TVニュースがあまりに劣化している。
何とかならないものかと思ってユーチューブで始めた「切り抜き政治ニュース ここがおかしい!」第二弾は、テレビ朝日の夕方のニュース番組「スーパーJチャンネル」が伝える「ロシアの世論工作」の報道だ。
このニュースは森川夕貴アナの次の言葉から始まる。
日本国内で開設された複数のSNSアカウントがロシア寄りの世論形成に利用されている疑いがあることが明らかになってきました。
ロシア政府がSNSを使って日本国内の世論工作を組織的に進めているーーそんなイメージを抱かせるナレーションである。
ただ森川アナの言葉を文字にしてじっくり読むと、実はそう断定していない。「疑いがあること」が「明らかになってきました」と実に回りくどい言いぶりである。そして「誰が世論工作を行なっているのか」という「主語」をぼかしていることに気づく。
この手の「主語」をぼかすニュースは、かなりの高い確率で根拠に乏しい。マスコミがよくやる手口だ。主語を明示しない限り、そのニュースが間違っていても、誰からも抗議を受けないからである。だから無責任な報道になりがちなのだ。
このニュースもそのひとつである。森川アナの言葉は続く。
日本の情報戦分析会社Sola.comの調査によると、「ウクライナ軍の車両が市民の車をひいた」「プーチンはアメリカの生物研究所が存在する都市や場所をターゲットにしているようです」などロシア軍を擁護するような内容が投稿されていました。
このニュースは、ここで登場する「情報戦分析会社Sola.com」の調査に全面的に依拠している。この会社をみなさんはご存知だろうか。私は聞いたことがなかった。
ホームページの会社概要をのぞくと、仙台市に本社のある社員36人の会社である。「アプリ企画・開発」「ソフト・システム開発」「セキュリティ対策・コンサル」を主に手掛けているようだ。
だが、この会社は「ロシア政府による組織的な世論工作」を調査する実力を備えているのだろうか。安全保障や軍事的なサイバー戦略、ロシアに詳しい専門家などが入念に調査した結果なのだろうか。
この会社については後述するとして、さらに森川アナの言葉を追っていこう。
彼女はSola.comの調査によって、フォロワー数が数万人を超える約20のアカウントがロシア軍を擁護する内容の投稿をしていたと述べたうえ、次のように語っている。
このSNSを分析している方によりますと、日本国内でロシアは正しいことをしているんだという世論工作に投稿が利用されているのではないかということです。
これまた回りくどい言い方である。「このSNSを分析している方」というのはSola.comの担当者のことであろうか。森川アナはこの「担当者」が安全保障やロシアにどの程度詳しい人なのかを明らかにしないまま、この担当者が「日本国内でロシアは正しいことをしているんだという世論工作に投稿が利用されている」と分析していることを伝えているのだ。
これは信頼に足る人の分析なのだろうか。まずはそんな疑問がわいてくる。次に「投稿を利用しているのは誰か」という疑問もわいてくる。「ロシアが利用している」のなら、それは「駐日ロシア大使館」なのか、「ロシア政府の諜報機関」なのか、「ロシア軍の情報機関」なのか、まったくイメージがわいてこない。その理由は「利用されている」というように、ここでも「主語」をぼかしているからである。
かくも事実関係があいまいなニュースを伝えた後、今度は番組全体の進行を仕切る松尾由美子アナが次のように質問するのだ。
つまり、個人の自由で自主的に投稿しているというわけではなくて、ロシア側が積極的にかかわって、もしかすると組織的に投稿がなされているかもしれない、ということになってくるわけですか?
これまた回りくどい言い方である。「ロシア側が積極的にかかわって」の「ロシア側」とは誰か。「積極的にかかわって」とは具体的にどのように関与しているのか。「組織的に」とはどの機関のどのような指揮命令系統に基づくものなのか。
この問いかけは、何もかもあいまいなまま「ロシアが世論工作を行っている」というイメージばかりを振りまく印象操作そのものだ。
これに対して、森川アナは「そうですね」とあっさり肯定したうえ、次のように述べるのである。
このSola.comの担当者によると、ロシア側が何らかのかたちでかかわっている可能性のほうが高いのではないかという見方をされているようです。
この言葉にいたっては、もはや日本語としても理解しにくい。「ロシア側」って? 「何らかのかたち」って? 「可能性のほうが高い」って何と比べて高いの? 「〜ないかという見方をされているようです」って誰が何をどう分析しているの?
すべてがあいまいだ。森川アナはこの後、「というのも」という言葉に続けて、このニュースの「根拠」を次のように示すのだ。
というのもアカウントの特徴をみていくと、ロシア関係者のアカウントと、情報を流したアカウントが密に連携しているケースが多いということなんです。
この解説にいたっては正直、腰が抜けそうになった。「ロシア関係者のアカウント」って何? 「情報を流したアカウント」って何? 得体の知れない「二つのアカウント」が「密に連携」って、どういうこと??
これはもしや、「駐日ロシア大使館(ロシア関係者のアカウント)」のツイートに、「フォロワー数万人のアカウント(情報を流したアカウント)」が「“いいね”を押して“リツイート”した(密に連携した)」というだけではあるまいか!
このSola.comという情報戦分析会社の担当者は、ロシア政府に関する機密情報を入手し、それをもとにロシアを擁護するSNSアカウントとロシア政府の特定機関との関係を掘り下げて調査したうえで、「ロシアによる世論工作が行われている」という分析をくだしたのか。
それとも、ただ単にインターネット検索でロシア軍を擁護しているツイートを探し、そのアカウントが駐日ロシア大使館のツイートに「いいね」を押したりリツイートしたりしていることをもって「密に連携している」という「調査結果」を導いただけなのか。(その程度の調査なら、スマホさえあれば誰でもできる!)
