政治を斬る!

オーストラリアから日本を思って(21)消えゆく故郷や文化を取り戻したい!ひとりひとりのアイデンティティの大切さを再認識した2023年の終わりに~今滝美紀

鮫島さんの日々の執筆、筆者同盟の小倉悠加さんの157回、最近㊗50回を迎えられた憲法9条変えさせないよさんには、まだまだ程遠いのですが、今年の最後まで続けることができました。お付き合いしていただいた読者のみなさま、ありがとうございます。

何回続くだろうか?と思いながら、日本の外から伝えてみよう、と思って書き始めた読み物ですが、今回は、2023年の終わりにあたり見落とされがちだけれど、本当はとても大切でだと気づいたことを、書きたいと思います。

私は21回続くとは思っていなかったのですが、なぜ続いたのか?と思いめぐらせていると、とある言葉が目に留まりました。 

「もし‘自由’になんらかの意味があるならそれは、人々が聴きたくないことを伝える権利だ」 

これは、第14 回で紹介した、ジョージ・オーウェルの言葉です。ヨーロッパでの戦争、貧しい庶民の生活、ジャーナリストなどを経験し、後世への警告ともとれる小説「1984」の著者です。

2023年は、ウクライナとロシア紛争を終わらせようとしない、パレスチナの破壊を止めようとしない欧米とそれに加担する日本。検証が進まないパンデミック。日本では、25年間も隠され続いていた裏金問題をはじめ、増々人々や国に悪影響を及ぼしながらも、続いている自公政権。大手メディアが長年、伝えてこなかった真実が、SNSを通じて次々と明らかになった年だったと思います。

これらは、私にとっては受け入れられない暗い真実ですが、変わらない現状が、歯がゆいものです。実生活では、これらの政治の話はしたくない人、政治の話をすると機嫌が悪くなる人、政治の話が好きだけれど、意見が反対の人に囲まれて、むずむずとします。‘自由’のために、私の周囲の人々が、聴きたくないことを書き伝えていたのかもしれません。

もう一つの理由は、「救民内閣」を訴えて活動にアクセルをかけ、勝負に出ている泉房穂・前明石市長の著書「日本が滅びる前に」というショッキングな題が、目に留まったことです。

これは大袈裟なのでしょうか?でも日本各地を見ると、すでに消えている、消えようとしている多くの町や村、他国の人々に売られる土地、急速な人口減、マイナンバーでの管理が起こっていています。それでも選挙に行かない大半の人々にとっては、‘聴きたくないこと’かもしれませんが、聴いてもらい選挙に行ってもらい、救民内閣を立ち上げなければ、‘自由’がもっと奪われ、日本としての存続さえも奪われるかもしれない、という不安もあります。

身近でいうと‘ふるさと’が消えてしまうのでは?という目の前に迫った危機感もあります。生まれた時から約20年過ごした、小さな町で過ごした時間が、いつまで経っても、何処にいても自分の基本だ、と気づきました。 

日本には、なぜこんな不便で厳しい環境の土地に、人が住んでいたの?という町や村がたくさんあります。アイヌの人々が住んでいた寒い北の果ての北方領土から南の温暖な小さな島々、奥深い険しい山間部とバラエティーに富んでいます。生まれ育ち慣れ親しんだから、流刑された、または、約千年近く前、平家の落ち人のように、追っ手を逃れ、生き延びるために素性を隠して暮らしてきた人々。それぞれの地域で生きるための知恵や技術が発達し歴史ができ、それらは日本独自の‘文化’であり財産ですが、日本の政権や政府はそれらが消えていくことなど微塵も気に留めない、むしろそうさせようとしているようにさえ見えます。

‘文化’について考えさせられたのは、オーストラリアでの一般的な教育の授業でした。

オーストラリアは、世界大戦前、ヨーロッパの国々が植民地拡大を競い合う、帝国主義の時代に英国が、少なくとも5万年以上前から住んでいた先住民アボリジナル人々を排除・迫害してできた、約120歳の新しい国です。国として機能するための人口を得るために、まず白人至上主義から英国やヨーロッパの国々から移住が始まりましたが、十分ではなく1970年代に差別されていた有色人種への差別が禁止され、アジアからの移民が積極的に始まり、戦争による難民も受け入れられてきました。

