SNSを駆使して東京都知事選で旋風を起こした石丸伸二氏と、兵庫県知事選で大逆転した斎藤元彦知事を公選法違反(運動員買収)の疑惑が直撃している。どちらもSNS選挙を支えた業者への支払いが運動員買収にあたるという、まったく同じ構図だ。
既存政党を脅かした石丸氏と斎藤氏という新興勢力が失速するという政治的影響に加えて、今後、自民党や立憲民主党がこの疑惑を口実にSNS選挙の規制強化に動く可能性がある。
もちろん石丸氏や斎藤氏の選挙手法が稚拙で、脇が甘かったとの批判は免れない。しかし、これを口実にSNS選挙の規制を強化したら、SNS選挙に出遅れた既存政党の旧態依然たる体質が温存されるだけだ。
公選法は資金力に勝る者が選挙戦を優位に進めることを防ぐ目的で、様々な規制を課している。巨額の政党助成金が注ぎ込まれる自民党や立憲民主党は、テレビCMや新聞広告を大量投入して選挙戦を展開できる一方、資金力に欠ける少数政党や新興勢力はSNS選挙で対抗するしかない。
石丸氏や斎藤氏の公選法疑惑の解明を強く望む一方、これを機に既存政党に有利なSNS規制が法制化されることを私は強く恐れている。
ふたりの疑惑を整理しておこう。
石丸氏は昨夏の都知事選でユーチューブを駆使した選挙戦を展開し、立憲民主党が擁立した蓮舫氏を抜いて2位に躍進した。今夏の都議選にむけて地域政党「再生の道」を旗揚げして候補者を公募し、すでに400人以上が手を挙げている。
そこへ文春砲が直撃した。都知事選の投票日2日前に文京区のホールで1000人以上を集めて開催した決起集会のライブ配信をめぐって業者に対価を支払ったことが公選法違反(運動員買収)にあたるという疑惑だ。
石丸陣営は都内の業者に有償でライブ配信を依頼した。これに対し、業者は人件費45万円を含む100万円の見積額を提示したが、石丸陣営内で公選法違反にあたるとの危惧が出たという。
公選法違反は主体的・裁量的に選挙活動を行うものに報酬を支払うことを禁じている。石丸陣営はライブ配信を業者に発注するにあたり、人件費を支払えば運動員買収にあたると考えたようだ。
そこで人件費を除いて見積もりの再提出を求めた。ところが、今度は人件費分を省くかわりに機材などの単価をあげて費用を上乗せし、同額(100万円)の見積書を受け取ったというのだ。
これは脱法行為である。実質的には人件費が含まれているのに、見せかけ上、人件費を除いたにすぎない。
さすがに石丸陣営内でも異論が出たようだ。そこで今度はライブ配信を有償で発注すること自体をキャンセルし、キャンセル料として97万円を支払うことにした。ただし、ライブ配信そのものは業者にボランティアで行ってもらったのだ。
これは公選法違反(運動員買収)にあたる可能性が極めて高い。キャンセルは名目に過ぎず、ボランティアとは名ばかりで、実質的にはライブ配信業務に対価として97万円を支払ったと考えるのが自然である。これが許されるのなら、すべての運動員買収を回避できてしまう。何かの業務をいったん発注してキャンセルし、キャンセル料を支払うかわりにボランティアで選挙運動をしてもらえばいいからだ。
文春砲を浴びて、さすがに石丸氏本人も記者会見で「法令違反の恐れがある」と認めるほかなかった。「不備があったのは事実。改めるところは改めたい。これから生かしていきたい」と釈明したが、それで許されるのか。
さっそく市民団体から刑事告発された。今後の捜査に行方が注目だ。
四面楚歌の兵庫県知事選でNHK党の立花孝志氏の援護射撃を受けて大逆転した斎藤知事も大学教授らに刑事告発されている。斎藤氏のSNS選挙を支えたPR会社を兵庫県警が家宅捜索する事態に発展している。
