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「清和会・安倍晋三氏 vs 宏池会・林芳正氏」の山口県対決から見える「保守とは何か」

安倍晋三氏と山口県政界を二分する「政敵」で犬猿の仲として知られる林芳正氏が外相に起用され、「ポスト岸田」の有力候補に躍り出た。

林氏は老舗派閥・宏池会(岸田派)のナンバー2である。岸田氏よりも宏池会のホープとして期待を集めてきた。今回の衆院選で悲願の衆院鞍替えを実現し、その直後に外相ポストを手に入れた。いよいよ「宏池会の本命」が登場したという感がする。

安倍氏の傀儡と揶揄される岸田文雄首相が林氏起用を断行した背景とは何なのか。プレジデントオンライン『「岸田政権はさっさと潰して構わない」安倍氏と麻生氏の全面対決が招く”次の首相”の名前』で詳しく読み解いたのでご覧いただければ幸いだ。

サメタイでは「保守本流」を自認する宏池会について、宮沢喜一元首相を取材した私の体験をもとに述べてみたい。

岸田氏は宏池会として宮沢喜一氏以来、30年ぶりの首相である。宏池会は池田勇人以来、自民党の中枢を歩んできたが、宮沢氏から後継指名された加藤紘一氏が2000年の「加藤の乱」で失脚した後に分裂・衰退した。長い低迷期を経て岸田政権が誕生した。

私が朝日新聞の政治記者として宏池会をはじめて担当したのは2003年である。岸田氏は当選三回の中堅・若手議員で存在感は薄かった。

当時は宮沢喜一氏がまだ現役議員だった。私のミッションのひとつは同年の衆院解散を機に宮沢氏が政界引退することをいち早くキャッチすることだった。

私は毎朝、宮沢氏の自宅へ通った。宮沢氏は当時83歳。早朝に自宅近くの代々木公園を散歩するのが日課だった。他社の宏池会の番記者は姿を見せたことがなかった。宮沢氏は記者の質問を煙に巻くので、実りの少ない取材を敬遠していたのだろう。

彼はゴルフクラブを片手に現れ、SPを引き連れ、薄暗い早朝の代々木公園を黙々と歩くのだった。途中のお気に入りの場所で立ち止まり、ゴルフクラブをいきなり振る。調子のいい時は3回、悪いときは1回で終わる。その「恒例行事」が終わるまで、話しかけてはいけないのがルールだった。

ゴルフの素振りが終わった後、機嫌が悪いとそのまま黙々と歩いて自宅に引きこもってしまう。そんな日はせっかく早起きしても「収穫ゼロ」だ。政治取材の現場はこのような「時間の浪費」が実に多い。

逆に機嫌が良いと、近くのベンチに腰掛ける。これは「取材を受けるよ」というサインである。私は静かに宮沢氏のとなりに腰を下ろす。ここからが勝負だ。宮沢氏はトンチンカンな質問を切り出した途端に黙って席を立ってそそくさと自宅へ戻ってしまう。だから一言一言慎重に、言葉を選んで聞かねばならない。

とくにこちらの目的は宮沢氏が政界引退するつもりがあるかを探ることだった。そんなことを率先して言いたい政治家はいない。だからあれこれ婉曲的に探りを入れる。ちょっとでも的を外せば、その日の取材は打ち切りだ。

あるとき、宮沢氏からいきなり「我が社の人事はどうですか」と聞いてきた。私は「我が社」とは「自民党」だと思って、自民党の人事についてありきたりのことを答えた。宮沢氏はそれを聞き流し、黙って立ち去ってしまった。

私は、自民党の人事について私の見立てが見当違いだったのかと思った。実はそうではなかった。宮沢氏は次の日も「我が社の人事は?」と尋ねてきた。そのとき、ピンときた。「我が社」とは「自民党」ではなく「朝日新聞社」のことだったのだ。ハト派の宏池会を率いてきた宮沢氏は「我が社」と呼ぶほど朝日新聞にシンパシーを感じていたのだ。

昔の政治家の取材はこのように言葉の掛け合いからひとつずつ本音を類推し、それをまた言葉の掛け合いで当ててみて、真意を確認するという積み重ねだった。だから非常に手間暇がかかる一方、政治家が言葉に込めた意味を深く考察し、言葉を選んで質問を重ねるという繰り返しから学ぶことが多かった。

私は最終的に「宮沢氏引退へ」という記事をスクープしたが、その取材の裏付けは「宮沢さん、引退要請に応じますね」「はい、応じます」というような単純なやりとりではもちろんない。毎朝通い続け、その取材のやりとりの集合体から「宮沢氏は間違いなく引退要請に応じる」という確証を得て記事化したものだ。このあたりの微妙な取材の間合いの取り方は、本を読んで勉強できるものではない。

毎朝通うと、話題は多方面にわたる。宮沢氏の政治理念や哲学も聞いた。彼は言葉を慎重に選び、ポツリポツリと話す。私がその話をもとに大胆に解釈すると、彼が政治家として最も重視していることは「日本が核武装する日を1日でも先送りすること」である。どういうことか、やや回りくどくなるが宮沢氏の政治哲学を私流にくわしく説明しよう。

政治が主導できることなどさほど多くはなく、すこしでも世の中がマシになるようにするのがせいぜいだ。その意味では、日本はいずれナショナリズムが高まり、核武装論が台頭するのは避けられない。戦争を体験した自分は核武装論には絶対反対だし、それを阻止するために政治家として全力をあげるが、政治ができることには限界がある。いずれ核武装論が高まり、核武装に踏み切る可能性が高いだろう。その日を1日でも先送りするために、できるだけのことをする。財務大臣としてバラマキ政策に踏み切ったのも、景気が悪化してナショナリズムが台頭することをいましばらく食い止めるためだった。政治にできることなど、所詮はその程度であろうーー宮沢氏のいいたいことは、おおむねこのようなことであった。私は当時31歳。宮沢氏の言いたいことがまったく理解できなかった。このような政治姿勢だから改革は進まないのだとさえ感じた。

あれから20年近くの歳月が流れた。この間、民主党政権の失敗や安倍政権の暴走を目の当たりにし、宮沢氏の言いたいことがすこしわかる気がしてきた。政治家が権力を使って自らの目指すべき改革を推進しようとすると、必ず歪みが生じて世の中はかえって混乱する。為政者は自らのビジョンを実現するために権力を行使するのではなく、目の前にある問題を解決するために権力を必要最小限使うのだーーこれこそ宏池会が掲げてきた「保守本流」の思想なのだと気づいた。

私は安倍氏を「保守」と呼ぶことには強い抵抗感を覚える。安倍氏の政治姿勢の是非はさておき、安倍氏は「保守」ではない。むしろ政治権力を積極的に行使して自らのビジョンを実現させるタイプの為政者であり、宮沢氏のような「保守」とは真逆の政治家なのだ。

話を戻そう。林芳正氏は宏池会の伝統的な「保守」をよく理解している政治家である。林氏が首相になれば、おそらくは大した改革をしない。逆に先例や常識を大きく逸脱することもしない。差し迫った問題に限って対処するという政治スタイルをとるであろう。それが良いか悪いかはさておき、そのような政治が本来の「保守」である。

林氏の外相起用で、「清和会の安倍氏vs宏池会の林氏」の犬猿の仲がクローズアップされている。ふたりの対決を通じて「保守とは何か」という議論が深まることを期待したい。

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