世界中150以上の国からの移民でできた国なので、共通の言語・ルール・価値をもち、違った人種でも“ハーモニーの中で暮らそう”“Live in Harmony”という合言葉があります。一方で、由来する国・人種・宗教などの文化を大切にもつようすすめています。

小さな国でも、例えば今紛争の中にあるアルメニアからの移民の子どもたちが文化や言語を受け継ぐことができるよう、アルメニアの小学校(母国の言語や文化を学べます)が認可され、政府は援助しているそうです。土日に母国語を習うコミュニティースクール。小学校から外国語やその文化を習い、高校では、母国語を卒業試験の科目として選択できます。

私がなぜ、日本の故郷を自分の基であると感じるか、Racism No Away(差別をしない)という豪州の反差別教育機関が上手く説明してくれていました。要点をまとめてみました。(以下「」は、ホームページからの引用です。)

文化とは?

「食べ物、衣服、お祝い、宗教、芸術、言語などの目に見える側面は、その世界の文化の一部です。文化とは広い意味では、人間の集団によって築き上げられ、世代から世代へと受け継がれていく生き方の総体と言えます。すべてのコミュニティ、文化グループ、民族グループには、独自の習慣、価値観、信念、考え方、生き方、世界の見方が生まれます」

なぜ文化の探求か?

「アイデンティティ(自分は何か)の感覚は、その文化のアイデンティティに基づいています。すべての人は、周囲の世界に存在する文化的多様性についての理解を深めながら、自分の文化とアイデンティティの独自性を自由に探求する必要があります。文化的表現を否定するということは、人生に対する独自の視点の表現や世代から世代への知識の伝達を制限することを意味します」

日本は、主に日本人が占めていますが、その小さな国の中でも、たくさんの小さな地域があり、それぞれに歴史・環境・自然により生まれた、独自の豊かな文化があります。しかし、郵便局・交番・学校がなくなり、民営化が進み生活を支えていたお店や鉄道・バス路線が消え、電気や水が高騰し、地域を出で大きな市街へ出て行かざるを得なくなっています。

国土交通省は全国6割の地域で2050年に人口が半分以下になるとし、東大の増田寛也客員教授らは、2040年には全国1800市区町村の半分の存続が難しくなると予測しているという記事を目にしました。私の故郷もその一つだと思います。

これは、本来の多様で豊かな日本の文化も消えているということでしょう。

私の故郷は、県庁所在地から遠く離れた、山里から広がる、小学校は一学級の小さな町でしたが、郵便局・交番・農協・肉屋・魚屋・食料品店・衣料品店・靴屋・クリーニング屋と地域の中で生活を営むことができるよう整っていました。

秋には約7つの集落がそれぞれ所有する「ちょうさ」と呼ばれる大きな山車を担ぎ出し、山の中腹にある神社で、賑やかに秋祭りが行われていました。

冬休みのお正月明けには毎年、子ども会で奥谷という山間に深く入った集落に集まり、地元の人しか分からないような狭い獣道を登り、四国霊場で最高峰に位置するその名も雲辺寺、別名を四国高野というおよそ1200年の歴史があるといわれる四国八十八カ所の寺院に、まるで修行や義務のように参拝していました。

植物が生い茂り、岩が転がる讃岐山脈の急斜面を登るのは、苦しいものでしたが、地域のみんなで一緒に登った達成感、山頂に堂々と建つお寺と芸術的な数々の仏像の佇まいが醸し出す厳かな空気に触れることは、格別なものでした。

温かいものを寺院でいただき、一休みした後、駆け下りる下山は、山脈から広がる田畑の平野とその先にある青い瀬戸内海が、小さいけれど晴天であれば認めることができ、爽快なものでした。この地域で代々続く行事なのかもしれません。

