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総額15億円「スマイル商品券」の謎〜港区のコロナ目玉政策を追え!【2】コロナバブル

朝日新聞社では東京23区の行政取材は社会部が担当している。しかし、記者はいくつかの区を掛け持ちしているうえ、警察取材などとも兼務しており、他の取材の合間に区役所を訪れる程度。区政の問題を深掘りしている記者は極めて少ない。他の新聞社も似たようなものだ。

首都のど真ん中の行政に対するマスコミの監視はとても脆弱なのである。区長や区職員や区議会議員はほぼマスコミの「監視外」にあるのだ。

区政はネタの宝庫なのに放ったらかしだなあ…私は新聞記者時代にいつもそう感じていた。そういう私自身も我が街・港区の行政について詳しくチェックしたことはなかった。

図書館の民間委託のこと、同じ箇所を何度も埋めては掘り起こす道路工事のこと、コロナ禍で子どもたちが遊ぶ公園の遊具にテープを貼って使えなくしたこと…疑問に感じたことは多々あり、いくつか区役所に問い合わせをしたことはあった。それでも疑問点を解消するまでとことん追及したことはなかった。

総額15億円分の「港区スマイル商品券」について徹底的に掘り下げてみようーーそう考えたのは、私自身の過去への反省からだ。

ここまでの経緯は前回『総額15億円「スマイル商品券」の謎〜港区のコロナ目玉政策を追え!【1】落選』をご覧いただきたい。

港区産業振興課から折り返しの電話があったのは2月1日だった。約束どおり電話していただけるのは、さすが真面目な日本の公務員である。

港区産業振興課の担当者は、私がスマイル商品券の抽選に「落選」したことを告げた後、昨日の電話で私が質問した内容に答え始めた。

「紙商品券に応募した人は2万2279人でした。そのうち当選したのは9003人です」

当選率は40.4%。妻が当選して私が落選したのはまあ妥当かも。それにしても当選者が「9003人」というのは中途半端だな。まずはキリの良い当選者数を設定し、そこから予算額を確定させるのがふつうだ。やっぱり「特別枠」があるのかな…さまざまな疑問が頭のなかを駆け巡ったが、まずは担当者との話を進めよう。

「デジタル商品券はどうですか?」

「デジタル商品券の応募者数や当選者数はまだ確認できていません」

なんと!どうして? 港区は、港区商店街連合会にスマイル商品券の事務費1.5億円を支出した後、募集から抽選・当選者の決定まですべて任せきりなのだろうか。

港区商店街連合会は紙商品券についてはリクルート、デジタル商品券についてはみずほ銀行に業務委託したことは前回記事で触れた。この担当者はリクルートにだけ応募者数と当選者数を確認し、みずほ銀行には確認しなかったであろうことは何となく想像できた。スマイル商品券は港区の事業といいながら、実態はリクルートとみずほ銀行に丸投げなのだ。

で、当選者の抽選はどのようにして行ったのですか?

「リクルートが申し込みデータをエクセルに入れて抽選しました。港区も抽選に立ち会いました」

抽選に立ち会ったのなら、応募者数と当選者数くらい最初から把握しているはずである。やはり秘密の「特別枠」による当選者が事後的に追加されたのか、それとも立ち会ったと言うのは「ただ居ただけ」ということなのか。しっくりこない点が多々あるが、まあ、話を進めよう。

で、リクルートにはいくらで発注したのですか?

「これは公開できません。港区情報公開条例5条2号の『公開により当該法人に明らかに不利益を与えるもの』に該当します」

さすがに私は反論した。

「発注金額が『公開により明らかに不利益を与えるもの』とは思えません。それでは区民は事務費1.5億円の一部が中抜きされていないかをチェックすることができないじゃないですか。なぜ発注金額の公表が『明らかに不利益を与える』のか、その理由を明確に説明する責任は区にあります。説明できないのなら、この税金の使い方は不透明というしかないですね」

この時点で、私は自らがジャーナリストであることを伝えていない。一区民として問い合わせをしている(もっとも、この受け答えをSNSなどで公表する可能性はあるとは伝えている)。できる限り一区民の立場で質問することで、読者の皆さんが「取材」する状況にできるだけ近づけたかったからだ。

役人への取材は、論理的にしつこく、そして常に「責任追及」の姿勢で迫ることが肝要である。政治家と違って役人は何とか理屈を整えようとする。法律や規則を逸脱してあとから責任追及されることを彼らは極度に恐れる。さらに法律や規則を守っていても「不適切」「不公正」などの理由で議会やマスコミに政治問題化されるのを極度に嫌がる。それらから身を守るために、役人は「論理」だけは整えておくのである。

論理が通らない場合、かなりの確率で「不正」や「不公正」な事実が隠されているとみていい。「論理矛盾」の発見こそ、「隠された事実」を暴く調査報道の入り口だ。

彼らはすぐに「個人情報」や「公平」という言葉を使って情報を伏せようとする。「役人の壁」を突破するには情報公開や地方自治に関する行政法の知識があったほうがいい。そのうえで「誰が非公開の決定をしたのか」と迫り、判断する権限を持つ役職にある者の責任を明確にすることが効果的だ。

行政法に詳しくない場合は、とにかく理屈を通すことを心がける。「知識」不足は「論理」でカバーすればよい。そして粘り強く食い下がる。担当者に「この区民の意見を自分の一存で却下したらまずいかも」と思わせたら勝ちだ。大概の場合、決定権を持つ上司に相談にいく。

上司は相談を受けた以上、いい加減に放置はできない。問題がこじれたら、あとで責任を問われかねないからだ。役所の「事なかれ主義」につけ込んで突破していくしかない。ごまをすったりへりくだったりして教えてもらえる情報などたかが知れている。

