自民党総裁選の日程が9月17日告示ー29日投開票に決まった。国会議員だけでなく党員も投票する「フルスペック」で実施される。
現在のところ、総裁選へ出馬する意思を表明しているのは、菅義偉首相(72)、岸田文雄・前政調会長(64)、下村博文政調会長(67)、高市早苗・前総務相(60)の4人である。自民党はこの総裁選の勝者を総理・総裁に担いで秋の衆院選挙に臨むことになる。
まずは皆さんの意見を聞いてみよう。あなたが自民党員なら、誰に投票しますか?
はじめに、菅首相に念を押しておきたい。感染爆発と医療崩壊を招いた政権与党が、危機の真っ只中に党内権力闘争に明け暮れるのは決して許されない。菅首相は総裁選活動の「留守中」にコロナ対応にあたる責任者を明確にし、コロナ対応が二の次にならないように徹底すべきである。「政治空白」期間中に救えるはずの命が失われるという事態を招いた場合の政治責任は、この危機下の総裁選実施を決めた自民党(総裁である菅首相自身)にあることを肝に銘じてもらいたい。
そのうえで、菅首相は自らの無為無策のコロナ対策によって多くに命が失われ、多くの「自由と権利」が侵害されてきたことについて、この総裁選で率直に謝罪すべきである。それなしに「新たな公約」を掲げても誰も耳を貸さないだろう。内閣支持率の急落を真摯に受け止めるべきだ。現職首相の立場を利用して自民党の国会議員や組織を引き締め、過半数の得票を固めるだけの内向きな総裁選を展開すれば、総裁選に勝利したとしてもその後の衆院選にむけて国民世論の反発・離反はいっそう強まるに違いない。
次に、前回総裁選で菅首相に次ぐ二位だった岸田文雄・前政調会長へ。第五派閥に低迷している宏池会(岸田派)会長の岸田氏が自力で勝利できるとみる政界関係者は皆無である。安倍晋三前首相と麻生太郎副総理は菅首相に対し、再選支持と引き換えに二階俊博幹事長の交代を迫るのは間違いない。岸田氏の出馬は安倍氏らが菅首相との裏交渉を有利に進めるための「政局カード」にすぎないことは衆目の一致するところだ。
岸田氏が安倍氏らに支えられて総理・総裁の座をつかんだとしても、岸田政権は安倍氏らの傀儡政権に終わる。それは安倍氏に権力が集中して官界・マスコミ界を抑え込んだ「安倍一強」政治への逆戻りでしかなく、独裁色が薄まった菅政権よりも息苦しい世の中になる危険をはらんでいる。巨大派閥を率いる安倍氏らの顔色をうかがうことなく、日本社会の分断を招いた9年にわたる「アベスガ政治」と決別する姿勢を鮮明にし、国民世論の合意形成を重んじる宏池会の伝統的な「穏健保守」への回帰を打ち出さない限り、岸田氏の出馬に何の意味もないことを自覚してほしい。
岸田氏については以下の記事で詳報したので、参照にしてほしい。
菅首相がいま辞めたとして、後継首相になる可能性が最も高い岸田文雄氏とはーー安倍・麻生両氏の傀儡必至
安倍氏が主導する最大派閥・清和会(細田派)の下村博文政調会長は安倍氏の側近であり、文教族として「愛国心」重視の教育改革を主導した右派を代表する政治家である。ここ数年は自民党総裁への意欲をにじませ、独自色を強めてきた。その分、「安倍最側近」の座を、同様に東京都議出身で文教族の萩生田光一文科相に譲った感がある。
下村氏は今回の出馬で安倍氏の支持を得られていない。清和会には萩生田氏や稲田朋美・元防衛相、西村康稔・コロナ担当相ら総裁へ意欲をみせる閣僚経験者が乱立している。安倍氏にとっては、清和会の後継世代がどんぐりの背比べでしのぎを削っていることが、キングメーカーとして君臨し、あわよくば三度目の首相に返り咲くためには最適の政治状況であり、下村氏に肩入れすることは何の得にもならない。むしろ下村氏の出馬で派閥内部に亀裂が走り、清和会分裂の気配が漂う事態だけは避けたいところだ。下村氏の出馬は内心では「いい迷惑」であろう。
下村氏はそれを承知で名乗りをあげたのだから、安倍氏からの「自立」を志向しているといっていい。安倍氏の力を借りずに出馬必要な推薦人20人を確保できるかどうかが焦点となるが、下村氏が安倍氏の支持を得られないことを承知で出馬にむけて動くことは、長年にわたって自民党内に君臨してきた清和会のほころびの始まりと位置付けることもできるだろう。
下村氏とは対照的に、無派閥の高市早苗・前総務相が8月10日発売の「文藝春秋」で真っ先に総裁選出馬の意向を掲げたのは、安倍氏の意向に沿ったものとみていい。
安倍氏が総裁選の無投票再選をめざす菅首相に待ったをかけ、「再選を認める代わりに二階幹事長の交代を」と迫る条件闘争に持ち込むためには、誰かに総裁選への名乗りをあげさせ、無投票再選の機運を打ち消す必要があった。菅首相を牽制するために足元の清和会から「捨て駒」を出して自らの政治基盤を揺るがすわけにはいかない。安倍氏に同調して右派的な政策を唱え、無派閥である高市氏は格好の存在だった。
安倍氏は右派支持層に人気のあった稲田朋美氏を女性政治家として登用してきたが、稲田氏がこのところ選択的夫婦別姓やLGBT問題でリベラル色を打ち出したことに不満を募らせている。そこで稲田氏に代わって高市氏を重用しようと考えているようだ。さらに高市氏は総務相時代、菅首相が絶大な影響力を握る総務省で菅氏の意向におもねることなく行政運営したことも、安倍氏の気に入ったようである。
高市氏も推薦人20人を確保できるかが焦点となる。安倍氏が菅首相と岸田氏の一騎打ちではなく、三つ巴のたたかいのほうが菅首相との裏交渉を進めやすいと判断する場合、高市氏の推薦人確保に水面下で協力することになろう。さらにこの総裁選を通して安倍氏が党運営の主導権を二階幹事長から取り戻せば、「捨て駒」を引き受けた高市氏を「将来の女性首相候補」として要職に押し込むこともありえる。下村氏よりは政治的果実を得る可能性の高いたたかいといえるのではないか。
以上、4氏について解説した。
世論調査で人気の高い石破茂元幹事長(石破派)は不出馬の意向を示唆している。石破氏からみた総裁選については稿を改めて解説したい。
石破氏と並んで人気の高い河野太郎ワクチン担当相(麻生派)は、現職閣僚のため、菅首相が再選を目指す限りは出馬することは難しいとみられている。菅首相が出馬断念に追い込まれた場合は河野氏が本命として急浮上する。菅首相は河野氏を担いで影響力を残すことを画策するだろうが、派閥内の世代交代を嫌う麻生氏の動向が焦点となる。
では、いまいちど投票を呼びかけよう。コメントを希望する方は政治倶楽部に無料会員登録し、以下のコメント欄から投稿してほしい。
あなたが自民党員なら、自民党総裁選で誰に投票しますか?
さいごにひとつ付言すると、出馬の意思を示した4人がいずれも60歳以上であることに驚くほかない。
安倍氏66歳、麻生氏80歳、二階氏82歳、菅氏72歳。9年にわたるアベスガ長期政権では、この4人がすべてを牛耳り、後継世代を抑え込んできた。その結果としての自民党の人材枯渇を痛感するほかない。次世代を育てないことで権力を保持しつづける政治であったといえるだろう。