鹿児島市で10月28日、日本政界の行方について講演した。鹿児島県保険医協会にお招きいただいた。
鹿児島(薩摩)にはちょっとした思い入れがある。
私は1971年に神戸市に生まれ、小学校は尼崎市、中高は高松市、大学は京都市で過ごし、朝日新聞に入社した後はつくば市、水戸市、浦和市(現さいたま市)を経て、1999年から東京で暮らしている。かれこれ人生の半分を東京で過ごしたことになる。鹿児島に住んだことはない。
けれども「鮫島」姓のルーツは薩摩だ。父方の祖父は薩摩半島の先端にある枕崎の出身だった。
鹿児島を訪れると、街中で「鮫島工務店」「鮫島医院」などの看板をよく見かける。この地で「鮫島」はありふれた名なのだ。
ただし、薩摩の「鮫島」と薩摩以外の「鮫島」には決定的な違いがある。薩摩の読み方は「サメシマ」と濁らない。
私はこれまで何度か鹿児島に出張して「サメジマです」と名刺を渡してきたが、取材相手の方に呼び方の違いを教わった。かの人は「薩摩を離れたら『サメジマ』に濁る。それは心が濁っているからよ。薩摩の人は心が澄んでいるから名も濁らない」と初対面の私に笑った。
実に人懐っこく朗らかな土地柄である。
小泉純一郎元首相は薩摩への思い入れがある政治家だ。彼の父・純也(元衆院議員、元防衛庁長官)は鹿児島出身で、旧姓は鮫島だった。
鮫島純也は、神奈川県横須賀市一帯を地盤とする小泉又次郎が幹事長を務めた立憲民政党の職員だった。その時、何と又次郎のその娘と駆け落ちしたのだ。紆余曲折を経て小泉家の女婿となって又次郎の地盤を受け継ぐのだが、女性陣の発言力が強い小泉家で「鮫島家」のことはタブーだったらしい。
純一郎氏はその反動からか、父の故郷である薩摩への思いを募らせた。首相就任後に薩摩半島にある知覧特攻平和会館を訪れて涙したというエピソードがあるが、戦争で失われた若い命だけではなく、薩摩の地への思いが込み上げてきたのではなかろうか。
私は中学1年の時に父が家を飛び出し、母子家庭で育った。そのせいか、薩摩には郷愁というか憧憬というか何とも言いがたい思いを抱えている。
鹿児島に思い入れがある理由はもうひとつある。
私は朝日新聞記者時代の2013年、福島第一原発周辺で除染された草木や土が山林や河川に次々に不法投棄される現場を動画や写真に収めた「手抜き除染」報道の取材班を代表して新聞協会賞を受賞した。その授賞式が鹿児島での新聞大会で開催されたのだ。
この受賞は私にとってもちろんうれしいことだったが、実はそれ以上に私の人生を大きく揺るがす「吉田調書事件」の伏線となる出来事がこの新聞大会で起きている。これについては拙著『朝日新聞政治部』をご覧いただきたい。
前置きが長くなったが、私は鹿児島での講演で、日本政界がいま大きな曲がり角に立っていることを、歴史を俯瞰してお話しさせていただいた。
①自民党と立憲民主党の二大政党は、どちらも財界や官界などの「上級国民」の代弁者なっており、「庶民」の声が政治に届かなくなっている。日本維新の会の躍進に加え、れいわ新選組や参政党、日本保守党などの新興勢力が相次いで誕生する背景には、二大政党に対する国民の強い不信がある
②この現象は米国で先行して起き、共和党・民主党の二大政党の双方に反発した庶民の怒りがトランプ氏を大統領に押し上げた。バイデンvsトランプの対立はイデオロギーによる「左右対決」というより、経済格差による「上下対決」の側面が強い
③自民党は憲法、防衛、人権、環境、平和といった左右のイデオロギー対決をあえて強調し、上下対決の構図をつくらないようにしている
④立憲民主党が左右対決を全面に出すうちは自民党に勝てない。維新もこのところ左右対決を強く打ち出すようになった。政権交代を実現させるには上下対決の構図を作り出す必要がある
⑤二大政党に対抗する新興勢力が左右のイデオロギー対決を志向すれば、二大政党に埋没し、いずれ消滅していくだろう。逆に新興勢力が左右の対立を乗り越え、経済格差の是正という一点において連携すれば、二大政党政治を突き崩す可能性がある
この視点で薩摩や長州を策源地とした明治維新を振り返ると、「幕府=開国派(左)vs 薩長=尊王攘夷派(右)」のイデオロギー対立は実は見せかけで、本質は「大名ら支配階級(上)vs 下級武士や農民(下)」の階級闘争だったことに気づく。西郷隆盛や大久保利通ら維新の主役たちは下級武士出身でありながら大名の島津家を押さえ込んで明治国家の中枢に躍り出たのだった。
はたして、現代日本の政界で、二大政党に対抗する新興勢力が左右対決から脱却して上下対決の一点で手を結ぶことはあるのか、それを仲介する人物は出てくるのか。変革の動きは再び薩摩から始まるかもしれないーーというのが鹿児島講演の締めだった。
保険医協会の医師や歯科医の皆さんに加え、れいわ新選組推薦の小川みさ子県議や立憲民主党から国政復帰をめざしている川内ひろし前衆院議員、南日本新聞記者らたくさんの方々に来場いただいた。保険医協会の皆さんとの懇親会も大いに盛り上がり、実に人懐っこく朗らかな薩摩の人々との触れ合いを満喫した。