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プーチン大統領はなぜウクライナ侵攻を目指すのか〜日本メディアの海外報道に欠けているもの

ウクライナ情勢が緊迫している。日本メディアの報道をみると、①ウクライナ侵攻をめぐるロシアと米国の対立点②ウクライナ侵攻がもたらす国際政治への影響ーーを読み解く内容が多い。いずれも重要な論点だ。これらを解説したうえで「ウクライナ報道で欠けている視点」を示したい。

まずは米ロ対立について。旧ソ連が崩壊し東西冷戦が終焉する際、ロシアは東欧諸国が西側の軍事同盟であるNATOに加盟しないことを米国に約束させた。ところが東欧諸国は次々にNATOに加盟したため、プーチン大統領は米国など西側諸国の「約束破り」に怒っている。

ウクライナはNATO加盟を望んでいる。 ロシアと長い国境で接しているウクライナは最後の「緩衝地帯」だ。ウクライナが加盟すると、NATOの軍事的脅威はロシアと隣り合わせとなり、いよいよ安全保障が大きく脅かされる。このまま放置すると取り返しがつかないーーこれがロシア側の事情である。

こうしたロシアの事情に理解を示す論調もないわけではない。ただし日本マスコミの報道の大半は、米国の視点に立ったものだ。ロシアが米国と「NATOの東方拡大」について慎重な合意をしていたとしても、東欧諸国は自国の安全保障について自ら決定する権利があり、自らの意思でNATO加盟を望んでいる以上、それを拒絶する理由はない。むしろ東欧諸国がNATO加盟を希望するのは、ロシアの東欧進出に怯えているからだ。ロシアが開かれた民主国家であり、東欧諸国に軍事的脅威を与えていないのなら、東欧諸国はNATOに加盟する必要はない。悪いのは民主的な平和国家として信頼されていないロシアのほうだーーというものである。

国際政治の舞台では、双方が「正当性」を主張するのはいつものことである。まして戦争となると「正義は我にあり」と主張しあう。古今東西、多くの犠牲を払う戦争には「大義」が必要だ。昔の大義は「宗教」だったり「イデオロギー」だったりしたが、近代以降は「国際法」になった。

現在の国際法上、戦争は原則として「違法」である。20世紀に入り、国際紛争を解決する手段として武力に訴えることを制限する考えが広まり、第1次・第2次世界大戦を経て「制限」はしだいに強化され、国連安全保障理事会の決議を伴う場合や個別・集団的自衛権を行使する場合に限って武力行使は認められるようになった。戦争をするには「国際法上の根拠」が必要なのだ。

だが、実際の国際政治では「国際法上の根拠」は後付けにされる。米国による2001年のアフガニスタン戦争や2003年のイラク戦争も国際法上の根拠が十分なのかは議論が分かれた。「強者の論理」がまかりとおるのが国際政治の実像だ。ロシアもウクライナに侵攻するにあたり、どこまで説得力があるかは別として、それなりの「国際法上の根拠」を示してくるだろう。

その意味で、現実の国際政治において意味を持つのは、「米ロのどちらの主張が正しいか」という議論とは別に、「米ロのどちらの立場が強いか」という国際政治力学の分析である。

軍事力・経済力を含めた国力は米国がロシアをはるかに上回る。しかし、冷戦崩壊後の「米国一強」は新興国の台頭で次第に崩れ、米国が「世界の警察官」を担うほどの圧倒的優位はなくなった。ロシアにかわって中国が米国と覇権を争う地位に躍り出て、「米国が脅せば皆黙る世界」ではなくなったのだ。米国は全面戦争になれば勝てるとしても、ロシアのウクライナ侵攻を事前に防ぐほどの力は失っている。バイデン政権が断行した「米軍のアフガン撤退」はそれを象徴する場面だった。

米国がロシアのウクライナ侵攻を防げなければ、米国の威信はいっそう低下し、世界の安全保障秩序を維持する力をもはや失っていることをさらけ出す。ロシアの狙いはそこにもあろう。国際政治の力学は大きく変貌して、世界各地で武力紛争が多発するかもしれない。そのうえ中国が米国の威信低下につけこんで台湾へ侵攻する可能性もあるーーこれが二つ目の論点「ロシアのウクライナ侵攻がもたらす国際政治への影響」だ。日本にとってウクライナは遠い国かもしれないが、台湾とは隣り合わせであり「対岸の火事」とは言えないというわけだ。

