納得を得ることは現実的ではないにしても、大勢の理解を得るための最大限の努力が尽くされなければならない。そのためには28,123人の期待を背負った大島氏本人の政治的了解が最低限必要である。

私はローテーション制そのものは閉塞感漂う永田町政治に風穴を開けるひとつのチャレンジであると思うし、あらかじめローテーションの方針を掲げて参院選に臨んだのならば新しい試みとして大いに評価しただろう。

実際にローテーション制を公表して参院選に臨めば、大量投票を期待できる著名人がれいわからの出馬を避けるという副作用も予測されるが、それを覚悟のうえで「多様性」を重視し、「比例代表はローテーション、個人で勝ち抜ける実力派は選挙区から出馬」というすみわけは十分に成り立つ戦法だ。

今回の最大の論点は「選挙後のルール変更」をどう考えるかということに尽きる。

水道橋博士の議員辞職という緊急事態を受け、著名タレントが集めた期待票をれいわの多様性を強化する原動力へ転換することを決断した山本代表の「ピンチをチャンスに切り替える」という政治感覚は、たしかに鋭い。それを現実政治のなかで円滑に実行し党勢拡大に結びつけることができるかどうかは、大島氏に投票した有権者たちの共感(少なくとも理解)を得られるかどうかにかかっている。

その有権者たちがローテーション制への支持・不支持を決める拠り所とするのは、やはり大島氏本人の態度であろう。ローテーション制の発表時点で、大島氏をどこまで納得させられたのかどうかが、今回の「奇策」の成否を分ける重要な鍵であった。

私はその意味でローテーション制発表後の大島氏の振る舞いを注視していた。山本代表と大石共同代表、他のローテーション参加者と並んで記者会見に臨んだ際、大島氏が水道橋博士への敬意を深く示したものの、ローテーション制については多くを語らず、「私は与えられた役割と使命をしっかりと果たしていく」「国民の声をしっかり代弁するという視点で実行していく」と述べるにとどめたことは気になった。

大島氏が記者会見でローテーション制の意義を積極的に説き、自らの任期を1年に短縮してでも「れいわの多様性」を飛躍させることへの熱烈な思いを語ったならば、ローテーション制は輝かしい第一歩を踏み出したに違いない。どんなに与野党から批判が噴出しても、れいわ新選組の内部が一枚岩ならば、跳ね返せるはずだ。

党執行部は本来ならそこまで環境を整えたうえでローテーション制を打ち出すべきだったと私は思う(多くの政党を取材してきたが、このあたりの党内調整力はやはり自民党が抜きん出ている)。

しかし大島氏の表情は終始硬く、ローテーション制を必ずしも快く受け入れたわけではないという気配がにじんだ。この映像を見る限り、大島氏に投票した28,123人は不安を感じたに違いない。

大島氏に投票した有権者の多くがローテーション制を拍手喝采する舞台を整える段取りが政治技術(あるいは政治芸術)と呼ばれるものなのだろう。そのためにはローテーション制の「主役」である大島氏が国民(あるいは大島氏に投票した有権者たち)に向かって自らの言葉でローテーション制の意義について熱弁をふるう場面が、あの記者会見にはどうしても必要であった。それを欠いたのは、政治舞台の演出としては二流であったというほかない。

大島氏が口にした「国民の声をしっかり代弁する」という言葉は、党執行部よりも自らに投票した28,123人の声に耳を傾けるという決意のようにも私には聞こえた。大島氏の納得を完全に得るには至らないままの見切り発車だったというのが実態ではないか。

大島氏のツイートも昨年12月20日以降、しばらく更新されていなかった。久しぶりに投稿されたのは参院議員に復帰した1月18日の登院写真だ。この間、ローテーション制をめぐるやりとりが党執行部との間で重ねられたことがうかがえる。ツイッターでも記者会見と同様、ローテーション制そのものへの立場は表明されていない。

おそらく大島氏は今後の対応について明言を避け、当面は政界全体の状況を見守るだろう。与野党からはローテーション制への異論が相次ぎ、参院でも妥当性の議論が続くとみられる。れいわは与野党から一線を画す独自路線を強めており、その反動として与野党双方からの風当たりはますます強まるだろう。ローテーション制はこれから1年、与野党双方がれいわを攻撃する格好の材料でありつづける。

大島氏が議員辞職届を提出するのは来年1月の通常国会前というのが想定スケジュールだろうが、その時点で本当に「自発的辞職」に踏み切るのかーー与野党は早くも牽制球を投げ、れいわに揺さぶりをかけている。水面化で大島氏に接触し「離党して無所属の参院議員にとどまればよい」とささやく者も現れるに違いない。

大島氏から「自発的辞職」への協力を快く取り付けることができるのか、山本代表をはじめれいわ執行部は大きな時限爆弾を抱えた。大島氏が1年後に自発的辞任に応じず、離党するという事態を招けば党運営が大混乱に陥るのは必至だ。

今回のローテーション制はもうひとつ大きな課題を突きつけている。「多様で多彩なメンバーが国民の負託に応えていくことを目指す」としてローテーション制を採用したのなら、今後の参院選比例代表でも同様にローテーション制を導入すべきだという議論が惹起されるのは避けられない。さもなくば、なぜ今回に限ってローテーション制なのかという疑念はどうしても浮かんでくる。

もちろん、圧倒的に多く得票した水道橋博士が予期せぬかたちで議員辞職し、その後をどう埋めるかという特殊ケースであるという説明ができないわけではない。しかし「多様で多彩なメンバー」を国会に送り込むことを重視すると言うのなら、今後の参院選比例代表でも「れいわローテーション」を継続しなければ説得力を欠く。今回に限った措置ということなら、大島氏や支援者たちの理解を得ることはますます難しくなるのではないか。

さらに衆院選比例ブロックでもローテーション制を導入すべきだという議論に発展する可能性もある。

現在の衆院議員3人(大石あきこ、櫛渕万里、多ケ谷亮の3氏)はいずれも選挙区で落選したものの比例復活している。しかし「多様で多彩なメンバー」を国会に送り込むことを優先するならば、選挙区での惜敗率の高い順に比例の当選者を決める現行制度に沿うことなく、ローテーション制を採用して一人でも多くの候補に国会議員を経験させるほうが筋が通っている。「衆参選挙とも選挙区で勝ち上がった議員は単独で任期をまっとうする一方、比例ではローテーション制を採用して多様で多彩な人材が議席をバトンタッチしていく」というポリシーを徹底した方が党の理念に沿っているといえるだろう。これこそ、これまでにない政党のかたちだ。

山本太郎というカリスマリーダーが旗揚げした新党が中規模政党へ脱皮する際の苦しみに直面しているのがいまのれいわ新選組である。山本代表に続く「党の顔」を育てていくための試行錯誤が共同代表制であり、ローテーション制といってよい。その挑戦を私は大いに評価している。

それを現実政治のなかでどう機能させていくのかという党運営の手腕こそ、今のれいわ新選組が抱える最大の課題だろう。れいわの台頭を恐れる与野党の各党はその脆弱さを突いてくる。ここをしのいで中規模政党へ脱皮できるか、れいわは正念場を迎えている。

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