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日銀総裁は市場関係者のためだけに働くのではない!エコノミストや経済記者が植田和男氏に期待する「市場との対話」への大いなる違和感

岸田文雄首相が4月から日銀を率いる新総裁に選んだのは、経済学者の植田和男氏だった。

国会の同意を経て正式に就任すれば、日銀OBと財務省OBが交互に就任してきた日銀総裁のポストに初めて学者が座ることになる。衆院議院運営委員会が植田氏に対して2月24日に行う所信聴取と質疑を金融界は注目している。

マスコミの解説記事で頻繁に登場するのは、植田氏が「市場との対話」を重視するという見立てだ(ブルームバーグ植田日銀の「市場との対話」に期待、黒田サプライズから転換求める声は代表的な記事である)。

一般の人々は「市場との対話」って何のこと?と思うだろう。実にわかりにくい言葉である。金融界以外には通じない言葉をわざと使っているのではないかと私は思っている。

市場とは「金融市場」のこと。つまりエコノミストや経済記者たちは「金融市場の動向(意向?)を十分にくみとりながら金融政策を実行していく」ことを「対話」と呼んでいる。誤解を恐れずに踏み込めば「金融市場の期待(予想?)に沿った政策を実行していくこと」=「金融市場の言いなり」ともいえるかもしれない。

どうして「市場との対話」がキーワードに浮上しているのかというと、過去10年間、日銀を率いる黒田東彦総裁が「市場の声」に耳を傾けず、アベノミクスの旗印のもとで大胆な金融緩和政策を継続してきたからだ。

金融市場が「行きすぎた金融緩和」を警戒して「金融引き締め」への転換を予想しても、黒田総裁は予想を裏切って大胆な金融緩和を維持し、その結果として急速な円安を招いて市場が混乱したと市場関係者の多くは認識している。円相場の乱高下で大損したプレーヤーほど「黒田総裁が市場の声に耳を傾けなかったせいだ!」と怒り心頭に違いない。

だからこそ「植田新総裁は金融界の動向(意向?)をしっかりとくみとってくれるはずだ」と期待が高まっているのである。

こうした金融界の期待感を、先に紹介したブルームバーグの記事は「10年間にわたり予想外の政策変更を重ねてきた黒田東彦総裁とは一線を画し、正常化を進める際に市場の混乱を招かないような情報発信が重要との指摘が相次いでいる」と表現している。

ブルームバーグが2月14、15の両日に実施したエコノミスト調査によると、日銀が7月までに金融引き締めに動くとの見方が1月調査の54%から70%に増加したともこの記事は伝えている。

つまり現時点での金融市場の予想(期待?)は「金融引き締め」なのだろう。黒田総裁が進めた大胆な金融緩和からの転換を求めているのである(それを見越して金融取引のポジションをとるということだ)。

岸田首相は植田氏を選んだ理由に「内外の市場関係者に対する質の高い発信力、受信力」をあげている。植田氏自身も「自身のどのような特性を生かしたいか」と記者団から問われ、「学者できたので、いろいろな判断を論理的にすることと、説明を分かりやすくすることが重要だ」と発言しており、「市場の期待(予想?)を裏切らない」ことが市場からの支持を得る秘訣と思い定めているようだ。

ちょっと待ってよ、と私は思う。日銀の金融政策は市場関係者だけのものではない。金利が上がるか、下がるかは、私たち国民の生活を大きく左右する。株や外貨を持たない多くの国民の暮らしを根底から揺るがし、ときに生活基盤を粉々に破壊する凶器にもなりえるのだ。

現在の市場が予想(期待?)するように、金融引き締めに動けば、金利が上がって生活苦に陥る人が少なからず出てくる。日銀総裁と市場関係者の対話が成立しても、そこから取り残され、はじき飛ばされる無数の人々の存在を忘れてはならない。

もちろん、金融市場(株価や為替)の動向は、株や外貨を持たない人々の暮らしにも間接的にかかわってくる。しかし金融市場で金融商品を売り買いしている人々(市場関係者)は、株や外貨を持たない人々の暮らしのことなど二の次だろう。金融利益を稼ぐことに必死に違いない。それを責めるつもりはない。

しかしマスコミは市場関係者のためだけに記事を書いているわけではない。ブルームバーグのような経済・金融情報を扱うメディアはそれでよいのかもしれないが、テレビや新聞が同じように「市場との対話」という視点ばかりで報じるのは「偏向報道」そのものだ。

日銀の金融政策は市場関係者だけのものではない。国民みんなのものである。その視点で植田氏の適性を見極めるのが、国会の役割である。与野党の国会議員たちは24日からの植田氏への質疑をその視点で行われなければならないし、マスコミもその視点で報じなければならない。日銀総裁は国民全体に責任を負っているのだ。

政治ジャーナリストとして植田人事に注目するもうひとつの視点は「岸田降ろし」との関連である。菅義偉前首相ら反主流派は今年後半の「防衛増税」政局を視野に政権批判を強めている。

植田日銀が金融政策の舵取りに失敗して景気が悪化すれば増税どころではなくなり、菅氏ら反主流派は勢いづくだろう。岸田首相としては当面は植田日銀に安全運転を求めたいところだ。

一方、菅氏ら反主流派は景気が悪化すれば「日銀総裁人事が失敗だった」として岸田首相の任命責任を追及するに違いない。植田人事は「岸田降ろし」の政局材料そのものであり、植田日銀の金融政策も政局動向を横目でみながら進めていくことにならざるを得ないだろう。

このあたりの日銀総裁人事と岸田降ろしの関係については、NetIB-NEWSに『【鮫島タイムス別館(10)】揺らぐ岸田政権の下、不穏な船出となる植田日銀』で解説したのでご覧ください。

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