今の私にはその歴史や意味を知る由はありませんが、古くから続く日本の伝統や習慣という文化の一端に子どもの頃に触れた思い出は、ずっと残っています。

また、‘お寄りさん’という月一回、集落の家に順番に集まり、その家の祖先を地域の住職さんと拝み、その後、お茶やお菓子が振る舞われ、談笑する習慣がありました。そこで、地域の人々に挨拶をしたり、声をかけてもらったりすることもできました。

祖母は毎日、お昼にお米を炊くと、その中心のご飯をよそいで、仏壇に供え、拝んでいました。自分自身は宗教に直接かかわらなくても、祖先を敬う日本の文化を感じていました。

山々やそこに残る小さな城跡、田畑、あちこちにある池と下校後にも、幼馴染たちと遊ぶことには事欠かない、子どもにとって、もってこいの環境でした。遊びにお金がかからないので、経済的な格差を感じることもありませんでした。

何人かの幼馴染たちは、そこで生活を続けていますが、空き家が増えたと言います。そして、年金受給までまだ、何年もあるのに腰や脚に問題があったり、持病を抱えたりしながら仕事を続けているとききます。

私の故郷のように、小さくても独特の文化のある地域は、日本にたくさんあると思いますが、どうなるのでしょうか。Xの@kendou774さんは、消えてしまったまたは、消えつつある地域を訪ね歩き、その様子を伝えています。

小さな地方やそこに住む人々を救おうとしない政治のために、故郷や文化、すなわち自分のアイデンティティが消える危機にあるということは、Samejima timesに寄稿を続ける動機になっていると思います。

また文化の生れ方や変化の仕方について「自分や他者の文化的アイデンティティに対する理解は誕生から発達し、家庭や周囲のコミュニティで普及している価値観や態度によって形成されます。このアイデンティティは、人々がより広範な社会内のさまざまなグループへの理解を育むにつれて、時間の経過とともにより複雑かつ流動的になります。

同時に、文化自体は静的なものではなく、さまざまなグループの信念体系や生き方がマスメディアや大衆文化など他の文化の影響下で適応して新しいアイデンティティを生み出すにつれて発展し、変化します」と育った環境だけでなく、マスメディアや大衆文化が文化(アイデンティティ)をつくり変化させていることを指摘しています。

インフラにお金をかけず、経済的効率をよくするために、都市に人々を集めると、政府はお金を節約できるでしょう。しかし、政府は長い年月と歴史の中でつくられてきた、消えてゆく日本の文化(アイデンティティ)については、どう考えているのでしょうか。

キリスト教社会では、家族が集いキリストの誕生を祝うクリスマスですが、日本では友人とのパーティーや恋人と過ごすロマンティックなイベントとして、一つの習慣・文化として定着していることを、豪州で指摘されることがあります。クリスマスは、きらびやかなイルミネーションやツリー、プレゼントと年末に明るさをもたらしてくれるイベントだと思います。豪州では、移民の国だからかもしれませんが、前回紹介したヒンドゥー教のディーワーリー、中国の春節(旧正月)、モスリム教のラマダンもお祝いされ、報道されます。その時期には、スーパーでは関連した商品が並びます。

ですからアジアの日本ではなぜ、キリスト教の国でもないのに、クリスマスだけが、一大イベントとして、テレビドラマ・CM・歌・レストラン・食べ物・関連商品として取り上げられるのか?という疑問が湧いてきます。それは、商業的目的だけではなく、日本文化の西洋化の一つの政策ではないか、と思うようになりました。

過激な発言を繰り返しているイスラエルのネタニヤフ首相ですが、2002年米国の公聴会での次の発言が、この10月に物議を醸しだしていました。

「私が首相だったとき、CIAのトップたちに、イラン(中東の欧米への最大の抵抗勢力)の政権転覆を進めたいのなら、CIAの『マントと短剣』のようなものを用いる必要はない、と一度言った。非常に大規模な通信システムで、米国のトレンディードラマ(メルローズ・プレイスとビバリーヒルズ)をイランに送信するだけで、できる。それを見る若者たちは、同じように(西洋化した)素敵な服、家、プールを望みます。それは、破壊的なものです」

