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ものづくりの考古学者がゆく(4)仏像を見る~丹羽崇史

今日もあるものを見にやってきた。

ここは明日香村にある飛鳥寺。日本で最初に建立された本格的仏教寺院である

ご本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来。『日本書紀』・『元興寺縁起』に見える鞍作鳥(止利仏師)によって、7世紀初頭に鋳造されたものと考えられている。

飛鳥大仏(筆者撮影) 

飛鳥大仏のお顔や体の様々な箇所に、鋳造や補修とみられる痕跡が確認できる。

第1回の記事で紹介した梵鐘と同じく、飛鳥大仏も青銅で鋳造された鋳物である。

銅で鋳造され、鍍金が施された仏像を金銅仏という。

同じ鋳物という意味で、金銅仏は弥生時代の銅鐸や古墳時代の銅鏡などの後裔ともいえるもので(こう書くと、お寺関係者や仏教美術研究者に怒られそうだが…)、「ものづくり」を観察する目で見ると、様々な共通点が見えてくる。

表面に残る線状の痕跡は銅を溶かして鋳造した時、鋳型の合わせ目から湯(溶解金属)が漏れた跡と考えられる。これは第1回の記事で紹介した所謂「バリ」(鋳バリ)とよばれているものだ。

飛鳥大仏は鎌倉時代に火災に遭ったことが知られている。

そのため、飛鳥時代に造られたオリジナルの部分と後世に補修された部分がどこであるかについて、長年多くの研究者によって議論されてきた。

2015・2016年に調査を行った大阪大学の研究チームは、面部はオリジナルの部分を残すと考えられているが、「バリ」が残る体部は大部分が後補であるとしている。

藤岡穣, 犬塚将英, 早川泰弘, 皿井舞, 三田覚之, 八坂寿史, 閔丙贊, 朴鶴洙「[調査報告] 飛鳥寺本尊銅造釈迦如来坐像(重要文化財)調査報告」『奈良国立博物館研究紀要 : 鹿園雜集』第19号、奈良国立博物館、2017年7月

このような問題を考える上でも、上記のような鋳造や補修の跡を観察し、「来歴」を明らかにすることが重要だ。

また、作り方を詳しく観察することで、オリジナルの飛鳥時代の技術とともに、補修がされたとみられる鎌倉時代の技術を知ることができるのだ。

やはりこうした問題意識をもって、じっくりと観察することは本当に楽しい。

仏像は文化財であるとともに、信仰の対象でもある。

だから研究者として仏像に接するうえでも、そのことは決して忘れてはならないものだと思っている。

一方で、仏像は仏教美術、工芸史、文化財科学、考古学など多くの分野の研究者や技術者がコラボレーションできる魅力的な研究対象でもある。

今から8年前の2015年の春、私は当時勤めていた資料館で仏像の展覧会を担当した。

余り知られていないが、寺院跡などの遺跡からも、金銅仏のほか、笵から転写して成形された磚仏、金属の板を打ち出して作られた押出仏、心木にわらなどを巻いて上に土をつけて成形した塑像、石でできた石仏などが出土している。

この展覧会では、遺跡から出土した数々の「出土仏」を展示し、考古学的な観点から、各種の仏像の製作と用途、および古代寺院の荘厳(しょうごん 仏像やお堂をおごそかに装飾すること)を紹介した。

私にとっても思い入れのある展覧会の一つだ。

その年の秋、韓国のソウルにある国立中央博物館で「古代仏教彫刻大展」が開催された。

春先に仏像展を担当した私は居ても立っても居られず、韓国までこの展覧会を見に行った。

目の当たりにしたのは、インド、中国、日本などの世界中から集まった数々の仏像たち。とにかくその規模に圧倒されたすごい展覧会であった。

韓国国立中央博物館(2015年11月 筆者撮影)「古代仏教彫刻大展」の巨大な看板がある

さらに12月にはある大学で開催された金銅仏のシンポジウムで、先史・古代の鋳造技術について発表する機会を得た。

いろいろな巡りあわせで研究者は思わぬことを調査・研究する立場になることがある。

考古学において、仏像はマイナーな研究対象だ。仏像研究者の人口は、圧倒的に美術史学者が多い。けれども、展覧会やシンポジウムを通じて、考古学の研究対象としても仏像は多くの可能性を秘めていることに気が付いた1年であった。

さて、話を飛鳥寺に戻そう。

飛鳥大仏をご本尊とする飛鳥寺は現在の明日香村に所在する。

明日香村を中心とした飛鳥地域は「日本の原風景」とも言われるが、遺跡や石造物などの文化財とともに、のどかな農村風景が広がる魅力的な場所だ。

石舞台古墳(筆者撮影)
山田寺(筆者撮影)

川原寺(筆者撮影)
飛鳥資料館(筆者撮影)

6世紀終わりから8世紀初めまで、この地が政治・文化の中心であった時代を飛鳥時代という。飛鳥地域の地下には今も数多くのこの時代の遺跡が眠っている。

私は大学2年の時に初めて飛鳥を訪れ、自転車に乗り多くのお寺、仏像、石造物、遺跡などを見て回り、歴史の舞台となったこの地に魅了された。

その後、奈良の地に来て、いまでも文化財・考古学に携わる仕事をしているのは不思議な縁を感じる。巡りあわせとは実に不思議なものだ。

私は今日も奈良の地で「いにしえのものづくり」の足取りを追って、調査・研究を続けている。


丹羽崇史(にわ たかふみ)

奈良在住の考古学研究者。中国・韓国・日本を中心に、過去の時代の人々のものづくりやその技術を研究しています。SAMEJIMA TIMESの筆者同盟の一員として、考古学・文化財に関する記事を執筆しています。考古学や文化財の魅力を発信できればと思っていますので、お付き合いいただけましたら幸いです。写真は中華人民共和国北京市にある大鐘寺古鐘博物館を見学した時のものです。

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