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ゼレンスキー国会演説以上に衝撃だった衆参両議長の発言〜これは「戦争の肯定」であり「平和憲法の否定」だ!

ウクライナのゼレンスキー大統領が3月23日、オンラインで国会演説した。日本政府がアジアで最初にロシア政府へ圧力をかけたことを高く評価し、制裁の継続・強化を訴えた。

演説内容は日本政府と水面下で事前調整したのか、防衛装備品を超える強力な武器の支援を求めたり、安倍政権下の日露交渉を批判したりというような物議を醸す内容はなかった。

米国議会では日本軍によるパールハーバー空襲に言及して米国世論を惹きつけることを狙ったが、日本の国会では米軍による広島・長崎への原爆投下には触れなかった。米国の国内世論を最重視する姿勢を示すものといえるだろう。

一方で、ロシア軍の攻撃でウクライナ国内の原発が危険な状況に陥っていることやロシア軍が核兵器やサリンを含む化学兵器を使用する恐れに言及することで、日本国内の反ロシア感情を高め、ウクライナ政府への強い支持を取り付ける狙いは読み取れた。「原発」「サリン」「核兵器」は日本の国内世論に響くキーワードとして強調されたに違いない。

演説全体としては、想定された筋書きのなかでは穏当な範囲に収まったといえるだろう。ゼレンスキー大統領にとっては日本での国会演説を実現して「対ロシア陣営」に引きずり込んだことを世界へアピールした時点で十分に元を取ったといえる。

問題はむしろゼレンスキー演説を受けた日本の政治家たちの反応である。

衆参両院はすでにロシア軍の侵攻を非難したうえ、「ウクライナ及びウクライナ国民と共にある」とする国会決議をれいわ新選組をのぞく全会一致で採択している。国権の最高機関である国会は「ロシアvsウクライナ」の戦争に対し、ウクライナに全面的に加担する姿勢を世界に発しているのだ。

日本政府も国会決議を受けてウクライナに加担する姿勢を鮮明にした。欧米に歩調をあわせてロシアへの経済制裁に踏み切ったうえ、防弾チョッキなど防衛装備品をウクライナに支援し、軍事的にも肩入れしている。

これに対し、ロシアは欧米に加えて日本も「宣戦布告」したとみなし、対抗措置として核兵器使用さえ示唆。さらに日ロ平和条約交渉の停止を表明し、日ロ関係は軍事的にも緊迫してきた。日本が核兵器を保有する軍事大国ロシアに敵視されている現状は、安全保障上、極めて危うい。

ゼレンスキー演説はそのような国際情勢の中で実現した。ロシアと交戦中のウクライナの大統領に国会演説の舞台を特別に用意したこと自体、日本という国家がこの戦争でウクライナに加担し、ロシアを敵に回す姿勢をさらに鮮明にするものだ。ロシアは日本への敵視をますます強めるだろう。日本の安全保障上のリスクは一層高まったことを私たちはまずは肝に銘じなければならない。

それに拍車をかけたのが、日本の政治家たちの対応である。ゼレンスキー演説の最後に与野党の国会議員は起立し、拍手喝采を送った。いわゆる「スタンディングオベーション」である。これは全面支持の意思表示だ。

私がさらに衝撃を受けたのは、ゼレンスキー大統領を迎えた細田博之衆院議長と、演説後に謝辞を述べた山東昭子参院議長の挨拶だった。

細田衆院議長は「我が国議会はロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議を行なっており、ウクライナ及びウクライナ国民と共にある」と強調。「キエフにとどまり、国民を鼓舞し続けるゼレンスキー閣下の勇敢な姿勢に敬意を表する」と表明した。

国会決議にれいわ新選組が反対した結果、細田氏が「我が国議会は全会一致で決議した」と言えなかったことに私はまずは安堵した。戦争当事国の一方と「共にある」と宣言して全面加担することへの異論が国会内に存在するのは「全体主義」に抗う健全さの証明だ。

一方、国民総動員令を発し国民から「戦わない自由」を剥奪して戦争に投入するゼレンスキー大統領を「国民を鼓舞し続ける勇敢な姿勢」と評価したことは、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する平和憲法の理念を自己否定する極めて危うい発言である。

この衆院議長の発言を看過して良いのだろうか。ゼレンスキー演説に拍手喝采を送った与野党政治家に細田議長の発言を追及することは不可能であると思うと、我が国議会に全体主義が忍び寄る恐怖感をリアルに感じた。

さらに衝撃だったのは山東参院議長の発言だ。「閣下が先頭に立ち、また貴国の人々が命をも顧みず祖国のために戦っている姿を拝見し、その勇気に感動しております」と強調したのである。細田氏よりもさらに踏み込んだ発言だ。権力者が戦争を指揮し、国民がそのもとで「命をも顧みず祖国のために戦う」ことを称賛したのだ。

大日本帝国が明治憲法に基づく国家総動員法を根拠に国民から「戦わない自由」を剥奪し、戦争を強要して基本的人権を蹂躙した反省から、①国民主権②平和主義③基本的人権の尊重を三大原則とする日本国憲法は生まれた。山東氏の発言は「人々の命」よりも「祖国」を重視する姿勢を鮮明にするもので、日本国憲法の精神を踏み躙るものではないか。これは「戦争の積極的な肯定」だ。

与野党の国会議員たち、とくに平和憲法を尊重して自民党がめざす改憲に反対する野党の国会議員たちは、憲法9条が禁じる「国権の発動たる戦争」を称賛する衆参両議長の発言を看過するつもりなのだろうか。それで今夏の参院選で「改憲勢力が三分の二を占めることを阻止する」と訴える資格があるのだろうか。

