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こちらアイスランド(193)90歳の素朴な疑問。幸福度世界トップ3、日本とどこがそんなに生活が違うの?〜小倉悠加

アイスランドを離れて三週間が経った。彼から時々写真が送られてくる。近所の工事の進行具合やら、職場の駐車場にできた雪の山、見てきたライブの動画などだ。そんな中、大量に送られてきたのが雪景色の写真だ。随分と降ったようで、バルコニーの手すりには20センチ以上つもったと、物差しの目盛入りの写真もあった。
今回はそのお裾分けであり、日本から見たその風景ということでも少し。
まずは我が家の屋根からずり落ちそうな雪とつらら。そんな写真を送ってきた数時間後「オーロラも見えたよ!」という一報も。レイキャビクの街中の本当に便利がいい場所なのに、こうして我が家からオーロラを見ることができるのはラッキーだ。我が家だけのことではなく、レイキャビクの街のどこにいても、見える時には見える。天候次第なのだから。

画面からその静けさが飛び出しそうな動画もたくさん送ってきた。

ダメ押しのように昨日また「天気がよかったから散歩をしてきた」とのことで、木の枝に雪が大量に乗った小道の写真が送り付けられた。

確かにこんなに風がなくて雪がきれいに積もることは滅多にない。そう思いながら写真を眺めた。


レイキャビクは風が強い。いつも風が吹いている。曇りの日でも風がなければそれだけで「いい日」に認定される。だから、木の枝に雪が積もるのはとても珍しい。彼も「これだけ枝に残ってるところは滅多に見ない」と言葉を添えてきた。

そんな写真を見せていると、2025年3月で満91歳を迎える母から不意にこんな質問をされた。

「アイスランドって、幸福度が世界一らしいけど、みんなどんな生活をしてるの?なんでそんなに幸せなの?」(調べたところ最新情報でのアイスランドは世界第三位。)
どっひゃ、直球の質問だ。幸福の尺度は人それぞれだし、文化差を考慮せず一律の質問に対する答えで本当の差異を測れるとは思わない。
母の問いへの答えにはならないけど、
「文化差でしかないように思う。平和だし衣食住が足りてることは間違いないけど、国民性として幸せを感じやすいんじゃないかな。自然が厳しい分ね」
「日本の幸福度なんて50位くらいでしょう。何がそんなに違うの?」
「そこまでの違いは感じないなぁ。環境の違いにすぎないけど、例えば、今日の関東地方は晴れだよね。お日様ピッカリで気温は10度ちょっと。風もそんなにない。この天気をアイスランドで体験したらアイスランド人は間違いなく感動する。”今日は人生最高の日だ!”って。昨日妻と喧嘩したことも、子供がスープをこぼしたことも忘れて、一切の悩みも吹っ飛んで、”最高にいい天気だ。人生はなんと素晴らしいんだろう”と思うのが普通。
日本で暮らしてると冗談にしか聞こえないけど、実際に本当にそういう心境になるのよ。私もアイスランドに拠点を移した最初の数年間は楽しめたけど、そのあとは冬がいやになってきて、もう日本に帰らないといられない。暗くて寒くて風が強いという環境から逃げることができない鬱々とした圧迫感を冬になると毎年感じる。
確かに室内は日本よりも暖かいし、過ごしやすいけど、日本人的には食材もあまりないし、気軽に外にも出られない。外に普通に出ることはできるけど、私はこの年齢だし滑って転んで骨折することも避けたいから、外出はしたくない。心理的なものだけど、冬は常に抑圧に耐えてるところがある。
そんな気候を四六時中体験していると、お日様の暖かさが格別なのよ。太陽光には日本人には理解し難い魔法のような力がある。晴天なだけで人生万々歳!って国民性も幸福度に大きく関係していると思う」


「確かに日本はこういう天気が普通だし、雪が積もって歩きにくいなんて日は関東に年に何日もないわね」と母。
私のこの説明で納得がいったとも思えないけれど、やはり異国に住まうということは、天候も含めて大きな文化差を感じることになる。
世の中に情報は溢れているし、日本人は勤勉だし世界の情報に通じている人も多かろうと思う。それでも、情報や知識として「知っている」のと、実際に何年間も住んで現地を「実体験している」には雲泥の差がある。
「日本は豊かな国だと言われるけど、実感がないのよね。あなたが外国に住まなければ、こういった食事でも、ここまでありがたいと感じることはなかったと思う」と母。
幸福度の話からはずれたけれど、私の印象ではアイスランドは基本的に過酷な環境にいるため、自分たちが自然に生かされていて、例えばスーパーにふんだんに食材がいつでもあるありがたみを日本人よりも感じているのではと思う。暖房があって常にあったかいだけでもありがたい。
日本はといえば四季があり、それぞれに野菜も果物も異なる収穫があり、地方の文化があり、工芸品等も長い歴史の上になりたっている。それを当たり前として、甘受した日本人の私には、アイスランドには文化がなさすぎて目眩がしそうになった時期があった。さすがにもう慣れたけど。
日本もアイスランドも孤島の島国だ。気候の違いだけがそうさせるとも思えないけれど、例えば海藻がある。日本もアイスランドもコンブがとれる。けれど、アイスランド人はほとんど海藻を食べない。食べ方も知らない。一部のグルメなシェフのみが近年やっと使うようになった。食材が少なく、ひもじい思いをした時期が長かった国なのに、なぜ海藻を利用しなかった?日本人の私には不思議で仕方がない。
片や日本だ。昆布は出汁もいけるし、出汁をとったあとに細切れにして醤油で煮ればおいしいおかずになる。そうか、醤油があるか無いかの違い?いや、そうじゃないだろう。昆布から出汁をとって食べれば栄養価もある。食用になる海藻は他にもある。でも誰も食べない・・・。なぜ?
なぜと問うても答えは出てこないけれど、探究心・研究心みたいなものも大いにあるし、環境が過酷すぎてそこまで手が回らなかったのか??
とにかく、日本は微細に素晴らしいものがふんだんにある。食も技術も。それは私が日本人であるからの感想なのかとも思うけれど、昨今のインバウンドの波で日本を訪れた人の感想を見ると、同じような感想を抱いているのがわかる。日本人の私の独りよがりではないようだ。
幸福度に戻ろう。日本の社会が厳しく、窮屈で、ギスギスしているのことは感じる。まだまだ男尊女卑が根強く残っていることは、テレビ局の女子上納でも見え隠れする。いやミエミエだ。
そもそも、幸福度はどうやって測るのか?測れるものなのか?同じ物差しで測れるものごとではないような気がする。

写真で見る雪景色には心が洗われる。無風で天気のいい日に見る雪景色は格別だ。彼が思わず写真を撮り、私に見せたくなった気持ちもよくわかる。いっしょにその風景を眺めたかったとも思う。
けれど、でもでも、それでも、やっぱり温暖であたたかな日本の天気の中に身を置いていたい。その方が何かと絶対に楽だ。楽しい。冬は日本がいい。
でも夏は断然アイスランドの方がいい。日本の夏はベタベタと暑すぎて、逃げ場がなくて、アイスランドに移る前は夏には日本を脱出せずにいられなかった。つまりはいいとこどり、無いものねだりなだけなのだ!
世界のどこにいても住めば都であり天国であり、住めば地獄でもあるのかと思う。つくづく私は贅沢で無いものねだりなんだなぁと。つまりはわがままな人間なのだと!

小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。

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