福島第一原発「ALPS処理水」の海洋放出について、政府や大手マスコミがいかに非科学的態度であるかは前回記事『海洋放出の是非を見極めるポイントは「処理水か、汚染水か」「濃度か、総量か」〜非科学的な大本営発表を慣れ流すマスコミ報道にウンザリ』で解説したが、今回はそれに続いて、岸田政権の政策のチグハグさを指摘したい。
岸田政権は海洋放出後、中国と香港が日本のからの水産物の全面禁輸に踏み切ったことに猛反発している。昨年の水産物の輸出総額は3873億円で、輸出先の1位は中国、2位が香港、3位が米国。中国と香港をあわせた輸出額は1626億円にのぼり、水産物輸出総額の42%を占める。日本の水産物業界にとって大打撃だ。
岸田首相は中国の禁輸措置に心外な様子をみせているが、外交ルートを通じて海洋放出に踏み切れば禁輸などの強行措置で対抗されることは十分に承知していたはずである(その感触さえつかんでいなかったとしたら外務省の大失態である)。
しかも岸田首相は解放放出決定に先駆けて米国を訪問して日韓首脳会談に臨み、米韓首脳には海洋放出について理解を得ていた。この背景には、米国主導で日米韓の連携を強化して「中露包囲網」を強化するバイデン政権の思惑が見えていた。
米中の覇権争いが強化するなかで、あえて日米韓首脳会談で「海洋放出」への理解を得る政治的パフォーマンスをした以上、中国が反発して対抗措置に踏み切ることは当然予想されたことである。
つまり、岸田政権は中国の全面禁輸措置による日本の水産業への大打撃を覚悟したうえで、海洋放出に踏み切ったとみていい。今さら意外感を見せて抗議するのは政治的パフォーマンスとしかいいようがない。
さらにチグハグなのは、岸田政権がコロナ後の「インバウンド復活」を日本経済再生の切り札に掲げながら、国際社会が批判する海洋放出に踏み切ったことだ。
コロナ前は中国人旅行客の「爆買い」を中心としたインバウンドが日本経済を下支えしていた。コロナ禍で観光業界が大打撃を受けると、政府は「GOTOトラベル」や「全国旅行支援」に莫大な税金を投じて観光業界を全面的に支援。コロナ後は円安が加速して国民生活がエナルギーや穀物の物価高で困窮するなか、円安によるインバウンドによる経済刺激策に重点をおいてきた。
今月には中国旅行客の団体旅行が解禁され、外国人旅行客はコロナ前に迫る勢いで回復しつつある。観光業界は円安の追い風も受けて大盛況だ(ガソリン高騰で苦しむ国民生活と対照的である)。
そこへ海外の「日本熱」を冷やす「海洋放出」である。一方で中国人旅行客をはじめ海外から人を呼び込むインバウンド支援に巨額の税金を注ぎ込みながら、一方で日本渡航への「不安」をかき立てインバウンド効果を帳消しにしかねない「海外放流」に踏み切る。実にチグハグな政策実行としかいいようがない。
なぜこのようなことが起きるのか。岸田政権の政策執行が縦割りだからである。
インバウンド支援を進めるのは国土交通省(観光庁)や観光族議員(二階俊博元幹事長ら)である。一方で、海洋放出を進めるのは経済産業省や東京電力である。それぞれが自分の足元の利益しか考えず、自分たちの都合で政策を進めているから、インバウンド支援と海外放流が同時進行で進むのだ。
裏を返せば、岸田官邸が政権運営の旗印を明確に掲げて政策全般を調整することなく、各省庁から上がってくる政策テーマをそのまま受け入れてばかりいることを映し出しているといえるだろう。
内政・外交全般を仕切ってきた木原誠二官房副長官が文春の疑惑報道で立ち往生し、内閣支持率も急落して岸田首相の求心力が落ちるなか、岸田官邸の機能不全はますます深刻になっていく可能性がある。その先行きを示唆するかのような海洋放出劇である。
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