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こちらアイスランド(88)西北アイスランド、孤高のブティックホテル。名物はモロッコ料理〜小倉悠加

2022年夏のアイスランド一周旅行は天気に恵まれず、数泊は北東部の高地でキャンプをする予定が、急遽変更で幾度か近隣に宿をとることを余儀なくされた。

そうやって天候の回復を待ってはみたが、数日間イエロー・ウォーニング(天気の注意報)が続いたため、高地は諦めて早めにレイキャビクに戻った。すると帰宅翌日に火山が噴火。24時間以内に噴火地へ足を運ぶことができ、結果的には悪天候に感謝することになった。物事は本当に何が幸いするか分からない。

で、今回はレイキャビクに戻る数日前、雨宿りをしたホテルの話だ。

北西フィヨルドで記録的な豪雨となったその日、せめて美味しいものを食べようと、彼が見つけた緊急の宿がホテル・シグルネス(Hotel Siglunes)だった。このホテルはアイスランドは北西部のシグルフョルヅルにある。シグルフョルヅルは1940-50年代にかけ、ニシン産業で栄えた港町だ。

シグルフィヨルヅルといえば、シグロゥ・ホテル(Sigló Hótel)がいい。外観は趣のある美しい作りだし、温泉プールからは海へ飛び込むこともできてなかなか楽しい。部屋はゆったりしている上、窓辺がベンチになっているのが売り物で、そこに腰掛けて海を眺めていると実に気持ちがゆったりする。

「このホテルまた泊まりたいね」と話していたのに、なぜシグロゥではないのか?宿泊費が高すぎてNGとか、部屋が残っていなかったとか、かな。

答えはそのどちらでもなく、レストランだった。

ホテル・シグルネスのモロッコ料理レストランは大変人気があり、すぐに予約で埋まってしまう。そうだ!2年前シグロゥに宿泊した時、本当はそのレストランへ行きたかったけれど、予約がいっぱいで入れなかったんだ。どこのホテルでも、宿泊客はホテルのレストランのテーブルを優先的に取ってくれる。なので今回はそのリベンジを兼ね、レストランを目当てに宿泊予約を入れたという。ふむふむ、納得。

このホテルが思いがけず素晴らしかった。

その日は豪雨が予想され、前夜宿泊したアクレイリのホテルをギリギリまで粘って正午にチェックアウトし、1時間の道のりを時間をつぶしながら3時間かけて進み、15時にチェックインした。

その日のドライブレコーダーが1時間弱ある。次第に雨足が強くなるのが、動画からも見てとれるだろうか。道中、一車線・双方向のトンネルを抜けていく。その様子だけでも見ると面白いかと思い、以下のリンクはトンネルから見られるようにしてある。

こうして雨の中到着したホテル・シグルネス。レストランの評判は高いが、部屋に関しては期待していなかった。とりたてて特徴のある建物ではないし、門構えもごく普通のドアで、外観には何の変哲も感じなかった。

ドアの中に入ると右手のソファに数名、チェックイン時間まで雨の暇潰しをしてるアウトドア好きらしい格好の若者グループがビールを飲んでいた。レセプションは薄暗いバーの一角にあり、そこでチェックイン。とりあえず屋根のある部屋で寝られることが有り難かった。

渡されたカードキーの封筒には何度も使いまわした形跡があった。消毒しまくってないところがとても嬉しかった。ここはいいかもしれないと思ったのが、使いまわされた封筒を見た時だったとは(笑)。

エレベーターはないため、3階の部屋まで階段を使う。そこで気づいたのが、館内に充満する匂いだ。

これが柔軟剤や消臭剤の匂いであれば、私はトタンに不機嫌になる。けれど、漂ってきたのはなんとも芳しい肉の出汁の匂い。なにこれ、最高じゃん。食事が楽しみ〜!

