政治を斬る!

米国の覇権を守るために犠牲となるウクライナと日本〜白井聡さん、中島岳志さんの論考から岸田外交を考える

政治学者の中島岳志さんが政治学者の白井聡さんの論考を引用しながら解説する「時評論壇」(北海道新聞など掲載)が岸田政権の対米追従外交の核心を突いている。私はおふたりとも親交があるが、マスコミに出演して外務省や防衛省の主張を流布するばかりの「国際政治学者」と違って、本物の政治学者だと確信している。きょうはこの論考を紹介したい。

岸田首相は年明け早々に訪米してバイデン大統領と会談し、防衛費を大幅に増額する方針を伝えて歓迎された。岸田首相はこの方針を昨年5月のバイデン訪日時にすでに約束していたが、昨年秋の臨時国会ではひた隠しにし、国会閉会後に唐突に打ち出してそそくさと閣議決定したのである。

中島さんは以上の経緯を踏まえたうえで、日本の安保政策の大転換を「アメリカの意思、それだけだ」と喝破する白井さんの分析を紹介している。

天皇統治を正当化する戦前日本の「国体」は敗戦後の米国統治下で「菊と星条旗の結合」(つまり象徴天皇制と対米追従)に置き換えられた。「戦後の天皇制は対米追従構造の一部となり、国民に浸透していった」「日本の政治家たちは、アメリカを天皇のように慈悲深い存在として演出し、従順な姿を見せることで、安心感を与えてきた」という読み解きは実に興味深い。

しかしこの路線は日本国民を守ることにつながるのかーーと論考は展開されていく。「日本人が天皇と仰ぐアメリカ」が中国との覇権争いを勝ち抜くために、日本は「焼け野原になる」ことを迫られるというのだ。

米国は中国との覇権争いを制するために日本を戦略的に利用することしか考えていない。岸田政権が日本国憲法の専守防衛を逸脱する「敵基地攻撃能力の保有」を打ち出したのは、日本列島を周辺国の攻撃から守るためではなく、米国から巡航ミサイル・トマホークを大量購入して国内に配備し、米国の軍事オペレーションの選択肢を広げるためであるーー。

このような国際政治上の常識を、マスコミに出演している「国際政治学者」や外交・安全保障の専門記者たちの多くは指摘しない。外務省や防衛省にとって都合が悪いことを解説すると、「ネタ」をもらえなくなるうえ、政府の有識者会議などの「ポスト」や「肩書・地位」も失うからだ。彼らは外務省や防衛省に依存している「御用学者」「御用記者」なのである。所詮は「自分ファースト」だ。それでいて「専門家」「有識者」「知識人」として大きな顔をしているのだからタチが悪い。

彼らの解説があたかも「正論」のようにマスコミを通じて世間に流布されるので、外交安保をめぐる日本国内の世論はいつまでも成熟しない。国際情勢を外国語で知る機会の少ない島国・ニッポンにおいて国内マスコミの歪んだ外交安保報道は国益を大きく毀損しているというほかない。

さて、ここからが本題だ。米国の覇権争いに利用されている存在として、白井さんや中島さんは日本とウクライナを重ね合わせる。「アメリカは自らの犠牲を最小限に抑えながら、ロシアの力を大きく削ぐことに成功しつつある」「自軍から犠牲者を出すことなく、従属国に血を流させて敵対的な大国を弱体化させる戦略」と指摘したうえ、「これを東アジアに応用し、中国に対する覇権争いを展開しようというのがアメリカのもくろみだ」というのだ。

論考はさらに厳しさを増していく。以下の問いかけはこの論考の核心である。

日本は「大軍拡=米軍産複合体への献納のための増税」と「アメリカの覇権を持続させるための戦争への血による貢献」を引き受けなければならない。戦前の日本人が天皇のために命を捨てたように、天皇陛下ならぬアメリカ陛下のために命を捨て、そこに義務と喜びを見いだすことになるのかーー

私は白井さんや中島さんの分析に全面的に同意する。そして、私たちの日本がこのようにならないことを心より願っている。

日本はいつから道を間違えたのか。白井さんが指摘するように、敗戦直後の米国統治下からそのレールが敷かれていたのは間違いない。冷戦崩壊後の国際情勢の変化で米国が日本に求める役割が変わったことも重要な転機であった。中国の台頭に対抗する安倍政権の解釈改憲で戦後日本の安保政策が大きく転換されたのも事実だ。