このニュースは「ロシア関係者のアカウント」も「情報を流したアカウント」も具体的に明らかにしていないので、どのような調査に基づいて「ロシアによる世論工作が行われている」と判断したのか、外部からは検証しようがないのである。つまり「まったく根拠を示していないニュース」なのだ。それをアナウンサーがもっともらしい顔で憶測を語っているだけなのだ。
外部から検証のしようがない調査・報道は信用してはいけない。このような記事は、新聞社ではふつうはデスクを通らない。
「ロシア関係者のアカウント」や「情報を流したアカウント」は、「ロシアがSNSで世論工作を行なっている」というニュースの正しさを示す根幹である。それを具体的に明記したら、「なんだ、いいね押しただけじゃん!」と読者に呆れられることを恐れたのか、当該アカウントから「別にロシア関係者と連携したわけではない」と抗議を受けることを恐れたのか。いずれにしろ、アカウントを具体的に明記することができないほど、根拠に乏しいニュースであると疑わざるを得ないのである。
このニュースの「とんでもなさ」はユーチューブでさらに詳しく解説しているので、ぜひご覧いただきたい。マスコミはネットにフェイクニュースが溢れていると批判するが、もはやフェイクニュースが溢れているのはTVニュースではなかろうか。そこまでマスコミ報道が壊れていることを象徴するニュースといえるだろう。
最後に、このニュースの唯一の根拠となったSola.comという情報戦分析会社に話を戻そう。
これほど根拠に乏しいニュースをテレビに放映されることを許しているのだから、この会社が安全保障や外交に精通したプロの情報分析チームを抱えているとは私には思えない。まともなプロ集団がいたら、このような報道のされ方をしたら信用を失い、怒り心頭のはずだ。
仙台市にある社員36人のこの会社のホームページをのぞいて気になったのは、「所属団体」に「日本外交協会 宮城県支部」という記述があったことである。この支部の目的は「世界各地の外交情勢を宮城県に住む市民向けに発信」と紹介されている。
この「日本外交協会 宮城県支部」に所属していることこそ、情報戦分析会社Sola.comが外交・安全保障に「精通」していることをアピールする大きなセールスポイントになっているのではないか。
では「日本外交協会」とは何者か。さっそくホームページをのぞいてみた。
戦後間もない1947年に設立されたようである。「日本の外交政策を内外に知らせることを重点に、途上国援助事業や海外で活動する企業のお手伝いなど幅広い分野で活動」しているようだ。現在は大学生や大学院生などの若い層にも働きかけて若い力を外交に活かす道も探っているという。
ホームページには外務省のマークがある。要するに外務省の外郭団体、天下り団体だ。理事長はクロアチア大使やオランダ大使を歴任した外務省OBである。この協会が各地で開催する講演会には外務省OBが講師として派遣されている。
なるほど、そういう団体か。外務省OBはこうして講演料を得ているのか…。外務省から補助金を受けたり、事業を受注しているのだろうか。
ホームページには「法人会員、個人会員や協賛企業の善意で成り立っている公益的な一般社団法人です。ぜひ、お力をお貸しいただき、ともに日本の外交政策を考えていきましょう。新規会員へのご応募をお待ちしております」という記述があり、法人会員として47の企業名が並んでいた。
ANA、NTTコミュニケーションズ、キッコーマン、JTB、資生堂、日本生命、JT、JR東日本など日本を代表する企業名が並んでいる。外務省が声をかけたら、このような名だたる大企業が法人会員として協賛金を出してくれるのだろう。
さらにホームページを読み漁っていると、衝撃の写真を発見してしまった。2020年8月、協会の理事たちが東京・内幸町の日本記者クラブで集まった際に撮影したものである。
なんとその中に、協会の辻優理事長(元オランダ大使)ら外務省OBや高村正彦会長(元外相)らに混ざって、見覚えのある二人の顔を発見したのだ。
ひとりは元NHK会長で「エビジョンイル」と呼ばれて放送界に君臨した海老沢勝二氏。もう一人は私が昨年まで勤務していた朝日新聞社の元社長の箱島信一氏(元日本新聞協会会長)。二人が辻理事長と高村会長の両脇に腰掛けていることが、この協会で大切に扱われていることを物語っている。
ふたりともマスコミ界の一線を退いて久しいが、この日本外交協会の理事を務めていたのだ。政界、官界、財界、マスコミ界の密接な関係はここにもあったのである。
朝日新聞社で政治部デスクに加え、調査報道専門の特別報道部デスクを歴任した私の直感でいうと、この日本外交協会を掘り下げればいろんな話が出てくる予感…。なかなか手が回らないが、時間があるときに掘り起こしてみようか(どなたかお時間がある方はぜひ探ってみてください!)。
そしてこの「日本外交協会」は全国各地に支部を張り巡らし、そのひとつである「宮城県支部」に、「ロシアが日本国内で世論工作を行っている疑い」を調査したとしてテレ朝ニュースに紹介された情報戦分析会社Sola.comは所属しているのである。
ロシア政府による日本国内の世論工作というよりは、むしろ、日本の外務省やマスコミが一体化した国内世論工作の匂いを感じずにはいられない。
マスコミ人は報道の信憑性に疑念を招くような国家権力との関係を慎むべきだろう。「元会長」や「元社長」という大物はなおさらだ。NHKや朝日新聞は少なくとも元経営者たちの天下り先や国家権力とのかかわりをすべて公表すべきではないか。これでは国家権力との癒着を疑われても仕方がない。
やはり日本マスコミの政治ニュースは要注意である。「切り抜き政治ニュース ここがおかしい!」に今後ともご期待下さい!!