割り当てられたの部屋は3階の角部屋で、ベットの上に乗っていたブランケットは知人のフグルンのデザインであることがすぐにわかった。落ち着いた赤の発色が部屋をかわいらしく彩っていた。それにしてもよく降る雨だ。宿が取れて本当によかった。

車から荷物を取ってくる必要があったので、階下に降りた時、レストランやロビーを少し探索することにした。レストランがやたら広い!この宿泊施設のベッド数以上の席数がありそうだ。木のテーブルと椅子は珍しくはないとはいえ、天井が凝ってないか?!

よく見れば、どこもここも、調度品や家具がやたら素敵なアンティーク。本物のアンティークなのか、アンティーク調なのか、そこまで見極められる審美眼は持ち合わせていないが、とにかく細部にわたって美しい。布地の模様や織なども素敵で、椅子の肘掛けのカーブ、脚の彫りなども見惚れた。

ピアノ、古めかしいラジオ、蓄音機、暖炉もあり、ランプシェードの質感も懐かしい。モダン、インダストリアルの名のものとに、コンクリの打ちっぱなしやミニマルな線の家具をアートと見るのもアリだけど、デザインの細部に丹精を込めた家具は、暖かな、きれいな和音が聞こえてきそうな作品だ。

こういった光景はヨーロッパ本土にいればよくあるのかもしれない。けれど、長い間ヨーロッパの最貧国であったこの国で、これほど美しい家具を配備しているホテルを私は知らない。装飾を取り除いた家具を配する近代的なホテルはある。でも、でも、私はこういう趣の方が断然好き!

通路に漂う美味しそうな匂いを深呼吸しながら荷物を運び込み、宿泊する部屋をあらためて見回した。

まず目に飛び込むのは部屋の角にある窓。建造物の強度に問題が出ないのか?日本でこういう窓の配置はまず見ない。アイスランドは地震国でもあるから心配だ。けれど、彼によれば50年代のアイスランドの建造物に見られる典型的なスタイルがこの窓だそう。へ〜。

フリルのついた白いランプシェードは、少女マンガのお姫様の部屋に出てきそうなかわいらしさがある。部屋に二脚あった椅子の布地はよく見ればモンキー!さりげなくトロピカルでユーモラスで笑ってしまった。

壁に何枚か飾られていたスケッチはフルダ・ヴィルヒャルマスドッティル(Hulda Vilhjálmsdóttir)の作品で、フルダの絵はホテルのあちこちで見られた。私は彼女のことを知らなかったが、彼は画風を見てすぐにフルダだとわかったという。

その他、木の葉型のテーブル、ネジで角度を調整するベッドランプ、洋服やタオルをかける金具も凝っていたし、シンク周りの素材も意識して選んだ気配を感じた。

ここまで徹底してアンティーク家具を部屋に置いたホテルに出会ったのは、アイスランドでは初めてだ。凝っている。アンティークで固めることはビジネス・コンセプトではあるけれど、たぶん経営者の趣味なのではとも思う。この後、ホテルのあちこちを再度見てまわると、すべての調度品、家具、絵画をしっかり選んで配置していることがわかる。予期せずのブティック・ホテル!

そしてお楽しみの夕食の時間がやってきた。わ〜〜〜い!!!

アイスランドの食事は、ひどく長期で滞在しない限り、割合楽しめるし、美味しい部類だと思う。個性の強い香りの調味料は使うことがないため、味付けはマイルドだし、素材自体は良質なので日本人の味覚との親和性は悪くない。けれど、長期滞在となると別で、野菜も肉も魚も種類が少なく、アイスランドの食のバラエティの少なさに閉口することになる。同時に、日本の食文化がいかに異常なほど発達しているかを思い知ららされる。なので非日常であるモロッコ料理は大歓迎。

予約時間に行ったレストランのテーブルは既にいっぱいだった。メニューの数は絞られていた(アイスランドあるある)。前菜一品3千円、主菜が約5千円。これも平均的。平均的でないのは、メインのすべてがタジン鍋料理だったこと!きゃ〜、うれし〜〜!

