高市発言をきっかけに、日中関係が一気に緊張感を帯び始めた。北京での局長協議は物別れに終わり、その直後に流れたわずか数秒の映像がネット空間を一気に炎上させた。中国側局長はポケットに手を突っ込んだまま、日本側局長はうつむき加減で通訳に耳を傾ける――。その構図が「謝罪外交」「中国の挑発」と受け止められ、日中双方の世論を刺激している。
外交カードとして映像を巧妙に使うのは中国の常套手段だが、日本外務省は今回も演出で後れを取った印象が否めない。局長級協議が平行線をたどるのは初めからわかっていたはずだ。中国の狙いは、日本を北京に呼びつけ「頭を下げさせた」ように見える映像を撮ること。日本国内には「なぜ行ったのか」という保守派の不満が強まる可能性もある。局長協議は成果らしい成果がなく、むしろ日中対立の緊張感を増幅させる結果となった。
この緊迫感は、外交の枠を超えて日本経済にも影を落とし始めている。中国政府が打ち出した対抗措置の第一弾は、日本への“渡航自粛”の呼びかけだ。治安悪化を理由に掲げているが、実態は高市発言に対する政治的圧力であることは明らかだ。
訪日中国人は今年10月までで820万人に達し、団体ツアーが減った一方で個人客が8割を超えるなど、旅行形態も変化している。個人客中心のホテルにはまだキャンセルの広がりは見られないものの、大手旅行会社はさっそくツアー停止に動き始めた。インバウンド市場で最大の存在である中国が足踏みすれば、日本経済への影響は避けられない。
さらに警戒すべきは、中国が次のカードを切る可能性だ。過去にノルウェーのサーモン、カナダの菜種、オーストラリアの大麦とワイン、韓国のドラマ……外交対立が高まるたびに、中国は貿易を使った圧力で相手国を揺さぶってきた。日本に対しても、福島第一原発の処理水問題で水産物禁輸に踏み切った。今回も類似の措置――何かしらの輸入制限に踏み切る可能性は十分にある。
特に警鐘を鳴らすべきはレアアースだ。中国は精錬で世界シェア9割を握り、過去にも輸出制限を外交カードにしてきた。日本は南鳥島沖の採掘計画はあるものの、本格的な自給体制はまだ遠い。ハイテク産業の要であるレアアースの供給が止まれば、影響は日本経済全体に広がる。高市政権はこの分野の脆弱性にどう備えるのか、今後の焦点になるだろう。
こうした一連の対立は、株式市場をも直撃している。中国依存の強い企業やインバウンド関連株が軒並み売られ、史上最高値で5万円を突破した日経平均も勢いに陰りが見え始めた。株価は高市政権の“ロケットスタート”を象徴する指標だっただけに、ここが崩れれば政権の足場が揺らぐ。
そして、この経済不安は解散戦略にも影を落とす。高市政権は当初、安倍政権の成功体験にならい、まずは経済政策で支持を固め、そのうえで外交・安保へと領域を広げる青写真を描いていた。株価の好調と高支持率を背景に、年明け1月の通常国会冒頭での解散総選挙が“本命シナリオ”として着実に準備されてきたことは間違いない。
しかし、日中対立による株価不安が強まれば、1月解散の判断は鈍る。経済が冷え込めば内閣支持率は下がり、選挙の戦い方が一変する。だからといって高市発言を撤回すれば、最大の支持基盤である保守派は激しく反発し、政権の屋台骨が揺らぐ。譲歩すれば支持が崩れ、強硬姿勢を貫けば経済が崩れる――高市政権は難しい二択を迫られている。
むしろ「経済悪化が深刻化する前に、早期解散で勝負すべきだ」という声が自民党内で強まる可能性もある。日中対立が長期化するほど政権リスクは増大し、時間が味方にならないからだ。逆に、株価が年末に持ち直すようなら、本命の1月解散を維持する判断もあり得る。いずれにせよ、年末から年明けにかけて、政治と経済は並行して緊迫度を高めていく。
高市政権はいま、最初の大きな試練を迎えている。日中対立をどうコントロールし、経済の不安定さをどこまで抑え込めるか。ここからの一手一手が、政権の命運だけでなく、日本全体の針路を大きく左右することになるだろう。