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書評『アメリカから見た3・11〜日米両政府中枢の証言から』(著者・増田剛NHK記者)〜福島第一原発事故から14年目にオススメの一冊、能登半島地震で「地震と原発」を再考する契機に

福島第一原発事故の発生から14年目を迎える。2011年3月11日に発生した東日本大震災で、東京電力の福島第一原発は世界史に残る大事故に見舞われたのだった。

今年の元旦の能登半島地震で再び「原発と地震」が注目された。土地が大きく隆起した震源地付近はかつて珠洲原発の建設予定地だった。住民の反対運動で建設計画は頓挫したが、もし珠洲原発が完成していたらどうなっていたかを想像するとゾッとする。政府や電力会社、原発専門家たちが唱えてきた「安全」の根拠の脆弱さを改めて実感した次第だ。

一方、能登半島に建設された志賀原発は福島第一原発事故後の運転停止が継続していることが幸いだった。政府や電力会社、経済界は早期の再稼働を目指していたが、こちらも再稼働に踏み切っていなくてよかった。政府は地震直後、異常はみられないと発表していたが、五月雨式にトラブル発生を公表。原発をめぐる政府や電力会社の広報体制への不信を改めて膨らませたのである。

政府・電力会社・マスコミが振りまいてきた「原発神話」への反省こそ、福島第一原発がのこした最大の教訓である。それに蓋をして、政府や経済界は再稼働に前のめりだ。あの原発事故の恐怖を忘れてしまったのか。

14年目の3・11が近づくなか、私の自宅に一冊の本が届いた。『アメリカから見た3・11』(論創社)。著者はNHKの増田剛記者である。

増田記者とは20年以上の付き合いになる。私が2000年末、朝日新聞政治部で民主党の菅直人(当時は幹事長)の番記者になった時、NHKの番記者だったのが増田記者だった。それから長く、政治記者としてのライバルであり、さまざまなことを相談しあう友人でもあった。

菅直人政権時代、私は朝日新聞の政治部デスクを務め、増田記者はNHK政治部の官邸サブキャップだった。このとき、彼と私以上に菅官邸に食い込んでいた政治記者は日本のマスコミ界にはいなかったであろう。原発事故発生時の首相官邸の内情を最も知りうる政治記者二人だったと私は思っている。

その増田記者から『アメリカから見た3・11』を上梓するにあたり「福島第一原発事故当時の日米両政府の舞台裏を当事者の証言で描いたものです。鮫島さんにはぜひ読んでいただきたく(きっと共感してもらえる部分があると思います)…」との知らせが届いたのである。

政治記者の駆け出し時代に菅直人番記者として切磋琢磨した彼と私だが、その後の政治記者としての歩みは大きく異なった。私は民主党だけではなく自民党をはじめ政界を幅広く取材する政局記者となったが、彼は外交防衛の専門記者の道を歩み、ワシントン特派員も歴任した。『アメリカから見た3・11』は、菅直人官邸にも深く食い込み、さらには米国の事情にも精通している彼でなければ書き切れないテーマであるといっていい。

私はドキドキしながら読み進めた。これまで知らなかった内容も多くあり、共感するどころか、新たな気づきの連続だった。

本書は原発事故発生時に駐米大使だった藤崎一郎氏、官房副長官だった福山哲郎氏、駐日米国大使だったジョン・ルース氏、米国原子力規制委員会(NRC)委員長だったグレゴリー・ヤツコ氏の4氏の証言を軸に展開していく。さらに当時の首相である菅直人氏や首相補佐官だった寺田学氏らの証言も織り交ぜ、3・11直後の日米両政府内の動きを立体的に描いている。

少しだけ内容を紹介しよう。

菅直人首相が震災後最初の記者会見を行ったのは、3月11日午後5時前だった。「一部の原発が自動停止したが、外部への影響は確認されていない」と語った。その直後、海江田万里経産相が血相をかえて官邸へ飛び込み、原子力災害対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を出すよう訴えた場面から、緊張感が高まっていく。当時を振り返る福山氏や寺田氏らの証言が生々しい。

菅首相はそこで非常用バッテリーも海水に浸かって使用不能になり、原子炉が冷却ができない異常事態に陥っていることを初めて知る。一方で、緊急事態宣言を出す必要があるのか、出すとどうなるのかをしっかり理解する必要があると考え、ただちに宣言を出すことは見送った。「宣言は史上はじめてのこと。事務方からの中途半端な報告で出すわけにはいかなかった。事態を正確に把握した上で出したいと考えた」という福山氏の証言が紹介されている。

その後、首相官邸は全国各地から電源車を福島第一原発へ送る作業に追われる。午後7時3分に宣言を発令。日付が変わり、午前零時25分、初の日米首脳電話会談が開かれたのだった。

オバマ大統領は「在日米軍の支援を含めて何でもやる。原発の状況を知りたい」と伝え、菅首相は「冷却機能が動きにくくなっている。緊急の発電施設を持ち込んで冷やそうとしている」と説明した。ここからはじまる日米両政府の折衝が本書のメインテーマだ。

電話会談後、首相官邸には衝撃の連絡が舞い込む。電源車は現地に複数台到着したが、接続プラグの仕様があわなかったり、接続ケーブルの長さが足りなかったりして、使い物にならなかったのだ。首相官邸は「怒りと悔しさ、激しい脱力感に襲われた」(福山氏)のだった。

一方、米政府は早くから日本政府以上に事態の深刻さを認識していた。ルース駐日大使は「米国民の安全と健康を守ることが最優先事項だった」と振り返り、「チェルノブイリを超える惨事になると考えていた」と証言している。

本書はこの後、菅直人首相の現地視察そして原発爆発へと緊迫の場面へ突入する。菅首相は「東日本の5000万人が避難する事態」を想定していた。

私が最大の見せ場と感じたのは、原発事故発生直後の日米双方の危機意識の乖離を関係者の証言で描き切っているところだ。

米国が当初からメルトダウンの可能性が極めて高く原発は制御不能に陥っていると判断していたのに対し、日本は原子炉は一定程度制御できているという姿勢を維持し、メルトダウンが起きているという認識を米国側に伝えなかった。この現状認識のギャップが「なぜ情報をすべて知らせないのか」という相互不信を招いた経緯が克明に記されている。そこからは危機対応に弱い日本政府の問題が浮かび上がってくる。

この先はぜひ『アメリカから見た3・11』を手に取ってご覧いただきたい。

私からみた福島第一原発事故は拙著『朝日新聞政治部』(講談社)で詳しく紹介させていただいた。

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NHKの増田記者については、彼の著書『ヒトラーに傾倒した男〜A級戦犯・大島浩の告白』に込めた思い』を紹介する際にも紹介させていただいた。あわせてご覧いただきたい。

NHK政治部の菅直人番記者として私としのぎを削った増田剛記者が新刊『ヒトラーに傾倒した男〜A級戦犯・大島浩の告白』に込めた思い

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