ラキ火山群を訪ねた翌日の目的は、1) F208号線(Fjallabaksleið nyrðri)を走る、2)ランドマンナロイガルの温泉に浸る、の2点だった。
目的にへ到達することよりも、走ってる間に興味深い場所を見つけ出したい、ということらしい。
私は同行するだけだ。旅行の計画には口を挟まない。私はアイスランドの旅行企画を起こし、10年以上催行してきた。その関係で、私が計画するときっちりしすぎる。個人旅行なので、彼の気持ちに任せて、ゆるゆる、のんびりと楽しもうということ。
という建前ではあるけれど、実は黙っているのは難しい。特に交通に関しては、時間の計算をせずにいられない。
「次の目的地は?」「ここからxxキロで約YY分かかる。今はZZ時だから、途中どこかに駐車してご飯食べようかぁ」とか、「現在XX時YY分。ここから直行で帰宅したとしても ZZ時になるということは、この場の見学はTT分間が限界だね」と、口に出してしまいそうになる。これをググっと飲み込んで、言葉にしないのは、修行ぢゃ!(笑)
この日も天気は悪くない。けれど、なんだか雲行きが怪しい。いや、雲行きや霧ではなく、透明感のない薄茶色。砂嵐、土嵐だ!
2時間ほど走ったが、砂嵐の影響はほとんど受けなかった。そして到着したのはエルドギャゥ(Eldgjá)。エルドギャウはカトラ火山の割れ目火山だ。この渓谷にはハイキングコースがいくつかあり、私たちはオゥファエルフォス(Ófærufoss)という滝を見にいくことにした。
え〜、また滝かよぉとは思ったものの、自称「滝ハンター」として義務感も伴い向かうことに。ルートの途中、石がゴロゴロして歩きにくい場所もあったが、おしなべて歩きやすかった。
この滝には展望デッキがあり、滝の下からそこまで登るのが、難所といえば一番の難所だった。
立ち入り禁止にはなっていないので、冒険心を出して一番下の滝へ近づいてみた。この写真よりも奥に入ってしまうと、一段上の滝が見えなくなるため、この角度の写真がベストだということに。
ハイランドにトイレがあるのは珍しい。有り難く利用させてもらっていると、外から彼が誰かと話す声が聞こえてきた。
「さっき、ランギショール(Langisjór)へ行ってきたという人と話をしたんだ。F235線はすごく景色がいいそうだし、道も全く問題ないという。どうする、行ってみる?」
そう尋ねられても、私には知識がなさすぎて答えようがない。第一、ランギショールと言われても、それ何なん?という感じ。名前からすると長い湖ということらしい。アイスランドのあるあるで、ネーミングがまんま。
「時間とガソリンがあるならいいじゃないの?私にそう尋ねるってことは、行きたいんでしょ?」
それじゃぁと、彼がハンドルを右方向へクイっとひねった。少し走ると、信じられないような光景が次々と目の前に現れてきた。川の縁を彩る鮮やかな色彩。植物なのに蛍光色?羊がまったりとしている姿も、夏の風物詩に華を添える。川もザザざっと渡っていくのも気持ちがいい(動画)。
蛍光色かと思うほどキョーレツな黄緑色を放つのは、苔の一種であると誰もが言うことけれど、どうしても名前がわからない。どこを見ても「明るいグリーンの苔」「蛍光色の苔」としか書いていない。植物図鑑にもシダ類としか掲載がなく、うーむ。知っている読者がいらっしゃれば、ぜひ教えて欲しい。この植物、な〜に?