ここのタジン鍋の量がわからないため、前菜は彼と私で取り分け、主菜は各自で注文することにした。出汁の香りから、これはチキンが美味しそうだと私はチキン。彼はラム肉をオーダーするつもりが、ドイツ人団体で既に売り切れてしまったため、選択の余地なく白身魚に。

タジン鍋は時間がかかる。雨降りで食事後の予定もないし、心を落ち着けて待つことにした。と、ほどなく注文した飲み物と「レストランからです」とスープが目の前に置かれた。

そのスープは茶色のドロリとしたもので、パスタが見え隠れしている。見た目は好きではない。けれど、一口食べて考えを新たにした。全然悪くない!美味しい!少しばかり未知の香辛料ではあるけれど、きつくないし、なにせ出汁が効いている。何かが旨い。何かわからないけど、美味しいからそれでいい!

スープは有り難かった。雨降りで、身体が冷えがちだったし、嘘つきの夏を過ごしている身には有難い一品だ。心も温まる。そして悟った。そうか、タジン鍋は時間がかかる。こうしてササっと腹持ちのするスープを出しておけば、客はハッピーに待ってくれる。なーるなる。

ドイツ人の団体客には次々とタジン鍋が運ばれてくる。く〜、美味しそうな匂いがこちらにまで漂ってくる。スープを食べたとはいえ、待つ身は辛い。顔は微笑んでいても、腹は嘘をつくのが下手で、グーっと不満の音を立ててくる。そんな空腹を抱えた我々のテーブルに前菜が出されたのは、着席50分後だった。頼んだ前菜は貝柱とリゾット。まじめにサフランを使用し、貝柱も煮すぎておらず、普通においしい。見た目さえもう少し工夫があればというのは贅沢な希望か。

さらに30分は待つだろうと思っていたタジンは意外にも早く到着した。タジンの蓋がうやうやしく目の前で開けられ、水蒸気が具材の香りを友に鼻の頭をかすめていくのがとても嬉しかった。待ちに待った瞬間だった。階段で匂いを察知した時から待ってたよ〜。

想像していた通り、肉は箸でも崩せるホクホクの柔らかさ。肉汁は出汁満載で、それを(写真にはないけど)パンまたはクスクスに混ぜていただく。うっまー。味は魚よりもチキンに軍配が上がったけれど、魚も決して悪くなかった。ラムは次回来た時のお楽しみにした。

デザートはモロッコ風のものがなかったため、部屋で持参したハンドメイドのチョコを食べて、ウィ〜満足。こういう雨宿りもたまには悪くない。

曇り空と豪雨が続き、底冷えするかと構えていたところ、足元からの冷えもなかった。どこへ行っても足元が冷えるので、それは嬉しい驚きでもあった。

ん?足元・・・。

どこへ行こうと私は足元が冷える。薄手の靴下で過ごせる日の数は、ごく限定される。なのに豪雨のこの日、足元が何ともない。むむっぅ、と突然私は床に寝っ転がった。やっぱり。床暖だ!!

バスルームのみに床暖が入ってるホテルはある。けれど、部屋全体が床暖のホテルの部屋は覚えがない。いや、あったのかもしれないが気づいてなかった。で、ここはもしや、初めての床暖ホテル?!

気づけば部屋の中にはお馴染みの温水ラジエーターの姿がない。なるほど、部屋がスッキリ見える理由のひとつは、ラジエーターの欠如もあったのか。へぇー、へぇー、へぇーと、少なからず感心した。壁には温度調節用のリングがあった。

意外なほど私の好みのこのホテル、実は屋外にはホットポット(温泉)もあるという。翌日の午前中、雨が止んでいたら入りたかったなぁ。

ここはHotel Siglunesと書いてあることもあれば、Siglunes Guesthouseと記載されていることも。シグルフョルヅルに訪れることがあれば、お勧めです。

Hotel Sigulnes https://www.hotelsiglunes.is/

(アイキャッチの写真は公式サイトから掲載許可をいただいています。)

小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら