円安が止まらない。ついに1ドル150円台に。32年ぶりの円安水準だ。
そのなかで岸田文雄首相が「円安メリットを生かす企業1万社を支援する」と表明したというニュースを見た時は仰天した(こちら参照)。
この首相発言は「円安容認」と受け止められて円安を加速させる方向に作用しただろう。そこで最も欠けているのは「円安で苦しんでいるのは企業より庶民」という認識だ。いったいなぜいま企業支援なの?
企業が潤えばその恩恵は次第に庶民へしたたり落ちていくーー小泉政権以降の自民党が掲げたトリクルダウン理論はまったく機能せず、大企業や富裕層がますます豊かになる一方で、庶民の賃金は上がらず、貧富の格差がどんどん拡大したことは、今や通説である。
岸田首相自身、そのような認識から就任当初は「分配」を強調する「新しい資本主義」を打ち上げた。いつのまに古びたトリクルダウン理論に逆戻りしてしまったのだろうか。
日本はエネルギーと食糧の自給率が極めて低い。円安が急速に進むと、ガソリンや電気代、食料品代が値上がりし、国民生活に強烈な打撃を与える。この痛みは富裕層よりも貧困層に大きくのしかかる。
これは国民のせいではない。輸入に依存してきた日本政府のエネルギー政策、食糧政策の失敗だ。
エネルギーは福島原発事故後、欧州並みに再生エネルギーの普及に力を入れれば自給率を上げることができた。食糧は輸出大国の米国に遠慮しないで食料自給率を上げる努力をもっと積み重ねるべきだった。
一方、自動車をはじめ輸出中心の大企業は円安になると大きな利益が生まれる。エネルギーや食糧を輸入して工業製品を輸出する日本経済において、円安は「大企業に有利、庶民に不利」といっていい。超金融緩和で円安に誘導したアベノミクスは大企業を重視した経済政策だった。
円安の時には打撃を受ける庶民の暮らしを直接支援する経済政策が絶対に必要だ。具体的には国民に現金を一律給付する財政政策や消費税減税によって、家計を直接潤わせる支援策が効果的である。
大企業や富裕層への支援から、庶民への直接支援へ。経済政策の根幹を超えて富の再分配を進めることが「新しい資本主義」ではなかったのだろうか。
ところが、安倍政権や菅政権、そして岸田政権も円安の時でさえ大企業優先の支援策を積み重ねてきた。ここにきて円安がさらに進行し、エネルギー価格や食糧価格が沸騰する今、さらに大企業支援策を強化しているのである。
その最たる例が、ガソリン価格高騰を理由に石油元売り大手に3兆円の補助金を投じる支援策だ。
ガソリン税を廃止すればガソリン価格はすぐに下がるのに、ガソリン税を維持したまま、原油高で過去最高益を出している石油元売り大手に補助金をぶちこんだのである。「消費者より業界」を重視する自民党政治の真骨頂といっていい。
電気料金高騰を受けて電力会社への補助金を検討しているのも同じ構図だ。全国旅行割もそう。旅行者に直接現金を配るのではなく、旅行代理店など旅行業界に予算を投じて旅行価格を割り引くという発想である。
いずれも補助金の分がすべて価格引き下げに当てられるとは限らない。「中抜き」によって結局は業界が儲ける仕組みになっているのだ。(以下のYouTube参照)
消費税を増税して法人税を引き下げ、さらには大企業に巨額の補助金を投じる業界優先の経済政策か。
消費税を減税して法人税を引き上げ、さらには国民一人一人に現金を直接配る個人優先の経済政策か。
これからの政治の最大の対立軸は、経済政策のあり方である。
コロナ禍〜ウクライナ戦争による物価高〜急速な円安という厳しい経済状況が続く中ではっきりしたことは、自公政権はどこまでも業界優先であることだ。岸田首相の「円安メリットを生かす企業1万社支援」はそのシンボルといっていい。
これに対して野党は本来、「個人支援」を前面に掲げて対抗すべきなのである。「円安に苦しむ全国民1億2500万人支援」として、まずは現金10万円を一律給付し、そのうえで全員に恩恵が届く消費税減税(消費税の廃止・停止を含めて)を強く主張すべきなのだ。
ここになかなか踏み切れないのが、経済界べったりの連合に依存して選挙をしている野党第一党の立憲民主党である。業界の味方なのか、個人(消費者)の味方なのか、あいまいな姿勢に終始している。
岸田政権がこれほど業界重視の姿勢を鮮明にしているのだから、野党は対立軸を鮮明にする絶好のチャンスのはず。それなのに何を目指しているのか、誰の味方なのかはっきりしない立憲の姿勢は残念でならない。