戦後日本は同盟国・米国に安全保障を依存し、経済発展に全力を注いできた。冷戦崩壊後、米国は軍事コストを削減するため日本に対して東アジアでの安全保障に貢献することを迫った。日本が憲法9条の制約を徐々に狭め、自衛隊の活動範囲を拡大するために安全保障法制を整備してきたのは、こうした事情による。米国一強が崩れるなか、米国が日本に求める軍事的貢献はこれからも増大していくだろう。中国が台湾に侵攻し、米国がそれに対抗すれば、日本が戦争に巻き込まれる可能性は極めて高い。

日本が安全保障を米国に依存している限り、米国の要求に逆らうことは簡単ではない。とはいえ米国依存を脱却し、自前の軍事力を強化すると、中国や韓国をはじめ周辺諸国を刺激し、軍拡競争を招く。これは憲法9条の制約を超える恐れがあるばかりか、人口減社会に突入した日本に軍拡競争に勝ち抜く国力があるのかも疑わしい。米国一強時代の終焉を受け止め、どのような安全保障環境を整えていくのか。これは日本が直面する外交・安全保障の課題である。

ウクライナ情勢は日本が抱える課題を改めて浮き彫りにすることになった。内向きな権力闘争に明け暮れる日本政界がこのような国際政治の動きに対応できているとはとても思えない。米国一辺倒の安全保障政策を見直し、軍事力に過度に依存せずに東アジアの平和・安定秩序を構築する外交戦略を練り直す必要がある。

米ロの対立点と国際政治への影響という二つの論点は、日本メディアのウクライナ報道をくまなく読めばほぼ理解できる。マスコミ各社の国際報道は、このように国際政治上の力学で解説するのは得意だ。それは海外メディア(とくに米英の英語メディア)の報道を読み、そのうえで日本の外交官を取材して日本への影響を加味し、日本向けの記事に仕立てるというのが日本メディアの海外特派員の仕事の仕方だからである。

語弊を恐れずに言えば、英語が読めて日本の外交官に取材できればこの程度の記事は執筆できるのだ。つまり「英語力」と「外務省人脈」に支えられているのが現在の国際報道なのである。海外通信社の英文記事を日本語に置き換えて原稿を書くだけで毎日が過ぎ去っている特派員は少なくない(もちろん立派な特派員もいます)。

日本メディアの国際報道に最も欠けているのは、武力行使を探る権力者の国内政治基盤の分析である。今回のウクライナ侵攻でいうと、プーチン大統領のロシア国内での政権基盤がどうなっているのかという視点だ。

プーチン氏がウクライナ侵攻を探るのは、NATOの脅威が迫っているという外交・安全保障上の理由だけではない。仮に外交・安全保障上の脅威が迫っているとしても、国内権力基盤が安泰ならば、外交的孤立や敗戦リスクを背負って武力侵攻を決断するのに躊躇するだろう。できる限り外交交渉を通じて解決しようとするものだ。外交は大統領の専権事項である。諸外国の力を得て政治的特典を稼ぐことができるのは大統領だけなのだ。

それにもかかわらず、プーチン大統領が外交的孤立と敗戦リスクを背負ってウクライナに侵攻するとしたら、よほど国内における権力基盤が揺らいでおり、「敵を外に作る」ことで国内での求心力回復を狙っているとしか、私には思えない。国内政治に行き詰まった時に外国との戦争に踏み切り政権維持を狙うのは、何もプーチン政権下のロシアのような「独裁国家」ばかりではなく、米国の歴代政権も例外ではないのだ。

日本メディアに欠けているのは、プーチン大統領が直面する国内事情である。これを理解するにはロシア語でロシアメディアを読み、現地のロシア政界から情報を入手して分析するしかない。日本の外務省の情報収集・分析力は近年大きく低下しており、まったくあてにならない。欧米メディアは「ロシアの視点」ではなく「米国の視点」に傾きがちだ。日本メディアの国際報道を支えてきた「英語力」と「外務省人脈」だけでは到底太刀打ちできないのである。

