東京都港区がコロナ対策を目玉政策としておこなった総額15億円「スマイル商品券」。そこに投じられた税金の行方を追う「公開取材」の5回目です。
3月9日、この事業の責任者である港区産業・地域振興支援部長の山本睦美さんへの直接取材がついに港区役所内で実現しました。「スマイル商品券」事業で私が提示した疑問に対して、回答をいただく約束になっていました。山本部長はこの日、武井雅昭区長とも協議したうえでの港区としての回答を説明してくれました。
その内容に入る前に、前回までのあらすじは以下の記事をご覧ください。
・総額15億円「スマイル商品券」の謎〜港区のコロナ目玉政策を追え!【1】落選
・総額15億円「スマイル商品券」の謎〜港区のコロナ目玉政策を追え!【2】コロナバブル
では、山本さんの回答を説明していきましょう。
山本さんはまず、スマイル商品券の政策目的から話を始めました。当初は「商店街振興策」としてスタートしたのですが、コロナ禍に見舞われた2020年以降は「区民の生活支援」も政策目的に追加し、プレミアム率を引き上げ、発行額を10倍に膨らませたというのです。その結果、予算枠を超える応募が集まり、抽選して落選する人も出たのでした。
そこで一度は応募資格を「港区民または港区在勤者」から「港区民」に限定したのですが、在勤者の利用が多い新橋地区などの商店街から異論が出て、再び在勤者も認めるように戻したというのです。2021年度第2回発行分からは従来の紙商品券に電子商品券を加えて二本立てとし、発行額も15億円に積み増しましたが、紙商品券に応募が偏り、今回も抽選に落選する人がたくさん発生してしまったということでした。
紙商品券に応募が集中したのは、電子商品券を敬遠した区民が多かったことに加え、電子商品券の利用可能店舗が紙商品券より少ないことが主な要因とみられます。しかし「商店街振興」だけではなく「区民の生活支援」を政策目的として予算額を膨らませた以上、抽選で落選する区民が発生することはやはり不公平としかいいようがありません。
山本さんは「抽選に落選してしまう人が増えたことを踏まえ、この事業の目的や必要性を改めて整理したうえ、発行額の妥当性、応募資格、購入金額の上限などを見直す必要があると考えています」と明言しました。お役所ことばなのでややわかりにくいですが、現在の仕組みを何かしら改める意思は伝わってきました。
私は「区民の生活支援を政策目的に加えて発行額を大幅に膨らませた以上、抽選で一部の区民だけが恩恵を受けるのは政策目的に反する。政策目的と事業の仕組みが矛盾しており、根本的に改善する必要があります。具体的にはどのような改善案を検討しているのですか」と問いました。
これに対し、山本さんは武井区長からも新年度発行分から運用見直しを指示されたことを明らかにしました。同席した港区産業振興課長の中林淳一さんは①電子商品券と紙商品券の発行割合(現在は7対3)を見直して落選者を減らす②一人で購入できる上限額(5万円)を引き下げる③紙商品券の応募資格を港区民に限定し、港区在勤者は電子商品券のみとするーーという具体的な見直し案を提示し、抽選で落選する区民を減らす考えを示しました。
できるかぎり「落選する区民」を減らすことで希望者に広く薄く恩恵が届くように改善するという趣旨です。このほうが「区民の生活支援」という政策目的に合致し、税金を投じる事業に対する不公平感を解消することにもつながるでしょう。私はこの見直し案は一定の評価をしていいと思いました。
一方、「商店街支援」の事業を「商店街」に丸投げして実施していること、その結果、商店街加盟店が自ら商品券を購入してただちに換金しプレミアム分の利得を得るという「抜け道」に区民が疑念を抱くという構図には変わりはありません。
この疑問に対し、山本さんや中林さんは区民の疑念を抱かないように対策を施す必要があると認めたうえ、事業の透明性を向上させるため、利用履歴が残る電子商品券への移行を進めたいという考えを示しました。電子商品券化はコスト削減にもつながるといい、そのためにも電子商品券の利用可能店舗を増やす努力を強化したいということでした。さらには抽選過程を透明化する方法も具体的に検討していく考えを示しました。
逆に山本さんや中林さんからは私に対して意見を求められる場面もありました。スマイル商品券の存在自体を知らない区民が多く、知っている区民との間で不公平が生じている現状を踏まえ「ひとりでも多くの区民にスマイル商品券を知ってもらうにはどのように広報したらいいか」ということに頭を悩ましているということでした。
私は「広報誌やビラを量産しても税金が余計に使われるだけで広報効果は少ない。広報予算の使い方がさらなる区民の疑念を招く恐れもあります。兵庫県明石市長や東京都世田谷区長のようにトップの発信力さえあれば、SNSでスマイル商品券の存在は瞬く間に広まります。まずは武井区長が率先してPRすべきです。区長選挙の投票率が30%程度の現況では、区長の名前も顔も知らない区民が多いということです」と指摘し、「山本部長が自らSNSで親しみやすく発信して区民ネットワークを広げていくのがよいのでは。区職員が自分の顔を出してSNSでPRする時代だと思います。職員の顔の見えない役所の広報より職員の顔が見えるSNSのほうが拡散力があります。税金を使うこともありません。チャレンジしてください」と提案しました。
