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こちらアイスランド(81)快晴の夏は臨時国民の休日と定めよ!〜小倉悠加

夏のアイスランドは、一年の中で最も楽しい季節だ。まずは気候がいい。最高気温は15度程度までは上がるので寒くないし、20度を越えれば公共機関も会社も臨時休業になるほど嬉しい出来事となる。

アッヂー夏に嫌気がさす日本人には信じがたいけれど、「晴天のため臨時休業いたします」という張り紙を店頭で見ても、文句は言えない。暖かい日は貴重!店はいつでも営業できる!店よりも暖かい1日の方が大切!当たり前!!

なぜそんなことになるのか。

だってさぁ、こんなに天気がいいのに、仕事で外に出られないって最悪じゃん?!みんな仕事が手につかない。外に出たくてイライラする。キラキラと輝く太陽を窓越しに眺めながら、「こんなに天気がいいのに、室内で仕事をしてるなんて最悪。この会社、大嫌いだ!」となる。

誰でもそう思うのだから、雇用主はたまったものではない。雇用主自身も外に出たくてうずうずする。それならいっそのこと、臨時休業にすればいいのだ!みんな外に出られてハッピー、会社への感謝も高まる。これでいいのだぁ〜!

分かるかな〜この気持ち。わかんないよねぇ。私だって当初は分からなかった。

この国に移って間も無くの7月のある日、彼が会社から早々と帰宅したことがある。

「どうしたの?体調でも悪い?」

「いや、天気がいいから早く帰ってきた」

「え、天気がいいから早退?」

「会社側の計らいで今日は時短だ。こんな日に仕事なんか誰もしたくない。仕事にならない。ミスも増える。この国では時々あるよ。せっかくだからドライブに出よう!」

風のない快晴の日は、その素晴らしさを絶対に「体験」したい時間なのだ。肌を出して、チューチューと音をたてて毛穴から日光を飲みたい貴重な時間なのだ。会社なんてどーでもいいだろう。もしかしたらこれが人生最後の快晴日になるかもしれないしーー。

夏の日差しを楽しむ人々。自宅のバルコニーで水着姿で日光浴をする光景も夏の風物詩だ

そこまで大げさ?!と思うかもしれない。アイスランド人の切なる気持ちは、レイキャビクでの生活も6年目になり、夏の太陽が大嫌いだった私でさえ理解するようになった。

日本とアイスランドでは季節感が異なる。アイスランドの季節感は日照の違いだし、日本は主に気温の差かと思う。そこに、花の開花や虫の声なども入り、なかなか賑やかで豊かな違いを織りなす。

日本で50年以上暮らした私には、夏といえば太陽が肌をジリジリと焼くあの感覚、ジィージィーと鳴く盛夏の蝉の声、夏の終わりのミンミンゼミやヒグラシの合唱は、季節感にはなくてならない。それは私自身が意識していた以上に、身体が欲するようなのだ。

虫の声のない夏や秋が、どれほど寂しいものなのか、実は意識はしていなかった。ある時、虫の声が私の中で季節の区切りになっていたことをハタと知った。

あれはアイスランドに引っ越して翌年の夏。ブダペストでのことだった。

夕食を終えた夜の九時ごろ、生暖かい空気に包まれた闇の中を電灯に照らされながらホテルへと歩いていた。街中でも自然が豊かな古めかしい建物の横を通った時のことだ。フと身体が何かに反応した。身体の反応が先で、意識はその後についてきたように思う。

虫の声だった。私の身体がふと緩んだ。馴染み深い存在として季節の節目に必ず耳にしてきたあの声。音。気配・・・。

突然立ち止まる私に彼が驚いたようだった。

「どうしたの?」

「虫」

「虫?虫がどうかした?」

「虫の音」

「虫の音か。確かに音がするね」

彼には状況が理解できないようだったので、少しだけ説明をした。

「日本人は虫の声、虫が歌うと表現する。西洋では雑音らしいけど、私たちには音楽であり季節感なの。久々に虫の声を聞いて、なつかしく、とてもうれしく思ったの」

彼は西洋人だけど、虫の声は雑音には聞こえないという。私に合わせてそう言ったのか、本当にそうなのかは分からない。けれど、雑音と蔑称されることはなくてよかった。

アイスランドは過酷すぎて虫さえも生き残ることが難しい。もっとも最近は、観光ブームのせいでベッドバグが、緑化のあおりで刺す蚊が定住してしまったそうだ。

アイスランドに定住する虫といえば、代表的なのは蚊(ミー)だ。日本の大蚊のような存在で、刺すことはない。刺さないとはいえ、大群に出くわすと耳や鼻、口の中に飛び込んでくるので厄介だ。間違って飲み込んでしまった場合は、「タンパク源だと思うわ」ということにしてる。気持ちはよくないけどね。

ちなみに北部には「蚊の湖」がある。有名なミーヴァトンのことで、湖の周辺には夏になると大量の蚊柱が発生する。

ミーヴァトンはマリモが生息することや、多数のクレーターを歩いてまわれることでも有名

この国にも土着の植物はあり、花も咲く。それも季節感ではあるけれど、誰もが大自然を楽しむ訳でもないし、街中の植物は人為が伴う。日本以上に不自然な自然が街中には目立つ。そんな中、地域に関係なく、最も珍重され、分け隔てなく万人が喜ぶのが暖かな快晴の日なのだ。

この国では、夏は4月第三週の木曜日からと定められている。天気の良い日も法律で国民の休日にすれば、店頭の前で「臨時休業」の張り出しに落胆することもなくなる。天候は予想がつかない。法律で「晴天の日」を定めたところで、天気はそれほど都合よく晴れてくれないだろう。

天候の都合による夏の臨時休業は、臨時国民の休日にしてはどうかと思う。大半の国民が、住人が、大賛成すること間違いなしだ。

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小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら

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