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立憲民主党は「連合依存」から脱せよ!連合は「労働者代表」を名乗るな!

連合がついに野党第一党の立憲民主党を突き放した。1月21日、今夏の参院選でどの政党も支持せず、候補者本位で支援する基本方針案をまとめ、連合加盟の各労働組合に伝えた。共産党と「野党共闘」する候補者を推薦しない考えも盛り込んだ。2月中旬の正式決定をめざすという。(朝日新聞デジタル『連合、参院選は支援政党を明示せず 共産との共闘候補は推薦もなし』参照)

連合は1990年代後半以降の二大政党政治において、民主党を支持してきた。民主党政権が崩壊して分裂した後も民主党の流れをくむ政党を支援し、昨年の衆院選では立憲民主党と国民民主党とそれぞれ政策協定を結んで支援した。

しかし昨年10月の衆院選直前に芳野友子氏が女性初の会長に就任した後、立憲民主党と共産党の「野党共闘」を激しく批判。衆院選で立憲民主党が惨敗した後は政府与党へ急速に接近していた。

連合が1月5日に開催した新年交歓会には、自民党の岸田文雄首相が首相として9年ぶりに出席して「連携」を呼びかける一方、立憲民主党の泉健太代表と国民民主党の玉木雄一郎代表はあいさつの機会さえ与えられなかった。連合は野党と距離を置いて政府与党ににじり寄る姿勢を隠そうともしなくなったのである。

連合が参院選に「支持政党なし」で臨むことは既定路線だったといえる。立憲・国民両党の比例区から連合組織内候補9人を擁立する予定だが、両党との政策協定は締結しないという。「人物本位・候補者本位」による支援を鮮明にすることで「野党陣営」からは完全に離脱することになる。これからは、よく言えば「与野党の架け橋」、悪く言えば「与党の補完勢力」という性格を強めるだろう。

きょうは「連合の野党離れ」について、労働組合からの視点と、野党からの視点で考察したい。

連合は「労働者の代表」を標榜し、政府の審議会などに参加して「労働者の代表」として振る舞ってきた。しかし「労働貴族」と揶揄される連合執行部には大企業系労組の出身者が多く、経済界と極めて親しい関係を維持。労組に加入しない非正規労働者が急増するなかで、連合は大企業の正社員の立場を代弁する場面が目立ち、もはや「労働者の代表」と呼ぶに値しない組織と化していた。

実際、連合に加盟している労働者は大企業の正社員を中心に約700万人。この国で働く全労働者の1割そこそこだ。それでありながら「全労働者の声を代弁している」というのはすでに幻想でしかなかった。

政府が「勝ち組」である大企業の意向に沿う経済政策を進めるにあたり、「労働者の声を聞いた」というアリバイ作りとして連合は利用されてきた。連合の「労働貴族」たちは「政府や大企業を補完する役割」を担うことで自分たちの地位を守ってきたのである。その結果、経済政策や雇用政策、社会保障政策は経済界寄りに傾き、非正規労働者をはじめ「弱者」はますます不安定な雇用環境に追い込まれ、貧富の格差が急拡大したのが、この20〜30年の日本社会であった。

今回の連合の「野党切り」に立憲民主党の議員たちは衝撃を受けているようだが、これまでの連合の振る舞いをみると、名実ともに「政府・与党・経済界」の側に立つだけだと私は思っている。連合が「政府・与党・経済界」に寄り添う組織であることをはっきりさせる意味で、今回の「野党切り」はむしろ政治の対立構図をわかりやすくする効果があるといっていい。

むしろ野党第一党が連合に依存して選挙を戦ってきた結果、「政府・与党・経済界」という「勝ち組」の意向に引きずられ、非正規労働者をはじめ弱い立場にある労働者たちの声を十分に代弁してこなかったことのほうが問題だ。日本社会の格差が急拡大した責任は、自民党と同様に経済界ににじり寄り、急増する非正規労働者らの声を二の次にした野党第一党にもある。

派手な社交ぶりから「労働貴族」と揶揄されてきた連合執行部と違って、個別の労組には非正規をはじめ弱い立場にある労働者たちの雇用や暮らしを守るために必死で活動している人々がいることを私は知っている。そのような労組活動は高く評価されるべきだが、連合執行部の「勝ち組姿勢」や「上から目線」が各労組の地道な活動の影を薄め、労組全体のイメージを悪化させ、労組離れを加速させたのが実情だ。連合執行部の「罪」は極めて重い。

