岸田文雄首相の妻である裕子夫人が単独で訪米し、バイデン大統領のジル夫人と会談した。
日本のマスコミは、裕子夫人がジル夫人とホワイトハウスの庭で植樹した場面やイベント会場を視察した様子を報道し、首相の地元・広島で5月に開催するG7サミットの機運を盛り上げる「ファーストレディー外交」を持ち上げた。
一方で、岸田官邸が訪米費用を公費で負担したことを明らかにしたことを受けて、ネット上では「首相夫人は私人ではなかったのか」「公費で訪米するなら公人と認定すべきだ」などと異論が相次いでいる。
首相夫人の言動は鬼門である。安倍晋三首相の妻・昭恵氏が森友学園問題に関与したか否かを巡り、安倍政権は首相夫人を「公人ではなく私人」と閣議決定し、政権追及をかわした。これが世論の批判を浴びた記憶は生々しい。
岸田首相がそれを承知で裕子夫人の単独訪米にゴーサインを出したのは、多少の批判を浴びてもバイデン一家との親交を深めることで広島サミットの機運を盛り上げたほうが政権浮揚につながると判断したからだ。
だが私は虎の尾を踏んだのではないかとみている。
何しろ岸田首相は長男翔太郎氏を首相秘書官に起用して「縁故人事」と批判を浴び、その翔太郎氏が首相の欧米訪問に同行して公用車で観光地や高級デパートを巡ったことが発覚して「公私混同」と批判を浴び、その行動を岸田首相が「公務だ」とかばったことで「親バカ」と批判を浴びたばかりなのだ。
安倍元首相のおいで岸信夫前防衛相の長男である信千世氏が岸家・佐藤家・安倍家の4代にわたる「家系図」をホームページに掲載して批判を浴び、衆院山口2区補選で思わぬ苦戦を招いていることとあわせ、「世襲政治」や「政治家一族」への批判が再燃しつつある。そうしたなかで「首相夫人の公費による単独訪米」が幅広い共感を集めるとは思えない。
そもそも岸田首相が広島でのサミット開催を決めたのも「地元への利益誘導」との批判を浴びかねない問題であった。世界で最初に原爆を投下された「平和都市ヒロシマ」だからこそ「利益誘導」への批判は噴出しなかったが、岸田首相が地元後援会で政治利用が禁じられているサミットロゴ入りのまんじゅうを配ったことに象徴されるように、やはり「地元への利益誘導」の側面は否めない。
首相夫人の単独訪米、長男秘書官の公私混同、地元へのサミット誘致・・・岸田首相にまとわりつく「身びいき政治」の影は、広島サミットにむけて改めてクローズアップされる可能性があるだろう。
立憲民主党が自民党批判と衆院山口2区補選をからめて、岸田家と岸家の「世襲」を一大争点に掲げて徹底的に攻め立てないのはあまりにもったいない。立憲民主党がいつの間にか既得権勢力と化し、かつて自民党の世襲政治を追及してきた立憲幹部たちも今や自らの子息への世襲を考え始める世代になったことが影響しているのではないかというのが私の見立てである(『立憲民主党はなぜ、コネ人事の岸田翔太郎氏、家系図自慢の岸信千世氏を徹底追及しないのか?「世襲批判」を手控えるようになった野党第一党の変節の理由』参照)。
和歌山遊説中に勃発した岸田首相襲撃事件で内閣支持率が上昇し、早期解散論が勢いづくという分析もある。一方で、日本維新の会の台頭で慎重論も強まる可能性がある。4月23日投開票の衆参5補選の結果が今後の政局を左右するのは間違いないが、どちらにせよ、岸田首相にとっての最大のアキレス腱は自らの足元にあるかもしれない。
首相夫人の単独訪米や広島サミットについて、データマックス社の連載『鮫島タイムス別館』に寄稿しました。ぜひご覧ください。