ランギショールまで来たはいいが、ここは全長20キロの一番手前の端っこの部分。湖の左側の山道を行けば、全体を見渡せる場所へ行けるそうだが、かなり手強い山道だと聞いた。
左側の山道を行きたくて、彼がうずうずしている。少しだけその道を走って様子を見てみたい気配も感じる。でも、ガソリンの関係もあって諦めた。
F235道路は往復合計50キロだ。予定外に寄ったこともあり、途中「ガソリンが足りなくなったらどうしよう」と彼の顔が重く暗くなった。車を買い替えたばかりで、満タンでの走行距離を掴んでおらず、おまけに上り坂だと前の車の倍近いガソリンを食う。
道中、彼は道路局に電話をして、電話した場所から最も近いガソリンスタンドの位置を尋ねたほどだ。電話をかけるために彼が青い顔をして車を止めた時、私も青い顔になった。ドキッとするよね。交通量のごく少ない道だし、電波の届かない場所も多いし。
結果を先に書けば、ガソリンの件は問題なかった。
「同じ道を戻るのもつまんないよね。少しだけ迂回する道がある。これを使ってみようか」と、彼は私に紙の地図を見せた。同じ国立公園内にあるため、前日ラキ火山群で仕入れておいた地図がここで役に立った。
なるほど、ランギショールの先端にあたるここを出て、小高い山の周囲をくるりと回る形で元の道に出ればいいのか。わかった。そうしよう。
迂回路を走り始めると、程なく標識が出ていた。何かあるらしいから迂回路を外れて左折してみることにした。何せ下調べなしで、彼がたまたま仕入れた情報だけで動いている。行き当たりばったり。
黒い色の小高い山の間を5分も走ると駐車場らしき場所に到着。降りてみると、なんぢゃこりゃ〜。
絶句。なんか知らないけど、すごい景色の場所に来ちゃった。
ーーーと息を呑み、感嘆したことを、この写真で分かってもらえるだろうか。宇宙だぁ〜!
アクセスは悪いし、道があるのかないのかわからないような道を来たので、往来が少ない理由は理解できるが、いや、理解できない。こんな宇宙的な、地球離れしてるような場所を見にこないなんて・・・。という以前に、調べてもいまだにこの場所の名前がわからない。やっぱり宇宙だった?
さて、それじゃ温泉のあるランドマンナロイガルへ向かうか。と、迂回路へ戻った。
この迂回路には砂が多く、なんとなく嫌な感じがする。けれど「やーな感じがする」という不安を私が口にしては、同様な不安を感じているらしい彼に余計な心理負担をかける。ここはグっと黙っていよう。
ここからは、失敗談のお裾分けになる。結構長い話なので、読み飛ばしたい人は[ここをクリックしてひとっ飛び]をおすすめ!
迂回路が小高い山の麓に来たときに右折すれば、元来たF235号線に戻ることになる。地図ではそうなっている。
「曲がる道に来たら教えて。僕も見てるけど」
「わかった。小高い山が終わったところで曲がるっぽい。その山の横をまだ通ってるから、もう少しだね」と、若干不安を抱えながらも、地図上ではまだ曲がる場所まで到達していないため、進み続けた。
砂が深い部分があった。砂に埋まってスタックしたらどうしよう。気が気ではなかったけれど、彼が上手に車のタイヤを滑らせ、進んでくれた。下坂なのでうまく抜けられた。それはいいが、あまりにも砂が積もっている。道路の整備をしないのだろうか?と思った。
そろそろ右折してもいい場所だ。彼も私を目を凝らす。けれど、右折できる場所が見当たらない。下坂はまだ続くので、とりあえずこの坂を抜けようということになった。坂を下りきるとすぐに鋭角な登り坂が迫り、三角の頂点のような部分を切り抜けられるのかと不安になる。
こういう時、彼は本当に運転が上手いと感心する。鋭角な三角部分で立ち往生かという場面を、難なく乗り切ってくれた。それはいいけれど、どうしても右折する道が見つからない。
「右に曲がるところ、なかったよね。でも、地図上ではもうそこは過ぎてるはず。でもなかったよね?」と二人で、意味をなさない会話を続ける。不安は抱えているけれど、不安を口にしたところで状況は好転しない。道が突然現れる訳でもない。選択がないため、このまま山道を進むことにする。
進むことはできても、これでは元のF238号線に戻れない。戻れないどころか、遠ざかっていく。右折どころか、道は左に外れていった。
「道、間違った感じがする。ごめん。もちろん地図は見てたし、道路の感じも見てたけど、右に曲がる道が存在しなかった。地図によれば、ほら、私たちはもうここまで来ていて、右折すべき道は過ぎてしまってる」
地図を見ながら見逃したとはアホ!という顔をされたが、彼も大人なのでそんなことは口にしない。彼とて、右折ポイントを見つけられなかったのだ。
ここで私はガソリンの心配もし始めた。それを口にするのは不安を加算するだけなので、これまた言葉を飲んだ。
そして私たちは今来た道を引き返すことにした。だってそれしかやりようがないっしょ?