そのうえで、もうひとつ直接的な要因がある。ウクライナ戦争である。

国連常任理事国のロシアが隣国に軍事侵攻したのは、国際秩序を破壊する暴挙である。ロシアは国際的批判を免れない。

一方、ウクライナのゼレンスキー政権が米国に従属し、米国から武器を大量購入することで隣国ロシアとの軍事的緊張を高めて軍事侵攻を誘発し、停戦合意をめざすどころか逆に米国への軍事的依存を深めて戦争を泥沼化させていることも事実である。バイデン政権が描く①ロシアを挑発して開戦に踏み切らせ、ロシア包囲網を構築して米国優位を確立させる②米国の武器を大量支援して米国軍事産業を潤わせるーーという国家戦略に、ゼレンスキー政権は組み込まれて利用されてしまったのだ。

その結果として、米国民に代わってウクライナ国民の多くの命が失われ、米国土に代わってウクライナ国土が焦土と化した。ゼレンスキー政権は国民総動員令を出して成年男子の出国を禁じて軍隊に招集し、民間人にも武器を渡して戦うことを強要し、野党の政治活動を禁じて大政翼賛体制を確立し、米国からさらなる武器支援を受けて徹底抗戦を続ける姿勢を鮮明にしている。その姿は戦前日本と瓜二つに私には見える。

ロシアの暴挙は許し難いにせよ、ゼレンスキー政権が米ロとの外交を通じて開戦を防ぎウクライナ国民の命を守るという政治の究極の役割に失敗した事実を見逃してはならない。重要なのは米国への依存を深める軍備増強ではなく戦争を未然に防ぐ平和外交だったのだ。

バイデン政権は停戦を急ぐ気配がない。むしろ「プーチン」という悪役を掲げてウクライナ戦争を泥沼化・長期化させるほうが、米国軍需産業は潤って米国経済の好況を生み出し、ロシアは消耗して米国優位が確立するのだから都合が良いのである。

米国は自ら犠牲を払うことなく、ウクライナに犠牲を押し付けて敵国ロシアを追い詰めようとしている。だから次々に武器を支援している。ゼレンスキー政権はバイデン政権に依存し、国民の命を犠牲にしながら戦争を続行させられているといってよい。多くの国民の命と国益を毀損する失政というほかない。

米国が流布する「ロシア=悪、ウクライナ=正義」の善悪二元論を信奉し、ゼレンスキー大統領を英雄視している限り、国際政治の冷徹な現実を見抜くことはできない。ウクライナ戦争は第三世界の台頭に怯える米国が自らの覇権を守るための戦争なのだ。

米国はロシアとの覇権争いの最前線にウクライナを置いて徹底利用した。同じように、中国との覇権争いの最前線に日本を置いて徹底利用しようとしている。このような国際政治上の常識を、マスコミに出演している外務省や防衛省の御用記者・御用学者たちは決して指摘しない。なぜなら、政治家も官僚も学者もマスコミも戦後日本の対米追従路線のなかで、国民生活を米国に差し出す代わりに自らの地位を獲得してきた「勝ち組」だからだ。

リアルな国際政治のなかで米国が圧倒的に強い時代はその矛盾が覆い隠されてきた。しかし中国やインドなど第三世界の台頭で米国一強は完全に崩れている。第三世界の多くは欧米主導のロシア包囲網に加わっていない。人口でも経済力でも欧米を追い越す第三世界の勢いに米国は単独では対抗できない。そこでウクライナや日本などの「従属国」に犠牲を払わせて、自国の覇権を守ろうとしている。米国はかつての余裕を失っている。それが国際政治の現実である。

その米国に従属するばかりの岸田首相の姿は、ゼレンスキー大統領に重なる。ウクライナ国民の今の惨状は、明日の私たち日本国民の姿である。米国べったりの権力者によって戦争に駆り出され、戦地に送り込まれ、何のための戦いなのかよくわからないまま、命を差し出すのだ。

ゼレンスキー大統領の国会演説を、れいわ新選組を除く全政党(立憲民主党も共産党も!)がスタンディングオベーションで称賛した時点で、岸田政権の対米追従路線は与野党の総意として確定してしまったのである。敵基地攻撃能力を持つ巡航ミサイル・トマホークを米国から大量購入するのは、その延長線上の話だ。

ゼレンスキー政権を全面支持して米国が操るウクライナ戦争に加担した国会決議やゼレンスキー大統領を英雄視したマスコミ報道は間違っていたと総括しない限り、岸田政権の対米追従路線を食い止めることはできない。与党だけではなく野党もマスコミも共犯である。リベラル層はその事実を直視しなければならない。さもなくば私たちはウクライナと同じ道をたどることになろう。

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