PR会社の折田楓社長が知事選直後、斎藤知事から広報戦略全般を任されていたとSNSに投稿して自己アピールしたことが、公選法違反疑惑の発端だった。折田社長が選挙期間中、斎藤知事に寄り添い、演説風景などを間近で撮影し、SNSで配信していたことが数多くの映像で確認されている。
斎藤知事側はPR会社にポスターなどのデザイン制作名目などで71万円の報酬を支払っていたことを認める一方、広報全般を任せたことはなく、折田社長の選挙活動はボランティアだったと主張した。
しかし、選挙活動を主体的・裁量的におこなった相手に報酬を支払れば、たとえそれが選挙の告示前であっても買収が成立する。発注通りにポスターを制作する行為は「主体的・裁量的」とは言えないが、ポスターなどのデザインをどうするかは「主体的・裁量的」と判断される可能性が高い。
しかも折田社長が演説風景の撮影やSNSでの発信を行なっていた事実は動かし難い。報酬も名目が「ポスター制作」だったとしても、同じ人物が選挙活動を行った場合、報酬そのものが選挙活動の対価とみなされる可能性が判例上、極めて高いのだ。
例えば、公選法は選挙カーの運転手やウグイス嬢への報酬は例外的に認めている。これは運転手は指示されたままに車を運転し、ウグイス嬢も指示されたままの文句で訴えるから「主体的・裁量的ではない」と解釈されているからだ。しかし、運転手やウグイス嬢が候補者をスマホで撮影してSNSで発信し投票を呼びかければ、それは本業とは別のボランティアだという主張は成立しないことが判例上、定まっているのである。
同じことが折田社長にもあてはまるだろう。報酬71万円はあくまでもポスター制作などへの対価であり、動画撮影やSNS発信はボランティアだと主張したところで、同じ人物への報酬は活動全体への対価と判断され、運動員買収が成立する可能性が極めて高いのだ。
ライブ配信業者にキャンセル料97万円を支払ったものの、ボランティアとして配信してもらったと主張している石丸陣営の場合と極めて似通っている。どちらも見せかけ上はボランティアという形式をとりながら、実質的には選挙活動への報酬を支払った運動員買収にあたるという図式だ。
石丸氏も斎藤氏もSNS選挙を駆使して既存政党が推す候補者に挑んだ。
自民党や立憲民主党など既存政党には巨額の政党助成金が投入されている。彼らは豊富な資金力をもとに、テレビCMや新聞広告で党首や候補者のイメージアップを図ることが可能だ。
しかし少数政党や新興勢力にはテレビや新聞などオールドメディアに巨額の広告費を支払うだけの資金力はない。おのずから選挙戦の中心はSNSになる。
SNS選挙の顔となった石丸氏と斎藤氏の公選法違反疑惑は、既存政党と戦う新興勢力にとって大打撃となろう。裏を返せば、既存政党はマスコミや組織力をフル回転した従来型の選挙に戻るほうが圧倒的に有利なのだ。
たしかにSNS選挙ははじまったばかりで、立花氏によるデマ拡散など、さまざまな問題点が浮かび上がった。今回の石丸氏や斎藤氏の選挙手法もあまりに稚拙で、脇が甘過ぎたというほかない。
しかし、これを機に既存政党主導でSNS選挙の規制を強化したら、逆に選挙の公平性を歪めることになる。SNSを通じて政治や選挙に関心が高まってきた流れを止めてしまう恐れもある。
そもそもウグイス嬢や運転手には専門職として例外的に報酬の支払いが認められているのに、SNS発信やライブ配信は認められていないという線引きもしっくりこない。公選法がネット時代に追いついていないのだ。
そもそも公選法による選挙活動の規制は「お金があれば勝てる!」という選挙の歪みをただして公平性を確保することに目的がある。ところが実態は、政党助成金が入る既存政党はテレビCMや新聞広告を多用してマスコミと結託し、優位な立場を築いている。新興勢力がそれに対抗するにはSNS選挙しかないのが現実だ。
石丸氏と斎藤氏の疑惑を契機にSNS規制が強まることには懸念を示しておかなければならない。