連合執行部が求心力を維持してきたのは、加盟労組を束ねて選挙支援を含む政治活動・労働活動の全般を仕切ってきたからである。連合が国政選挙に「支持政党なし」で臨むことになれば、連合執行部の求心力は大きく低下し、個別労組がそれぞれの裁量で支持政党や支援候補を選ぶ機会が格段に増えるだろう。これはとても良いことだと私は思っている。

働き方が多様化し、職種や世代、地域などによって労働者が労組に求める内容も大きく異なってきた。同じ会社のなかでも雇用形態はまちまちで、それぞれのライフワークによって労組に望む活動内容は千差万別だろう。連合が「労働者の代表」を気取って、すべての労働者の意見を集約したかのように振る舞うのは、実態とあまりにかけ離れている。労組の政治活動や選挙支援も各労組ごとに主体的に判断し、利害が重なる部分は戦略的に連帯していくというのが、新しい時代の労組活動のあり方である。

第一歩として、連合は「労働者の代表」を名乗るのをやめるべきだ。あくまでも加盟労組の「戦略的連帯」を調整する事務局にすぎないことを自覚すべきである。それに伴って各労組から徴収する資金も大幅に減らし、連合の権限と機能を大胆に縮小すべきだ。労働運動を「中央集権」型から「分権」型へ転換させるのである。それで困るのは「労働貴族」だけだ。労働活動の主役はそれぞれの労働者であり、それぞれの労組なのだ。

連合が、連合よりも遥かに非正規問題に真剣に取り組んできた共産党との連携を全否定しているほうが、本来の労働運動のあり方から逸脱している。政治信条に違いがあるとしても、利害が重なる部分については戦略的に連帯していくのが成熟した民主社会の当たり前の姿だ。

連合の「野党切り」は立憲民主党にとっても「連合依存」を脱却する好機である。「政府・与党・経済界」の意向を重視する連合に依存していては、いつまでたっても政権交代など実現しない。「都合の良い野党」として生きながらえるだけである。連合執行部の「労働貴族」たちにすり寄るのではなく、個別の労組やそれぞれの労働者たちと直接結びつき、支持を拡大していくのが本来あるべき姿であろう。

それでも立憲民主党の国会議員には連合の「野党切り」に衝撃が走っている。それは彼らが「連合の票」を当てにしているという以上に、「連合の人手」なしには選挙運動がままならないからだ。

事務所の設置、ポスター張り、ビラやハガキの手配、選挙カーの運用、スタッフの確保、費用の管理…選挙活動にはとにかく人手がいる。とくに選挙のノウハウを熟知した人材は不可欠だ。私も1994年に新聞記者になってから数多の選挙活動を見てきたが、選挙事務所に行けば「上手な選挙」と「下手な選挙」はほぼ見極められる。全国各地で「上手な選挙」を仕切ることのできる「選挙のプロ」はそう多くはない。与野党の政治家にとって選挙を知り尽くした人材を確保することは「勝利」への必須条件だ。

多くの自民党政治家の選挙を支える中心は建設をはじめとする「業界」の人々だ。これに対して野党政治家の選挙を支える中心はやはり「労働組合」の人々である。立憲民主党の国会議員の大半は地元の有力労組にそっぽを向かれると、選挙期間中にポスターを掲示板に張り終えることさえできないかもしれない。まさに「労組依存」の選挙なのだ。

民主党の幹事長経験者は「今の立憲・国民両党の国会議員で連合や労組の支援なしに選挙活動をふつうに展開できるのは、ごくわずかではないか」と漏らす。労組票が必要というよりも「選挙活動の実働部隊(手足)」として連合(労組)の助けがないと選挙運動そのものが成り立たないということなのだろう。

連合から支持を受けなくても、地元の有力労組としっかりとした信頼関係を結んでいたら、さほど怖くはない。しかし、地元の有力労組が連合の強い影響下に置かれている場合、連合の方針転換で彼らまで離れてしまうとお手上げなのだ。

このような「連合依存」の選挙を重ねていては、いつまで立っても「経済界や連合」の意向に配慮せざるを得ず、自民党との対立軸はぼやけ、非正規労働者をはじめ「経済界や連合」とは利害が相反する多くの民衆に支持が広がらない。政権交代の機運はいつまで経っても盛り上がらず、低投票率で自民党に敗れるという負けパターンを繰り返すだけだろう。