私はかつて日韓外務省が企画した「日韓ダイアログ」というプログラムに朝日新聞社を代表して参加した。日韓双方の記者、外交官、外交・安保専門家らが毎年1回、東京かソウルに集まり、丸2日間缶詰で、外交・安全保障から歴史問題、経済・文化交流まで幅広いテーマで討論するのである。会議の内容は発言者を明かさずに記録され、各種報告書にまとめられる。日韓双方の主要メディアはこのプログラムに記者をひとりずつ送り込んでいた。

朝日新聞社を代表してなぜ私が派遣されたのか、私自身、最初は意外であった。私は政治部で日本の国内政局ばかり追いかけてきた記者である。外務省は1年しか担当したことがない。国際報道部に勤務したことがなく、ワシントン特派員やソウル特派員の経験はない。英語も苦手で、韓国語はさっぱりわからない。日本メディアの参加者の顔ぶれをみると、私を除くほぼ全員がワシントンかソウルの特派員経験者だった。韓国メディアの顔ぶれもほぼワシントンか東京の特派員経験者だったのだ。

朝日新聞には韓国取材に強い記者がたくさんいた。その代表格は政治部の大先輩である若宮啓文主筆だった。外務省はどうやら朝日新聞からどの記者を派遣してもらうのかを若宮さんに相談したようである。そのあとどうして私が起用されたのかはわからない。政治記者としてあまりにドメスティックな私に国際取材の空気を経験させようという親心だったのかもしれない。あるいは韓国通の記者がひしめくなかで誰か一人に決めると角が立つと考え、まったく門外漢の私を起用して丸く収めたのかもしれない。いずれにしろ、私はまったく異文化の「特派員、外交官、外交・安保専門家」の世界に放り込まれ、缶詰の討論に駆り出されたのである。

私はしばらく参加者たちの討論を聞いていた。とてもアカデミックで勉強になる内容だった。でもすでに記事を読んだり同僚の特派員経験者に話を聞いたりして、なんとなく知っている内容だった。そのうち日韓双方の記者、外交官、専門家の意見の対立点は主に双方の国内政治事情への無理解にあると思うようになった。日本の参加者が韓国の政治事情を把握していないというだけではなく、日本の参加者は日本国内の政治事情も詳しく把握していなかったのである。韓国の参加者にも同様のことがいえた。つまり彼らは日米韓に関する国際政治力学には詳しくても、それぞれの足元の国内政局に疎かったのである。

ロシアのプーチン大統領に限らず、権力者の外交・安全保障政策は、国内政治事情にいちばん大きな影響を受ける。日本でも国政選挙が近づくと自民党が北朝鮮脅威論を煽ったり、嫌中・嫌韓感情を煽ったりするのもそのためだ。つまり権力者の外交・安保政策の意図を読み解くには、国内政治事情の理解が不可欠なのである。日韓ダイアログの討論に最も欠けていたのは日韓双方の国内政局の詳細な分析であった。特派員が最も苦手とする分野である。

そこで私は会議途中から永田町の権力闘争の裏側について詳しく解説することにした。この話は日韓双方、とりわけ韓国側の参加者を引き寄せた。コーヒーブレイクになると、私は韓国側の記者や専門家らに取り囲まれた。夜の懇親会でも私は韓国側の人気者になった。彼らが欲していたのは日本の国内事情なのだ。

韓国側にも私と同様、ひとりだけ韓国国内政局に精通している記者がいた。私は彼の話にいちばん興味を持った。日韓双方がお互いの国内政治への理解が進むと、それ以前よりは討論がかみあってきた気がした。もしかしたら、外務省はそれを見越して日韓双方から国政政局に精通した記者をひとりずつメンバーに加えたのかもしれない。この「日韓ダイアログ」は私にとって貴重な体験となった。

話をウクライナ情勢に戻そう。いま私が日本メディアに期待したいのは、欧米メディアの英語の記事を縦横にして日本に流すことではない。欧米メディアの記事を日本にいながら瞬時に日本語で読むことはそう難しくはない時代になった。日本メディアに期待したいのは、モスクワ特派員がロシア国内の状況を自ら取材・分析し、独自の視点で読み解く記事である。

プーチン大統領をウクライナ侵攻に駆り立てているのは何か。欧米メディアの視点ではなく、日本メディアの視点で描く最も恵まれた立場にいるのは、モスクワ特派員だ。マスコミ各社はそのためにひとりあたり年間数千万円にのぼるコストを投入しモスクワに特派員を置いている。モスクワ特派員のみなさん、今こそ働く時です!

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