初めて介護タクシーを見たときは、凄いものがあるなと驚いた。大きなバンの中から機械が出てきて地面まで下がり、車椅子を乗せると上昇し、車の中へ収納した。まるでロボットアームのようだった。半身不随、障害者1級の父を介護していた私は、この光景に希望を感じた。
それから数年後、父の通院で悩みを抱えていた私は、本当に困り果てたそのとき、介護タクシーに救われたのだった。
1️⃣ 思い出話「神さまがいた!」
父の通院は、年々気が重くなった。体力があったときは良かったが、85歳を過ぎると頼りの左脚も弱くなってきた(父は右半身不随だった)。
脚の力が弱くなったので車椅子から立つのもこちらで支えなければ転倒しそうになった。その状態になってきたので、私は乗用車への移乗に強い不安を抱いた。そこでいつも病院へ送ってくれる叔父に介護タクシーを頼みたいと言った。
だが叔父(父の弟)は、「今までできたのだからできる」と言い張った。この人は、聞く耳を持たない。叔父は、送ることはするけれど迎えには来ない。帰りはタクシーを使っていた。
車椅子から立ち上がれない父を抱えた叔父は、父を力ずくで乗せた。それを見ていた私は、帰りのタクシーでこれはできないと分かっていた。タクシーに乗せられなければ帰れないという絶望が頭の中を駆け巡った。
それなら叔父さんに電話して迎えに来てもらえばいいのに。そう思うでしょう? 私もそう思う。けれどこの叔父は、それに応じる人ではなかった。今までできたのだからできるの一点張りだ、そういう人だった。
会計を終え、いざ、帰るというときに母が、「パパはタクシーに乗れない、どうするの?」と泣きそうな顔になった。私の方こそ泣きたい。「乗せるしかない」と言ったものの、脚が立たない上に体が重い父をどうすればいいのかわからない。
一般のタクシー運転手は、介助を手伝ってはくれない。言えば、拒否されるか、露骨に嫌な顔をする。そのような経験を山ほどしてきたので、言っても嫌な思いをするだけとあきらめた。
母が横で「どうするの、どうするの」と何度も呟く。病院前のロータリーにはタクシーが並んでいる。会計を終えた患者と付き添いが次々とタクシーに乗って行く。私たちを助けてくれる人は誰もいない。
そのとき、目の前に介護タクシーが停まった。誰も乗っていなかった。運転手は下を向き、何かを見ていた。ふと、どうせダメだろう、でも訊くだけ訊いてみるか、そう思った。
「すみません、つかぬ事をお訊きします。もしどなたの予約もないなら、乗せて頂けませんでしょうか」
運転手さんが一瞬、目を丸くしたのがわかった。このような場面は滅多にないのだろう。
そこにいる車椅子の父とそばに立っている母を見て「ああ、いいですよ。ちょうどキャンセルになって1時間空いたので」と言った。
この言葉を聞いたときの私は、運転手さんに何度も「ありがとうございます」と礼を述べた。暗雲から一転して晴天となり、私には正に神さまが今ここにいると思えた瞬間だった。
その後、父の通院、自宅から特別養護老人ホームへの移動などの際は、介護タクシーのMさんにお願いした。
父が亡くなり4年目の秋、母の入院のために介護タクシーのMさんに電話を入れてみると「ああ、橘さん、私ね、介護タクシー引退したんですよ」と穏やかな声が聞こえた。町名と氏名を名乗ったらすぐに思い出してくれたようで嬉しくはあったが引退という言葉は残念だった。
車椅子の父と母を抱え、病院のロータリー前で途方に暮れたときに助けてもらったお礼をあらためて口にしようと思ったが、留まった。もう何年も前のことだ、やめておこう。きっと忘れているだろう。

介護保険が適用される
2️⃣ 介護タクシーと福祉タクシーはどう違うのか
介護タクシーの車の中には、酸素ボンベなども設置されていて、車の大きさによってはストレッチャーごと乗せるタイプのものもある。運転手は、介護初任者研修などの資格取得者なので、車椅子の操作はもちろん、利用者への接し方も心得ている。
さらに介護保険制度が適用となるため、定期的な通院に使用できるが、これにはケア・マネージャーによって、ケアプランに組み込んでもらう必要がある。適用されれば介護保険の割合負担で利用できるのでとても心強い。利用範囲は、通院など本人が行かなければならない場所への送迎となる。
私の父が利用していたときは、ケアプランに組み込んでもらえることはなかったが、父が障害者1級だったため、役所から福祉タクシー券がもらえた。それも介護タクシーで利用できたので大変に助かった。
単発利用の際は価格も高いが、歩行困難で車椅子移動が安全と判断できる場合には利用した方が良い。上述のように、定期的な通院などの場合は、ケア・マネージャーに介護保険の割合負担での利用を相談した方が良いと思う。
単発利用の際の介護タクシーの領収証は、確定申告の際の医療費控除対象となる。一般のタクシーも同様なので忘れずに申告しよう。
福祉タクシーも昨今は増えている。介護タクシー同様に車椅子で乗車でき、車両によってはストレッチャーも運べる。
では介護タクシーとどこが違うの?
福祉タクシーは、介護保険制度の適用がない、運転手が介護初任者研修などの資格を持っていない。この2点が違う。
ほかには、通院などが主な用途である介護タクシーと異なり、旅行、冠婚葬祭などにも幅広く利用できる。
介護タクシーや福祉タクシーが無い頃は、歩行困難の被介護者を移動させるというのは至難の業だった。
「こういうものが有ったらいいな」と誰かが思い描き、それを形にしようと思う人たちが集まり、知恵と知識と技術を集結させて形にして行く。それを見るにつけ、人間の力に感動する。
話は飛ぶが、昭和40年代、私の母の母親、つまり祖母は、腎臓が弱く、60歳代から入退院を繰り返し、やがて寝たきりとなった。古い農家の奥座敷で床を敷いていた光景は、子どもながらに心細く、恐ろしくもあった。今思えば、一日中、天井を見つめ、衰える自分を感じるというのは、苦であろうか、諦めであろうか、それとも違う何かを感じていたのであろうか、今の私にはまだその境地への想像が及ばない。
医療と介護・福祉サービスの進んだ現代であれば、介護タクシーで施設に移転し、別の療養ができたと思える。
飛んだ話を元に戻すと、歩行困難となった者が移動する手段のある今の時代、遊びでも仕事でも、あらゆる事に介護タクシーや福祉タクシーを活用して、社会との交流を益々持てるようになれば良いと願う。人には、自由に移動する権利=移動権(交通権)があるのだ。
写真:橘 世理

橘 世理(たちばなせり)
神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。