どのようにすれば「連合依存」の選挙から卒業できるのか。二つの事例から考えてみたい。

ひとつは野党陣営から与党陣営に鞍替えした細野豪志氏の衆院選(静岡5区)である。

細野氏は昨年の衆院選で、野党陣営から「裏切り者」扱いされ、与党陣営からは「信用できない」と拒絶され、無所属で出馬する羽目になった。野党からは新顔が立憲民主党公認で出馬し、与党からは比例復活当選をしてきた自民党現職が出馬し、事実上の三つ巴の戦いである。連合など野党支持労組は表向き立憲候補を、業界団体など自民支持団体は表向き自民候補を支援し、細野氏は組織の支援を受けない厳しい選挙戦を強いられた(細野氏の政治的変節からして自業自得であろう)。

しかも公職選挙法上、小選挙区で無所属候補の戦いは極めて不利だ。配布できるビラやポスターの枚数や使用できる車両の数が政党公認候補より少ない。選挙費用にも上限が設けられている(政党は上限なし)。政見放送もできない。

なかでも細野氏にとって厳しかったのは、無所属候補は公職選挙法上、選挙事務所を一箇所しか設置できなかったことだったという。政党の事務所を活用することができないため、選挙を手伝ってくれる人々が寄り集まり士気を高める拠点を選挙区内に複数設けることができなかったのだ。

連合などの組織にも頼れず、選挙活動の仕方も大幅に制約されているーー細野氏が窮地に立って編み出したのは、SNSを通じて自前のネットワークを構築する選挙活動だった。これまでとはまったく違う新たな手法だ。SNSで動画や漫画を駆使して政治的主張を拡散し、選挙運動の輪を広げて支持者同士の連帯や結束を強め、デジタル空間に「新たな組織」を築き上げることを狙ったのである。

結果は細野氏の圧勝だった。立憲候補と自民候補をあわせても細野氏の得票に及ばなかったのである。逆風の選挙戦を乗り越え、細野氏は次の選挙に向けて、既存の組織に頼らなくてもデジタル空間に一から築いた「新たな組織」をフル回転させる戦い方に自信を深めているようだ。

連合が仕切るからこそ寄り付かない人々もいる。去りゆく者がいれば、ぽっかりあいた場所へ寄ってくる者もいる。組織が離れていく「危機」を「好機」に変え、選挙区を「地盤改良」した実例といえるのではないか。連合の「離脱」は新たな支持基盤を作り上げる「好機」にもなりうるのだ。

もうひとつの事例は、れいわ新選組である。山本太郎代表がこの新党を旗揚げした2019年参院選の前、国会議員は山本氏一人だった。

支援組織もなく、政党助成金もなく、山本氏は街頭でひたすら寄付を呼びかけた。官僚OBや芸能人ではなく、重度障害者やシングルマザー、非正規労働者ら目の前の暮らしに困窮する無名の「当事者」を候補者に並べ、これからの人生をあきらめかけていた人々の政治への期待を掘り起こしたのである。

街頭演説は熱気に包まれ、少額献金を持ち寄る人が溢れ、れいわは約5億円の個人寄付を集めた。何もないところから選挙を作り上げること自体が多くの人々を惹きつけるストーリーとなったのだ。

昨年の衆院選でれいわの選挙活動を支えたのも、徹底的に弱い人々の立場に立つれいわの政治的主張に共感した多くのボランティアだった。既存の組織の支援を一切受けない選挙戦の奮闘ぶりは、他の既存政党と比べ際立っていたといっていい。れいわ支援者ひとりひとりの「熱量」の大きさを、他の野党候補の多くが実感したと語っている。「組織を持たない」ことは強みにもなりうるのだ。

ふたつの事例からいえることは、既存組織の支援がなくても新しいネットワークを確立すれば選挙は十分に戦えるし、より強固な選挙基盤を手に入れる可能性も十分にあるということだ。

連合が「支持政党なし」を打ち出す今夏の参院選は、立憲民主党が「連合依存」から卒業し、自分たちの選挙基盤をより強固に作り直す好機である。この逆境をはねのけ、新しいネットワークを構築すれば、政党支持率は上向き、政権交代の現実味も増してくるだろう。逆に、去りゆく連合を追いかけるようでは、誰からも見向きもされない政党に転落するに違いない。

無党派層という大海原に繰り出し、政党を足元から刷新できるか。今夏の参院選は、立憲民主党にとって存亡をかけた戦いとなる。

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