新年度のスマイル商品券は10億円分が6月に応募開始となる見通しです。5月には詳細が固まるということでした。その時点で改めて運用改善内容について取材し、評価させていだく旨をお伝えして、この日の取材を終えました。
部長の山本さん、課長の中林さん、そしてここまで私の取材に丁寧に対応していただいた係長の吉田一樹さん、どうもありがとうございました。私は新聞記者時代は中央省庁の官僚を取材する機会が圧倒的に多かったのですが、安倍政権のもとでモラル崩壊が進んだ霞ヶ関のエリート官僚と比べ、地方自治体の最前線で働く職員の皆さんには誠実な役人文化が残っていることを肌で感じ、救われた思いがしました。
さて今回、港区がスマイル商品券の運用見直しに動いたのは、私の取材・報道に後押しされたことだけが理由ではありません。前回記事【4】で紹介したとおり、私は区役所の取材と平行して2月24日に区議会を訪れ、共産党の風見利男区議会議員にスマイル商品券について「共闘」を呼びかけたのでした。
風見議員は独自に調査したうえ、3月4日の区議会の予算特別委員会で質問してくれたのです。そこで中林課長は私に説明した内容に沿った答弁をしました。
実は同じ日、風見議員に先立って質問した自民党議員もスマイル商品券について質問し、ほぼ同内容の答弁を得ています(こちら参照)。武井区長以下、区役所の執行部はこの日の区議会予算特別委員会に「スマイル商品券」事業の運用見直しの方針を固めて臨んだのでしょう。
これまで港区議会でスマイル商品券が議題になることはさほど多くはありませんでした。現在開会中の区議会では自民と共産以外からも質問が出て、スマイル商品券は区議会の主要な論点のひとつになりました。多くの区民から区議会議員に対してスマイル商品券事業の運用改善を求める声が届いたとみられます。
区議会の質問は区役所に政策転換を迫る格好の機会となります。区長は何か新しい政策を示す場合、区議会での質疑に答えるかたちで表明し、区議会議員に「花」を持たせ、そのかわりに区長への支持を取り付けるということはしばしばあります。私たち区民は、そのような区長と区議会議員の「駆け引き」「貸し借り」を利用しない手はありません。
行政に何か迫りたい時、政策転換を促したい時、やはり議員を巻き込んで議会で質問してもらうことは大きな追い風になります。「市民記者」をめざす皆さんはぜひ参考にしてもらいたいテクニックのひとつです。
では、どの政党の議員と「共闘」すればいいのか?
結論をいうと、そのテーマに一生懸命取り組んでくれる議員ならどの政党でもかまいません。私は今回、新聞記者時代の経験からして地方議会は「共産党を除くオール与党」の場合が多く、そのなかで行政に批判的なテーマは共産党議員がもっとも力を貸してくれる可能性が高いと判断して共産党を訪ねました(前回記事【4】を参照)。
ただ、たいがいの議会には行動力のある議員が党派を超えて存在します。党派よりは個人の差が大きいです。取っ掛かりがない場合は私のように共産党議員がおすすめです。
ひとつ補足すると、私は今回、自民党には一切接触していません。では、なぜ、区役所は自民党議員の質問に対して真っ先に「運用改善」を表明したのでしょうか?
今回のケースは掘り下げていないので詳細は不明ですが、実は行政が最大与党・自民党の顔を立てて自民議員の質問に答えるかたちで政策転換を打ち出すケースは私の取材経験からしてよくあることです。
マスコミや野党から何かを追及されたり、市民・区民から批判の声が届いたりして一定の政策変更に踏み切る場合、最大与党の自民党に根回しせずに実行するとヘソを曲げてしまう恐れがあります。そこで野党質問や記者会見で発表する前に自民党の質問に答える形で政策変更を打ち出し「花」を持たせるーーそのような議会対策は行政がもっとも力を入れることの一つです。
そのような「政界の事情」はあるとしても、それを承知のうえで議会を利用し、政策変更を迫っていくのもまた市民側のひとつの知恵であるといえましょう。
『総額15億円「スマイル商品券」の謎〜港区のコロナ目玉政策を追え!』の公開取材を5回にわたって進めてきました。取材成果が出るかどうかわからない同時並行のかたちで経過をお伝えしてきましたが、一定の政策改善の方向が見えてきたと思います。
この事業の監視は続けていきますが、ひとまず記事化は今回で区切りをつけます。新年度のスマイル商品券発行で不透明な部分があれば、次は武井区長に直接迫りたいと思います。
この連載企画の狙いは、当初お伝えした通り、全国各地の読者のみなさんが自らの街の行政に対して感じた疑問を「市民記者」として取材・追及するノウハウを少しでもお伝えできればいいなと考えたからでした。
その第一弾として、神奈川県あるいは横浜市在住の読者を対象に、神奈川県政・横浜市政を追及する「市民記者」を募集したところ、数名より応募がありました。まずはそのなかのお一人に神奈川県政のコロナ対策について取材・執筆していただきました。近く記事を公開する準備を進めています。乞うご期待!
総額15億円「スマイル商品券」の謎〜港区のコロナ目玉対策を追え!【5】区役所の部長登場!ついにスマイル商品券の制度見直しに動く!
神奈川県民、横浜市民の皆様へ。黒岩知事と山中市長を追及する「筆者」を募集します!