自民党の甘利明幹事長が衆院神奈川13区で敗北し辞任したことを受け、岸田文雄首相は後任に茂木敏充外相を起用した。
岸田首相は甘利氏から辞意を伝えられるといったん預かり、その後に了承した。最大の後ろ盾である麻生太郎副総裁や安倍晋三元首相に相談したのは間違いない。
茂木氏は旧竹下派会長代行だが、麻生氏や安倍氏の「言いなり」という意味では、岸田派会長の岸田氏とさして変わらない。岸田政権が麻生氏や安倍氏の傀儡政権であることを改めて印象付ける人事となった。
旧竹下派の「首相候補」は茂木氏と加藤勝信前官房長官だが、加藤氏が安倍氏と「安倍家・加藤家の盟友関係」なのに対し、茂木氏は麻生氏の信頼も得ていることから、岸田首相は安倍氏よりも麻生氏の意向を優先していることがうかがえる。安倍氏が当初、高市早苗氏を幹事長に推したのに、岸田氏は麻生氏が推した甘利氏を起用したのと同じ構図だ。岸田政権最大の後見人は依然として麻生氏とみていいだろう。
茂木氏は東大、ハーバード大学院という華麗な学歴で、実務能力が高いことで知られる。大雑把な甘利氏の党運営とは多少の変化が生じるかもしれない。一方で、官僚や記者に高圧的な態度をみせるという悪評も強く、今後の立ち振る舞いが注目される。
岸田首相はまったく存在感がなく、来年夏の参院選に向けて内閣支持率が上向く気配がない。支持率がじわじわ低下し、「岸田首相では参院選を勝ち抜けない」という声が広がれば、衆院選前に拡大した「菅おろし」と同じように、参院選前に「岸田おろし」が吹き荒れる可能性がある。そのとき、麻生氏と安倍氏が「ポスト岸田」に担ぐ最有力候補のひとりに茂木氏が浮上したのは間違いない。
岸田氏が麻生氏と安倍氏だけの意向に従って幹事長人事を決定できたのは、衆院選で過半数(233議席)を大幅に上回る261議席を獲得したからだ。
多くのマスコミは選挙情勢調査で自民党は単独過半数を獲得できるかどうかの攻防と伝えていた。その予測通りの場合、岸田首相は麻生氏や安倍氏だけでなく挙党体制をとることを迫られていただろう。
総裁選で河野太郎氏を支援した菅義偉前首相や小泉進次郎前環境相、石破茂元幹事長に加え、二階俊博前幹事長を干し上げる人事を実施したものの、自民党で単独過半数前後の議席にとどまれば、二階氏や菅氏らが野党との連携をちらつかせて揺さぶってくる可能性がある。それを阻止するには二階氏や菅氏にも配慮した政権運営が必要だ。
ところが、大方の予想に反して自民党の議席は大きく伸びた。この結果、岸田首相はひきつづき麻生氏と安倍氏だけの意向に従っていれば、それなりに政権を運営していけることになった。
二階氏や菅氏の「冷や飯暮らし」は続くだろう。岸田首相は衆参の3分の2が必要な憲法改正にさえ手を出さなければ、二階氏や菅氏に配慮した政権運営をする必要がない。二階氏や菅氏の動きを封じ込めるためにも改憲論議には慎重な姿勢を続けるのではないか。
国民的人気のある河野氏や総裁選で脚光を浴びた高市氏ではなく、麻生氏の指示通り、知名度がさほど高くはない茂木氏を幹事長に起用したことは、岸田氏が来年夏の参院選でも「低投票率で組織票を固めて逃げ切り」のパターンを狙っており、参院選前に支持率が低下していれば茂木氏にバトンタッチすることも視野に入れているのだろう。
もうひとつ注目されるのは茂木氏の後任の外相人事である。マスコミ報道によると、岸田派の座長を務めている林芳正元文科相を起用する方向で検討が進んでいるという。
林氏は岸田派のナンバー2で、茂木氏と同様に東大→ハーバード大の経歴を持つ。老舗派閥の宏池会(岸田派)では若くから岸田氏以上に将来の首相候補として期待され、参院(山口県選出)から衆院への鞍替えの機会をうかがってきた。今回の衆院選で山口3区に無所属でも出馬する覚悟で名乗りをあげ、最後は自民党公認を勝ち取って当選した。
地元・山口では安倍氏との不仲は有名だ。その林氏を外相に起用したのも、林氏を「首相候補のカード」として手元に置きたい麻生氏の意向が強く働いているといえる。
麻生氏は宏池会を飛び出して少数グループを立ち上げ、第二派閥まで急成長させた。その仕上げとして、麻生派に本家本元の宏池会(岸田派)を吸収して「大宏池会」を結成し、安倍氏率いる最大派閥・清和会と並ぶ勢力に拡大させ、安倍氏と二大キングメーカーとして君臨するのが麻生氏の野望である。
岸田首相が参院選前に退陣に追い込まれれば、茂木氏でつなげばいい。いちばん阻止したいのは麻生派に所属する河野太郎氏の首相登板だ。河野政権が誕生すれば、世代交代が一挙に進み、麻生氏はお役御免になってしまう。
とはいえ、大宏池会に「首相候補」が不在になるのは避けたい。河野氏を抑え込むためにも林氏を外相に据えたというわけだ。
ただ、安倍氏はこの人事が面白くないだろう。やはりここでも麻生氏と安倍氏の「盟友関係」が軋み始めていると私はみている。
自民党は議席を減らして政権転落の危機に立つと結束する。一方で、勝ちすぎると党内の主導権争いが激化する。今回は「勝ちすぎた」結果、麻生氏と安倍氏の関係が微妙になりつつあるといえるだろう。