急な坂をまた登り下りしなければならず、大きなタイヤの跡がガッツリ残る、三角形の頂点を再び乗り切れるか、ドキドキする。ある角度からは登れても、逆側からは登れないこともあるだろう。クリア。
そして砂の部分に来た。砂が深い。タイヤが空回りする。「空回り、バックして戻る」を何度か繰り返したが、抜けられそうにはない。無理をすると車が動かなくなる。交通量はゼロの場所だ。とりあえず引き返すことにした。
もう一度、道を見つけようということになった。迂回路は右側にあるべきだ。よく見ながら、ゆっくりと斜面を降りた。そしてまた、坂を降りきり、登り始める魔の三角頂点に来た。既に一度往復している。再度登ることはできるだろう。できた!
道が見つからない。私、見逃したかな?いや彼も見つけられなかった。道がない?消えた?いや、地図に印刷されている。道が忽然と消えるようなことはないはずだ・・・。脳内には考え得るあらゆる事象が思い浮かぶ。考えなくていいことまで浮かんでくる。野宿?食料はチップスのみ。水はあと一本あるけど二人で夜を明かすには少ないーー。
とりあえず更に先へ進み、抜け道があるかの希望をかけてみることにした。地図では抜け道はなく行き止まりになる。こうなったら行き止まりまで行ってみよう!
途中、道が分かれるところがあった。地形を考えるとこちらだろという方へ行ってみる。川の近くに小さな小屋があった。計器類が置かれているのだろう。
だめだ、戻ろう。
分岐点まで戻り、別の道を走るとーーー本物の小屋があった!
きっとキャンプ用の小屋だ!けれど、人の気配はない。ドアは閉まっているだろうと思ったら、開いたよ、開いた!
小屋の中はとても綺麗に整備され、二段ベッドがいくつかあり、10名ほどなら余裕だろう。ガスも電気もあり、最悪ここに泊まれる!
ふヒョ〜、さすがアイスランド。こんな場所を作ってあるんだ。テーブルの上には小屋の使い方の注意書きや、一泊の値段と振込先が書いてある。
こういう時は精神的な余裕がない。とりあえず、座って心を落ち着けようとした。彼が私にカメラを向ける。道から出られない!最悪の状況!と口にしたいのを我慢して、普通のふりをする。
ふ〜、今夜はここに泊まることになるのか?と思いながら少しだけホっとしたーーと書きたいところだがーー。
「それじゃ行こう。電話をかけて救助してもらおう。ここに電話番号が書いてある!」
え?あの砂場へまた行く?!気を落ち着かせて策を練るとか・・・しないんだ・・・。
「せっかく屋根のある場所に来たんだから、5分だけ座って落ち着かない?」
「いや、温泉に入りたいから、一刻も早い方がいい!」
そ、そこぉ??!!!抜け出すのが優先じゃなくて、あくまでも温泉が優先。彼の頭脳の機能が理解でけん。
とにかく電話ですね。はいはい。彼は小屋の中にある電話を使わず、外に出ていった。
え?え?電波の届かない道路で、ここに有線の緊急電話がある。この電話使うんじゃないの?!