私はそう思って与野党の反応をネットで漁った。そこで衆参両議長の発言以上に衝撃を受ける反応を見つけてしまった。共産党の志位和夫委員長である。

志位氏はゼレンスキー演説を「祖国を守り抜く強い決意がひしひしと伝わってくるものでした」と高く評価したのである。これはゼレンスキー大統領が「祖国を守るため」に国民総動員令を出して国民から「戦いたくはない自由」を剥奪し戦争に駆り出すことを称賛する発言だ。その意味において細田衆院議長や山東参院議長と大差はない。

共産党は自分たちが信じる「正義」のための戦争は容認する立場なのだろう。「正義」を貫き「祖国」を守るためには国民に戦うことを強要する政党なのかと、私は心底怖くなった。

ロシア軍が日本に攻め入ったら、志位氏は日本国民が祖国を守るために武器をもって戦うことを少なくとも奨励するのではないか。「戦いたくはない」と言って武器を持つことを拒否する人々を許すだろうか。戦時下において戦いたくはないという意思表示を許さない同調圧力にどう向き合うつもりなのだろう。

近年の共産党は庶民の暮らしの目線を大切にする「市民政党」の性格を強めていることを私は評価してきた。しかし今回の「ゼレンスキー大統領への称賛」はこの政党が本質的に自分たちの「正義」の実現を重視するイデオロギー政党であり、自分たちの「正義」を実現するためなら戦闘も厭わないという「地金」をさらけ出したのではないか。とても残念である。

いま繰り広げられている戦争は、ロシアの掲げる「正義」と欧米やウクライナの掲げる「正義」のぶつかり合いだ。どちらの「正義」を支持するかはさまざまな考え方があってよいが、「正義」と「正義」がぶつかり合っている以上、どちらかの「正義」が相手を軍事力で打ち負かすまで、いつまでたっても停戦は実現しない。それまでウクライナの人々の命は次々に失われていく。

だからこそ、どちらか一方の「正義」に加担するのではなく、戦争に巻き込まれたウクライナの人々の命を守るために「正義」はひとまず脇において、一刻も早く停戦合意を実現させる外交努力が必要なのではないか。それが日本国憲法の精神だ。

まずはウクライナの人々の命を奪う「戦争」を否定し、どちらにも加担せず、和平実現にむけて外交努力を尽くすのが日本国憲法の精神にのっとった姿勢ではないのか。なぜ平和憲法を重視する野党がそう主張しないのか。

立憲民主党の泉健太代表は同日夜までにゼレンスキー演説に対するツイッターでの発信はなかった。一度は国会演説に慎重な姿勢を示したものの、世論の激しい批判を浴びて賛成に転じた経緯があり、今回は積極的な発信を控えたのだろう。立ち位置が不鮮明で埋没している立憲民主党を象徴しているような対応である。

報道によると、泉代表は国会内で記者団の質問に答え、「ウクライナを守るために大統領が前面に立っているという決意も感じるものがあった。日本のロシアに対する経済協力を一度止めるべきだと主張してきた。そうしたことも含め、政府にできる限りのウクライナ支援を求めていきたい」と話した。衆参両議長や志位氏ほど積極的ではないにせよ、ゼレンスキー大統領の戦争遂行を支持する発言と受け止められる。平和憲法の精神を軽視しているという点において変わりはないだろう。

国会決議に唯一反対したれいわ新選組は同日夜遅くになってようやく談話を発表した。国会決議への反対で世論から激しいバッシングを受けただけに、慎重に言葉を選んでまとめたとみられる。

談話はまず、ゼレンスキー大統領が日本の国会で演説を求めたことについて「軍事侵攻を受ける国の首脳として同大統領が他国に連帯と行動を求めることは当然と理解する」とした上、「その要求に対して日本の国会として拙速に反応すべきではないと考える」とし、日本の国会がウクライナ政府に加担することには慎重な姿勢を改めて示した。

そのうえで「演説が始まる前から、式次第(進行表)には演説後にスタンディングオベーション(起立拍手)するよう書かれていた。演説の内容を知る前から反応の仕方まで決められているのは、問題である」と指摘。ウクライナ支持一色に染まる国会に対して強い警鐘を鳴らしている。

さらに「衆参両議長を含む全参加者が起立して拍手する場面が、切り取られて放送された場合、外国では、日本がさらなる制裁に向けて足並みをそろえる姿勢と受け止められる可能性もある」との懸念を示し、「日本は独自の立場を貫き、制裁の強化拡大に安易に加わるべきではない」と主張した。

ゼレンスキー演説に対するれいわの談話は「国際紛争を解決する手段として武力の行使と威嚇を永久に放棄した日本の行うべきは、ロシアとウクライナどちらの側にも立たず、あくまで中立の立場から今回の戦争の即時停戦を呼びかけ和平交渉のテーブルを提供することである。国際社会の多くの国家がその努力を行わない限り、戦争は終結しない」と締めくくられている。「国際紛争を〜」の部分は日本国憲法を強く意識した書きぶりだ。

結局のところ、平和憲法の精神にのっとってゼレンスキー演説に対応したのは、衆院3人・参院2人の新興勢力であるれいわ新選組だけだった。国会決議への反対にしろ、今回の国会演説への対応にしろ、山本太郎代表が率いる弱小政党の安定ぶりは際立つ。

以下の談話からは、彼らが真剣に今回の問題に向き合っていることが伝わってくる。ぜひ読んでみてほしい。

ゼレンスキー大統領の国会演説に前のめりの与野党とマスコミの平和ボケ〜敵国よりも怖いのは暴走する自国の国家権力だ