あらかじめ課長の名前をネットで調べ、「○○課長のご判断をうかがいたい」などと迫るのも有効だ。区議会議員や商店街連合会会長からの電話には課長が真っ先に対応するはず。一区民だからといって遠慮することはない。役所と互角に渡り合うには、決定権のある役職にある者をなんとかして引っ張り出すしかない。

港区産業振興課の担当者も押し問答の末、上司に相談に行った。次に電話口に出てきたのは係長だった。すこし話がはやくなった。

この係長に、私はいちからスマイル商品券事業について尋ねてみた。さすがは係長。説明ぶりに安定感がある。

「この商品券は港区独自の事業です。1998年度に始まり、毎年1〜2回発行してきました。2019年度まではそれぞれの店舗で商品券を販売し、売り切れたところで終了でした。先着順ですね。毎年の発行額も数千万円から2〜3億円でした」

「発行額が急増したのはコロナ禍の後です。密を避けるため店舗販売をやめ、事前申し込みによる抽選方式にしました。申し込みを受けて抽選し、当選通知を郵送し、郵便局などで商品券を交付する。そのような一連の業務をリクルートにはじめて発注したのが2020年度です」

「発行額もコロナ支援ということで大幅に増えました。2020年度は10億円を2回実施しました。2021年度は上半期に10億円、そして今回は15億円を発行します」

なるほど、スマイル商品券もまた「コロナバブル」だったのだ。年間発行額はコロナ後、おおむね10倍に跳ね上がっていたのである。まさに大盤振る舞いだ。コロナ禍がなければリクルートやみずほ銀行が港区の事業に触手を伸ばすことなどなかったのではないか。

で、リクルートとみずほ銀行に業務委託することは誰が決めたのですか?

「港区商店街連合会です」

で、リクルートへの発注額は?

「港区は商品券発行額の8〜10%を事務費として予算計上しています。今回の15億円分でいうと、事務費は1.5億円。それを港区商店街連合会へ補助金として支出し、そこから紙商品券発行の事務費がリクルートへ、デジタル商品券発行の事務費がみずほ銀行へ支払われているということです」

で、それぞれにいくら支払ったんですか?

「それは港区商店街連合会のことですので、私の一存では答えられません」

またか。担当者と同様、係長も発注額は「港区商店街連合会の個人情報」と考えているようだった。税金を投じているのに個人情報と言えるのだろうか。これでは「中抜き」があるかどうかチェックできない。そもそも港区商店街連合会って、何者だ? 法人格はあるのか?

「港区の55商店街の集合体です。法人格はありません。ただ、6つの商店街振興組合は法人化されています。その6つが集まる港区商店街振興組合連合会の名義で商品券を発行し、港区商店街連合会が発売するという仕組みになっています」

う〜む。ややこしそうだ。このような仕組みの話は役人の独壇場である。よく理解して追及しないと丸め込まれる恐れがある。ちょっと話題を変えよう。

で、港区商店街連合会はどこにあるんですか?

「港区役所の3階にあります」

ええっ! 港区役所の3階に! 

政治資金を追いかける調査報道取材をするとき、政治家や関係会社の事務所に「トンネル会社」が置かれていることはよくある。実態として一体化しているという重要な物証といえる。それにしても区役所に事務所があるなんて、これでは区役所と一体ではないか。もしかして、区役所3階の事務所の家賃はどうなっているの?

「はい、家賃は免除しています」

きたー。家賃は免除だった。区役所からタダで事務所を供与されている港区商店街連合会に税金から1.5億円の事務費が支払われているのに、その使途について「個人情報」を理由に公表しないのは、やっぱり納得できない。

港区商店街連合会は「公的」な存在だからこそ、特別に「家賃を免除」しているのではないの? これではブラックボックスだ。

これって、港区と港区商店街連合会の癒着じゃないの? 

多くの区民が気づかないところで、多くの税金が、商店街連合会を特別扱いするかたちで、注ぎ込まれているんじゃないの?

そんな疑念が浮上するのは当たり前である。

そうでないなら、そうでないと説明する責任は行政側にある。刑事事件の「推定無罪」の原則と違って、行政機関は身の潔白を自ら立証する責任があり、それを放置した場合は「推定有罪」として行政責任を問われるのが、民主政治における「説明責任」(アカウンタビリティ)の考え方だ。「個人情報」を盾に税金の使途を明かさないのは、説明責任の放棄である。

どこぞの首相のように、同じ答弁をひたすら繰り返すだけでは「説明責任を果たした」とは言えない。身の潔白を立証してはじめて「説明責任を果たした」と言えるのだ。

港区が商店街連合会の家賃を免除するほど密接な関係にある以上、やはりこのスマイル商品券の事務費1.5億円の使途について公開してもらわないと「癒着」の疑念は晴れません。ぜひ公開していただきたいーー。

私は係長に迫った。係長は「検討させてください。しばらくお時間をいただきたい」と答え、2月7日に回答すると約束した。(つづく)

連載『総額15億円「スマイル商品券」の謎〜港区のコロナ目玉政策を追え!』は、私が暮らす街の「スマイル商品券」に疑問を感じ、その取材過程を同時進行でお伝えする試行的調査報道です。

どこへ行き着くかはわかりません。新事実にいきつかなくてもご容赦ください。それでも税金の使い方を考察する糸口になるに違いないと考えています。取材の進展があった時点で随時、紹介していきます。

そして、読者の皆さんも自分の街で疑問に感じたことを行政に「取材」してみましょう。「取材の自由」はマスコミの専売特許ではありません。ひとりひとりの市民が身近な問題について行政への監視を強めることは民主政治の原点です。この連載が皆さんの「取材」のヒントになれば幸いです。


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