石破茂首相が年末年始に政局に絡む意味深な発言を立て続けにした。それぞれ分析してみよう。
①予算案否決なら衆院解散も
まずは12月27日にあった都内での講演で「予算案が否決された場合、衆院の意思と内閣の意思のどっちが正しいか国民に決めていただくことは当然ありえる」と語った。石破内閣提出の予算案が衆院で否決された場合は衆院を解散して国民に信を問う姿勢を示したものだ。
1月24日召集の通常国会。最初の山場は2月末に予定される新年度当初予算案の衆院採決だ。自公与党は過半数を割っており、国民民主党か日本維新の会かが賛成しなければ否決される。
国民は昨年末の予算編成で「103万円の壁」の引き上げが123万円にとどまり、減税効果が不十分だとして予算案の修正を求めている。他方、維新は教育無償化の実現を求めて自公与党との協議会を立ち上げた。ともに昨年末の臨時国会では補正予算案に賛成した。
自公与党は国民と維新を天秤にかけ、少なくともどちらか一方の主張を受け入れて当初予算案の可決・成立につなげる方針だ。とはいえ、国民と維新が政策実現を狙って「共闘」すれば面倒になる。
そこで両党を牽制するために飛び出したのが、石破首相の「予算案否決なら衆院解散も」発言だ。
実は国民も維新も早期解散は回避したいと思っている。両党とも自公与党が過半数を割っているからこそ存在感を増している。早期解散で自公が過半数を回復すれば、両党の価値は暴落し、影響力を失うからだ。
しかし、今年は7月に参院選がある。春に衆院選、夏に参院選を行うことなんて、現実的にできるのか。
選挙には巨額の税金が投入される。春と夏にそれぞれ国政選挙を行うこと自体に世論は反発するだろう。今年に解散総選挙を断行するのなら、7月に衆参ダブルで行うほかない。
石破首相にとっても春と夏に衆参選挙をわけて行うのはリスクだ。ただでさえ昨年秋の総選挙で惨敗したのに、春と夏の国政選挙に連勝しない限り、石破政権の継続はないだろう。政権継続へのハードルを自ら2つも設置するのはあまりに愚かだ。やはり勝負を仕掛けるとすれば、ハードルをひとまとめにして、7月に衆参ダブル選挙を行うのが常道である。春の予算成立は国民か維新を懐柔することでなんとか乗り切りたいのが本音だ。
しかも2月末の衆院採決時点で内閣支持率はさらに下落している可能性が高い。そもそも通常国会の予算審議は野党の追及を受けて内閣支持率は下落することが通例だ。しかも今年は少数与党政権で、衆院予算委員長のポストを立憲民主党に明け渡した。閣僚に失言やスキャンダルが飛び出せば、野党は閣僚更迭を求め、それに応じない限り、予算案採決を認めないだろう。その結果、閣僚辞任ドミノが発生する恐れさえある。内閣支持率を引き上げて解散総選挙を仕掛ける政治状況を作り出すのは容易ではない。
石破首相の「予算案否決なら衆院解散も」発言は、現実味を欠いており、国民や維新に対する脅しとしては効果が薄い。
②大連立の選択肢もある
続いては1月1日放送のラジオ番組での発言だ。石破首相は「大連立をする選択肢はあるだろう」と語った。
これまで国民や維新の連立入りには否定的な発言を繰り返してきた。「大連立」というのは一般的に与党第1党と野党第1党が政権をともにすることを指す。石破首相が描く大連立の相手は、立憲民主党とみて間違いない。
石破首相は国民民主党の玉木雄一郎代表とは疎遠だった。むしろ玉木氏は岸田政権下で、ガソリン税減税を求めて、当時の自民党の麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長と水面下で協議を重ねてきた。石破氏と麻生氏の不仲は政界では有名である。
他方、石破首相は維新の共同代表に就任した前原誠司氏とは防衛族議員として長年親交がある。鉄道オタク同士としても仲良しだ。石破首相にとって最も気心が知れた野党議員は前原氏といってよい。その意味で、国民か維新かという選択になれば、維新にシンパシーがあるだろう。
とはいえ、前原氏は国民民主党を離党して維新に合流したばかりで、維新内部を掌握しているとは言い難い。前原氏と手を結んだところで維新全体がついてくる保証はない。
国民や維新を連立に引き入れたところで、今度は連立政権内部から次々に政策要求を突きつけられ、拒否すると連立離脱カードをちらつけせて揺さぶられる。かつて自自公連立が崩壊したときも、自由党の小沢一郎党首はつねに連立離脱カードを持ち出して自民党を揺さぶった。公明党は組織政党で、それほどその時々の世論の動向に左右されないが、自由党も国民民主党も維新も政権入りした以上、成果を出し続けなければ世論の支持を失うため、妥協は難しい。
むしろ、野党第一党の立憲民主党と大連立を組んだほうが政権基盤は安定する。石破首相は立憲の野田佳彦代表とも親しい。防衛族としても接点があるうえ、どちらも緊縮財政派だ。
石破首相はラジオ番組で「何のためにというのがない大連立は、一歩間違えれば大政翼賛会になってしまう」とも語った。大連立には大義名分が不可欠ということだ。
石破首相が思い描いている大連立の旗印は消費税増税だろう。ここ数年のインフレ傾向で税収は伸びている一方、日銀が金利を引き上げたことで国債償還コストがあがり、財政悪化の懸念を指摘する声もある。社会保障の安定を大義名分に、消費税増税を大義名分とした大連立の実現は、財務省の意向にも沿ったものだろう。
自民党の首脳陣は石破首相も林芳正官房長官も森山裕幹事長も緊縮財政派・増税派だ。立憲を牛耳る野田代表や岡田克也前幹事長、安住淳予算委員長も緊縮財政派・増税派である。大連立への環境は整っている。
もちろん参院選前の大連立は不可能だ。自民も立憲も世論の反発を受けて参院選で敗北するだろう。大連立への動きが表面化するのは参院選の後である。
③減税したらどうやって財源を確保するのか?
最後は12月29日のTBS番組「報道の日」でMCを務めた中田敦彦さんから103万円の壁の交渉で重視することを聞かれ、「控除を増やすと、その分、税金が減っていく。そこをどうやって補填していくか。どうやって税金が減っていくのを補っていくか」と答えたことである。国民民主党が求める所得税減税(所得税の非課税枠の拡大)に慎重な姿勢を鮮明にしたものだ。
国民民主党よりは維新を重視し、さらに立憲との大連立をめざす①②の流れを象徴する発言ともいえる。
財政収支を均衡させなければならないというのは、財務省の主張そのものだ。これは一般家計にはあてはまるかもしれないが、国会は通貨発行権を持っており、財政収支を均衡させる必要はない。通貨が暴落してハイパーインフレが発生するのを防ぐため、お金の量を調整することは必要だが、税収以上に支出をしてはいけないわけではない。むしろ世の中にお金が不足して不況の時は、大胆に財政出動してお金を量を増やす必要があるというのが、財務省とは対極にある積極財政の考え方だ。
石破首相の発言は、自らが緊縮財政の立場に立つことを鮮明にしたといえ、これも立憲との大連立に向けた布石とも受け取れるだろう。