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立憲・枝野氏の埼玉5区に「刺客」を立てて野党共闘を迫る共産党の戦略〜政治責任を負わない「市民連合」頼みの野党共闘から脱却を

立憲民主党の枝野幸男前代表の衆院埼玉5区に、共産党が新人で元小学校教員の山本悠子氏(71)を擁立すると発表し、「野党共闘の崩壊」を象徴するものとして注目されている。

2021年の衆院選埼玉5区は「野党共闘」が成立し、当時立憲代表だった枝野氏と自民党の牧原秀樹氏の一騎打ちとなった。枝野氏が約6000票差(11万3615票vs10万7532票)で辛勝したが、立憲は選挙前から議席を減らす惨敗に終わり、枝野氏は代表を辞任した。

次期衆院選は前回に比べ、①枝野氏は代表を退いて存在感が低下している、②立憲の政党支持率はさらに低下している、③日本維新の会が「打倒立憲」を掲げて野党第一党を奪う姿勢を鮮明にして躍進し、首都圏でも候補者擁立を進めているーーことから、枝野氏にとってはさらに厳しい選挙戦が予想されている。

そのなかで共産党が埼玉5区に候補者を擁立して自公政権や維新への批判票が分散すれば、枝野氏の落選が現実味を帯びてくるだろう。

それでも共産党が埼玉5区に候補者擁立を表明したのは、枝野氏が前回衆院選で「野党共闘」を進めながら、代表辞任後は「野党共闘で時限的な消費税減税を公約に掲げたのは間違いだった」などと公言し、立憲が「野党共闘」を否定して「立憲単独路線」へ舵を切る路線転換を主導してきたからだ。

共産党の志位執行部は、歴史的決断として「野党共闘」に踏み出し、衆院埼玉5区をはじめ各地で候補者を引き下げ、その結果として比例票を減らして議席も失った。まさに「梯子を外された」「メンツ丸潰れ」の事態である。これを放置すれば志位執行部に対する共産支持層の不満が高まりかねず、枝野氏ら「裏切り者」に「刺客」をぶつけて共産党内の支持基盤を引き締めるのは避けては通れない道なのだろう。

共産党とて、埼玉5区に候補者を擁立して勝てるとは考えていない。それでも候補者擁立を表明したのは、立憲に対して「野党共闘」へ立ち戻ることを迫る「踏み絵」といってよい。立憲重鎮の枝野氏を落選の危機にさらすことで、立憲を「野党共闘」のテーブルに引き戻すことに主眼がある。

その意味で、枝野氏や立憲が野党共闘路線に立ち戻れば、埼玉5区の候補者を降ろす可能性は十分にある。しかし、事はそうは運ばないのではないか。

志位氏は立憲の党内で野党一本化を求める有志の会を発足させた小沢一郎氏と会食し、連携を深めている。

小沢氏と枝野氏は長年の犬猿の仲だ。枝野氏にすれば、共産党の候補者擁立の背景に小沢氏の存在を感じているに違いない。

共産党が埼玉5区に候補者擁立を表明したところで、枝野氏が共産党に歩み寄り、野党共闘に立ち戻る可能性は極めて低い。逆に意固地になって「野党共闘で消費税減税を掲げたのは間違いだった」という主張をさらに強めていくのではないか。枝野氏を20年以上前から知る私はそう思っている。

共産党は枝野氏の選挙区に象徴的に「刺客」を差し向けるだけでは効果は限定的だ。立憲現職議員たちが「野党共闘」に賛成か反対かを考慮せず、次々に共産候補の擁立を発表して「このままでは落選してしまう」という立憲党内の危機感を煽り、泉執行部を突き上げて「野党共闘」を迫る動きを後押しするしかないだろう。

同様のことは「消費税廃止」を党是とし、前回衆院選では野党共闘の消費税減税の公約を主導したれいわ新選組にもあてはまるのだが、れいわは資金不足から衆院選の候補者擁立を慎重に絞り込んで進めている。

全国各地に候補者擁立を進めて立憲にプレッシャーをかける戦法は、津々浦々に組織の根を張った共産党にしかできない。ここに共産党の強みがあるともいえる。

21年衆院選や22年参院選の「野党共闘」は、学者らでつくる「市民連合」の呼びかけに応じて、立憲、共産、れいわ、社民が「対等の立場」で参加する体裁をとった。その結果、議席数と資金力に勝る立憲が「消費税減税」の公約を受け入れる代わりに、各選挙区の候補者調整で共産・れいわに一方的に譲歩を迫り、結果として共産・れいわは議席は伸び悩んで、立憲現職議員たちは自らの議席を守ったという結果に終わった。共産・れいわに不満が残るのは当然だ。

本来「野党共闘」というものは、野党第一党が政権交代を掲げて野党各党に結集を求め、野党のリーダーとして候補者調整などを自らの責任で主導すべきものである。より立場の強い野党第一党の譲歩なくして、野党共闘は成り立たない。その代わり、衆院で野党が過半数を制して政権交代が実現した暁には、野党第一党の党首が首相に指名されるのである。

21年衆院選や22年参院選の野党共闘が「立憲のいいところ取り」に終わったのは、市民連合という「政治責任を負わない組織」が野党共闘を主導し、立憲が無責任な形で加わったことに最大の原因がある。その結果、立憲現職議員の「地位保全」(議席維持)のためだけに「野党共闘」が利用されてしまったのだ。

維新が台頭するなか、次の衆院選では「野党共闘」したところで選挙区ではとても勝てず、それならば立憲単独路線を強めて比例票を少しでも積み上げ、復活当選枠を広げることで生き残りたいーーそのような独りよがりの立憲の選挙戦略が透けてみえるうちは、野党共同戦線が成り立つはすがなく、共倒れに終わる可能性が極めて高い。

共産党が「野党共闘」の崩壊覚悟で枝野氏らの選挙区に候補者を擁立し、立憲を野党共闘のテーブルに引き戻す政治的圧力を加える手法こそ、本来の政党間協議のあり方である。理念だけでは政治は動かない。相手に本気の覚悟を示して危機感を抱かせ、誠実に向き合わさせる。そのような現実的闘争の積み重ねが政治を動かしていくのである。

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