自民党の麻生太郎副総裁が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談した。
麻生氏は「日台関係のますますの信頼関係を醸成していくのにお役に立てれば幸いだ。お互い困った時は助け合う。良い時はお互い喜びも分かち合う日台関係であり続けていきたい」と述べ、蔡総統は「日本はこれまでに何度も台湾海峡の平和を支持すると重ねて表明した」と応じた。
米中関係悪化の発端になったのは、米民主党の重鎮で下院議長を務めたペロシ氏の台湾訪問だった。岸田政権の後見人である麻生氏の訪台に中国が反発するのは必至…とマスコミは指摘するが、日中関係の緊迫を高めること自体に麻生氏の訪台の狙いがあると解説する方が的確であろう。
麻生氏は台湾で講演し、「最も大事なことは、台湾海峡を含むこの地域で戦争を起こさせないこと。強い抑止力というものを機能させる覚悟が求められている。こんな時代はないんではないか。戦う覚悟です」と対中脅威論を煽ったうえ、「お金をかけて防衛力を持っているだけではだめだ。いざとなれば使うという明確な意思を伝えることが抑止力になる」とも踏み込んだ。
岸田政権は「防衛力の抜本的改革」を掲げ、防衛費を今後5年で43兆円も確保する大幅増額に踏み切り、米国などから戦闘機やミサイルの大量購入を進めている。戦後日本の国是であった「専守防衛」を逸脱する「敵基地攻撃能力」を保有した米国製の巡航ミサイル・トマホーク400基も2000億円をかけて一括購入した。
こうした防衛費の大幅増額の根拠となるのは「台湾有事」だ。麻生氏の発言は、岸田政権が進める「防衛力の抜本的強化」や「防衛費の大幅増額」を正当化し、さらに推し進めていく狙いがあると言える。
しかし、ツイッターを買収したイーロン・マスク氏が5月に訪中するなど、米中間のビジネス関係は密接で米中戦争の現実味は極めて低い。米中の軍事的緊張を煽るのは、軍事費増大で潤う軍需業界や安全保障専門家らごく一部である。
岸田政権が進める防衛力の抜本強化は「防衛利権」の観点から分析する必要があり、麻生氏の発言もその流れから読み解くとわかりやすい。
そのうえで、麻生氏が台湾有事を煽る理由はもうひとつあると私はみている。にわかには信じられないかもしれないが、それは、麻生氏が今年83歳を迎える今でも首相再登板への野望を捨てていないことだ。
麻生氏は2009年に自らの内閣で衆院選に惨敗し、自民党が下野した「不名誉」を挽回したくて仕方がない。2012年末に誕生した安倍政権を副総理兼財務相として支えてきたものの、内心では「ポスト安倍」への意欲を燃やし続けてきた。「安倍氏も再登板したのだから、俺だって…」という思いだ。
ところが、安倍政権が予想以上の長く続き、ふと気づくと自らは80歳を超えてしまった。自信家の麻生氏とて、平時で自らの首相再登板があるとは考えていない。80歳を超えた麻生氏では「衆院選は戦えない」と誰しも思うし、麻生氏もそれを自覚している。
だからこそ現時点では「岸田政権の後見人」として君臨し、さらには「ポスト岸田」に茂木敏充幹事長を推すことで自らの影響力を維持する現実路線をとっているわけだ。
けれども、台湾有事など国家危機が生じれば、平時の政治的常識は吹っ飛ぶ。
国民不安が高まって岸田内閣の支持率が続落し、「国家危機を乗り切る挙国一致内閣」「与野党の大連立」という機運が高まれば、首相経験者である麻生氏を緊急的に担いで急場をしのぐという「ウルトラC」の展開もありえるのではないかーーそこに一縷の望みをつなぎ、台湾有事をはじめ国家危機を煽ることが麻生氏の基本戦略となっていると私はみている。
麻生氏の推す茂木氏は公明党との関係が悪く、岸田首相にも警戒感を抱かれ、近く予定される内閣改造・自民党役員人事で幹事長から外されるとの観測もある。そうなれば麻生氏には大打撃となる。
麻生氏とすれば、岸田首相に茂木氏の幹事長留任を迫り、それが実現しない場合に備えて自らの立場を維持するためにも、国家危機を煽って「党内政局どころじゃない」という機運を高める必要があるのだろう。
軍需ビジネスを潤わすためであろうと、麻生氏の個人的野心のためであろうと、台湾有事への危機を煽って軍事的緊張を高めるのは、日本の国益にとって何もよいことはない。
麻生氏の台湾での発言の意図を鮮明に読み解くことが本来の政治報道の役割なのだが、マスコミ報道は表面をなぞるだけだ。これでは政治家の思う壺である。
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