これは、他国を西洋化し、物質主義・拝金主義・買い物依存症にも繋がり、政治から関心を離れさせる、投票率を下げることにも繋がるということでしょう。

これは大手メディアを利用し心理操作戦争と呼ばれ、常にやってきたこと、そしてこれからもやり続けていることだ、というコメントがありました。

確かに日本でもトレンディードラマがたくさん制作され流行りました。韓国もそうです。豪州では、日本のテレビは、見ませんがSNSで取り上げられる、日本のテレビの一場面を見ると、専門家でもない当事者でもない、特定の人々が登場して政府の代弁者のように語ることが問題となっていることが伝わってきます。

最近では、自公政権が、官房機密費から文化人工作として文化人にランク付けをして、1回に何百、何千万という現金が渡されていたという報道も目にしました。

これらの一連の大手メディアの心理操作戦争は、戦わずに、その国の伝統的な価値のある文化を変えてコントロールするというねらいでしょう。

ジョージ・オーウェルは、また「人々を破滅させる最も効果的な方法は、彼らの歴史に対する彼ら自身の理解を否定し、消してしまうことです」という言葉を残しました。

ロシアに興味をもったのは、今だに200もの小民族が残り、文化が保存されているということでした。世界統一や西洋化を嫌うプーチン大統領の「人々が文化、歴史、伝統を失うと春の雪のように溶けて消えてしまう」という演説が注目されていました。

汎アフリカの活動家、ジャーナリスト、起業家であるマーカス・ガーベイは、「過去の歴史、起源、文化を知らない民族は、根のない木のようなものだ」と書いています。

まさに、経済・お金が大きく取り上げられる社会になってしまいましたが、私の2023年の結論は、「救民内閣」で日本人らしく元気な国に回復するには、日本の要となる‘文化’の復興も必要だ、ということでした。

泉房穂前明石市長とれいわ新選組、立憲民主党、無所属議員たちとの連携を表す写真がXで、次々とポストされていました。映画のプロデュサーのように演出し、政治を変えて人々を救うという泉さんと仲間たちが起こそうとする新たな動き、新しい明るくポジティブな日本の文化が生まれようとしているように感じます。

冒頭の写真は10月に行われた、「原住民アボリジニの人々の声を聴き、国政に行かす」という内容を憲法に明記することにYes(賛成)かNo(反対)の国民投票の様子です。最初はYes支持が圧倒的に多かったのですが、不安を煽る事実に基づかないと言われる批判があり、それが主要メディアでも拡散され、Yes約40%No約60%で否決されてしまいました。

原住民の人々は、高いポジションで活躍している人々もいますが、一般的に高い犯罪率、低い平均寿命、アルコールや薬物など社会的問題など長年解決されていない問題を今も抱えています。まるで、西洋化現代化した生活様式に適応できず、それまでの自分たちの生き方や文化を失っているのではないかと、懸念されています。

投票結果は、Noでしたが、大半の人々は、原住民の人々の生活が向上する支援が必要だと考えていて、新しい模索が始まっています。

最後になりましたが、読者のみなさま、日々有益な情報を提供してくれているSamejima Times 鮫島さんに、改めて感謝しながら、2023年を締めくくりたいと思います。

ありがとうございました。そして、よいお年を!


今滝 美紀(Miki Imataki) オーストラリア在住。 シドニー大学教育学修士、シドニー工科大学外国語教授過程終了。中学校保健体育教員、小学校教員、日本語教師等を経て早期退職。ジェネレーションX. 誰もがもっと楽しく生きやすい社会になるはず。オーストラリアから政治やあれこれを雑多にお届けします。写真は、ホームステイ先のグレート オーストラリアン湾の沖合で釣りをした思い出です。

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