進次郎か、コバホークか――。そんな表層的な「ポスト高市レース」の見立てでは、いま自民党で起きている本質は見えてこない。実際に動いているのは候補者ではなく、権力そのものだ。その震源にいるのが、麻生太郎と石井準一である。
高市政権は総選挙で圧勝し、表向きは盤石に見える。しかし、その足元で静かに進行しているのが、「ポスト高市」をめぐる設計図の書き換えだ。主導しているのは首相本人ではない。党内の力学を熟知した二人のベテラン、すなわち麻生と石井である。
そもそも昨年の総裁選で高市早苗首相を勝たせた最大の立役者は麻生だった。決選投票での票の振り分けは、まさにキングメーカーの采配そのものだった。その論功行賞として人事に影響力を及ぼし、政権の骨格を事実上設計したのも麻生である。
だが、その関係は長く続かなかった。高市首相が麻生に無断で解散に踏み切ったことで、両者の間に決定的な亀裂が入る。さらに首相側が麻生を「棚上げ」する衆院議長人事を構想したことで、信頼関係は修復困難な段階に至った。
ここで注目すべきは、麻生が単独で動いているわけではないという点だ。参院側から呼応する形で存在感を強めているのが石井準一である。
石井は、かつて「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄の流れを汲む実務型の権力者だ。派閥解消で流動化した参院自民党において、40人規模の独自グループをまとめ上げ、事実上の意思決定装置を握っている。旧安倍派の崩壊後、その影響力は強まった。
象徴的だったのが、新年度予算の年度内成立を阻んだ一連の動きだ。表向きは手続き論だが、実態は首相官邸に対する参院側の牽制である。ここに、衆院主導で突き進む高市政権への明確な「ノー」が刻まれた。
この麻生と石井の連携は、単なる「アンチ高市」の結集ではない。より戦略的なのは、「次」を見据えた布石を同時に打っている点にある。
その一つが連立構想の再設計だ。自民・維新で衆院の3分の2を大きく超え、参院でも実質過半数を確保している現状では、国民民主を取り込む必要性は乏しい。にもかかわらず、麻生の義弟である幹事長の鈴木俊一が連立拡大に言及し、石井も同調する。この動きは政策ではなく、政局の文脈で読むべきだ。
つまり、維新との関係を軸に党内を掌握しようとする高市首相に対し、別の選択肢をあえて残すことで主導権を握ろうとしているのである。連立カードは、政権を安定させるためではなく、揺さぶるために使われている。
では、麻生と石井は誰を「次」に据えようとしているのか。
ここで初めて、小泉進次郎と小林鷹之という名前が意味を持つ。だが重要なのは人物評価ではない。両者はあくまで「カード」にすぎないという点だ。
小泉は知名度と発信力という強みを持つ一方で、自民党大会に自衛隊音楽隊のソプラノ歌手が登壇した問題で対応の甘さが露呈した。危機管理能力に疑問符がついた以上、権力を託すにはリスクが高い――これが党内の冷静な見方だ。
一方の小林は、政策通で官僚出身、かつ派閥色が比較的薄い。麻生にとっては扱いやすく、石井にとっても同じ千葉選出で近い存在だ。両者の利害が一致する「接点」として、小林の名前が浮上しているにすぎない。
言い換えれば、「進次郎か、コバホークか」という構図は結果論であり、実際には麻生・石井ラインがどのカードを切るかというゲームなのである。
今後の焦点は、国会閉会後の人事だ。ここで高市首相が主導権を取り返し、自らのカラーを打ち出せるのか。それとも、麻生・石井ラインが引き続き党運営の実権を握るのか。
仮に後者となれば、ポスト高市の輪郭は一気に現実味を帯びるだろう。逆に首相が人事で巻き返せば、この水面下の動きは一時的に封じ込められる。
ただ一つ言えるのは、「高市包囲網」は倒閣のためのものではないということだ。目的はあくまで次の支配構造の設計にある。
政治は常に「今」ではなく「次」で動く。その意味で、いま自民党で進んでいるのは、総理の椅子をめぐる争いではない。誰がその椅子を“決める側”に立つのか――その主導権争いなのである。