全くもって頭脳の機能がどうかしてないか?ま、いいや。緊急時で彼も気が動転してる。そこに考え方の間違えを指摘して、これ以上気分を複雑にしたくない。
ここでアイスランドの電波網のことを少し。現在の日本では、携帯のキャリアがソフトバンクでもドコモでも、ほぼ変わらないと思う。アイスランドも同じだ。けれど、僻地へ行くと時々キャリアの差が出る。彼のキャリアはNOVA。私のはSIMINN。前者が後発組で、後者は日本のNTTのようなかつて国を牛耳っていた電話会社だ。なので、ガソリンの件で電話をした時も、NOVAでは電波がなく、SIMINNは使うことができた。
「僕の携帯よりも君のSiminnの方が頼りになる。番号はここだからかけ続けて!」
「了解!かけ続けます!」
完璧に隊長と部下だ。ここで部下が「隊長、電話の件で恐縮ですが、先ほど小屋の中に有線の懐かしい電話がありましたよね。あれを使えばよろしかったのではないでしょうか?」とは言えない。
変に気を使い、有線の電話を横目に外に出てきちゃった私もいけない。その場で「これ使えば?」と言えばいいだけのこと。
走っている間の無言の時間がピリピリする。この道を走るのは3度目だ。距離感としてはさほどでないようだけど、あまりにも時間が長い。
「電話してる?」
「してるよ。もう7度もかけてる。電波、なかなか捕まらないね」
「Keep calling, soldier」
「Aye aye, sir」
米国の戦争映画の一幕のようだった。
救助って、いくらかかるんだろう?外国人が旅行中にレスキューを頼むとン十万円はかかる。アイスランド人だから少しは安いか?といった下世話な物事も浮かんできた。当然!
そして再び急な下り坂になり、三角の角を抜け、砂だらけの登りに挑戦せざるを得ない。
やっぱり前進できない。前進、タイヤの空回り、後退。それを繰り返して30センチずつ進んだとしても、先があまりにも長すぎる。
そんな時、彼も私も同時にピンときたのか、馬鹿正直に来た道を進むのではなく、若干砂の少ない横からアプローチすればいいのでは?という考えが浮かんだ。
そして少し道から逸れると・・・。なんかこの先へ進めそう。
あ、ここが本来の迂回道だったのかもしれない。道である形跡がまったくない。そうか、わかった。全部砂のせいだ!!!!!
右折すべきだった部分は、分厚く砂に覆われ、以前に通ったであろう車のタイヤの跡が全く残っていない。迂回路はすっかり砂に覆われ、道として認識できなかったのだ!
う”あ”っあ”〜〜、これできっと抜けられるね。地形的にも合ってる。
距離にして2-300メートル程度。F238の本線へ、無事に抜け出すことができた。
安堵感と脱力。
やったね、おめでとう!
本当にいい教訓になった。小型ジープを入手して、「F道へ行ける!」と軽く考えていたことへの冷や水だ。F道に関して留意すべきは川渡りの水位だけではない。
- ガソリンは満タンにして出発。予備のガソリンもポリタンクで持っていく。
- 地図はオフラインをダウンロードし、紙で印刷されたものも必携。
- 水と食料は多すぎるくらいでいい。
- 着替えも含め、車内泊できる装備を。
写真のタイムスタンプを見れば、冷や汗をかいたのはどうやら1時間程度だった。有線電話で救助を頼まなくてよかった。電波がなくて電話がつながらなかったことが、物事を複雑にせずに済んだ。結果オーライ!
予定ではすぐにF208号線(Fjallabaksleið nyrðri)に入るつもりが、F235号線の寄り道50キロプラス、冷や汗での右往左往1時間と寄り道たっぷり。
F208号線は人気が高いだけあり、みどころが多く、素通りするのが忍びない場所ばかり。停車の誘惑に少しだけ負けながら、20時過ぎには温泉に浸かることができた。帰路もF道を使いたかったけれど、ガソリン補給の関係で、最速の幹線道路経由で帰路へ。帰宅は深夜ぴったり。たっぷり冒険した!
小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら。