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望月衣塑子本が全面回収!朝日新聞出版「空白の2週間」に何があった?

東京新聞の望月衣塑子記者と思想家の内田樹氏による対談本『常識なき世界を生き延びるために』が、販売中止・回収に追い込まれた。高校生の川中だいじさんについて、複数の事実誤認が見つかったためだ。

問題の記述は深刻である。川中さんが同級生から「老害」と呼ばれていたという事実はない。川中さん自身の発言が望月氏の中学生の息子の発言として紹介されていた。さらに、小学生時代に学校に掲示した新聞を先生に剥がされたという話や、日本中学生新聞の創刊経緯にも誤りがあった。

単なる誤植ではない。本人の発言や経験を取り違え、存在しないエピソードまで書いてしまったのである。

望月氏は著者として確認が不十分だったと謝罪した。対談時の発言と原稿化された内容が異なる箇所、本人の記憶違いによる箇所があったと説明している。東京新聞の聞き取りでは、出版前のチェックで対談時と異なる記述を見落とし、取材結果との照合も不十分だったという。

しかし、なぜこんな間違いが起きたのか。対談の記録を誰が文字起こしし、誰が原稿にまとめたのか。望月氏はゲラをどう確認したのか。担当編集者や校閲担当者、編集幹部は何をチェックしていたのか。著者だけに責任を押しつけて済む話ではない。

私自身、朝日新聞で27年間働き、政治部や特別報道部のデスクを務めた。退社後には対談本も出版している。だからこそ、今回の問題には出版業界の構造的な歪みも感じる。

出版不況のなか、一定の販売が見込める著者を組み合わせ、対談形式の本を次々と刊行する。著者が話し、ライターがまとめ、編集者が整える。効率的な制作手法ではあるが、著者自身が一から書き上げる本に比べ、原稿化の過程で発言の趣旨や事実関係が変わる危険もある。

もちろん、対談本そのものが問題なのではない。問題は、刊行点数や販売部数を優先するあまり、事実確認や編集に必要な手間が軽視されていないかということだ。これは朝日新聞出版だけでなく、出版業界全体に突きつけられた課題である。

もう一つ重大なのが、朝日新聞出版の対応の遅さだ。

川中さんが訂正を申し入れたのは10月17日。担当編集者から望月氏と連絡が取れたとの報告があったのが20日。27日に訂正が掲載された。しかし、販売中止と回収が発表されたのは11月1日だった。

訂正申し入れから回収決定まで15日間。この間、出版社の内部で何が起きていたのか。

朝日新聞出版は、編集作業の点検が不十分だったと説明し、原因を調査すると発表した。しかし、誰がいつ問題を把握し、どの段階で回収を判断したのかは明らかになっていない。経営トップへの報告はいつだったのか。現場で情報が止まっていたのか。経営判断に時間がかかったのか。検証が必要だ。

さらに、望月氏は東京新聞の社員記者でありながら、ユーチューブなど社外での活動も広げてきた。今回の本も社外の出版活動である。東京新聞自身、社外業務とはいえ記者活動の根幹に関わる問題だとして、望月氏に謝罪と説明責任を果たすよう求めた。社員記者の社外活動を誰が管理し、その成果物にどこまで責任を負うのかという問題も浮上した。

今回の騒動は、望月氏個人の著者責任にとどまらない。著者、ライター、編集者、校閲、出版社の経営陣、そして所属する新聞社。それぞれの責任が問われている。

何より、事実と異なる記述によって傷ついたのは、一人の高校生とその家族である。訂正を求めるために時間と労力を費やし、弁護士に交渉を委ねるまで追い込まれた。

出版物の信頼は、著者の知名度や販売部数で決まるものではない。事実を確認し、間違いがあれば速やかに説明し、責任を取る。その基本が守られなければ、新聞も出版も読者の信頼を失う。

望月氏の著者責任、朝日新聞出版の編集・経営責任、東京新聞の管理責任。そして出版業界全体の構造的問題。今回の回収騒動を、単なる一冊の本の失敗で終わらせてはならない。

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