国民民主党が総選挙で訴えた「年収103万円の壁」(所得税の非課税枠)の引き上げについて、自公与党は来年は「123万円」にとどめることを決めた。「178万円」を求めていた国民民主党は反発して協議は決裂した。自公与党は「178万円をめざす」とした自公国3党の幹事長合意に基づいて協議を続けるとしているが、実現は不透明になった。
所得税の減税幅は微小にとどまり、手取りはさほど増えない。なぜこのような中途半端な結末になったのか。
日本維新の会が臨時国会の土壇場で自公与党に急接近して補正予算案に賛成し、国民民主党と決裂しても、維新と手を結べば、国会で過半数を獲得できるメドがたったからだ。
実は、石破茂首相は、維新の共同代表に就任した前原誠司元外相と、防衛族議員として、そして、鉄道オタク仲間として、長年の盟友関係にある。
マスコミ各社は「自公与党は国民と維新を天秤にかけた」と解説するが、政局はさらに進展しており、石破首相は国民の玉木雄一郎代表を切り捨て、維新の前原共同代表に乗り換えたといえる。
石破政権は年明けの通常国会に向け、連携相手の一番手を国民民主党から維新へ切り替えたのだ。
石破政権は総選挙に惨敗して少数与党に転落した後、当初は国民民主党に大幅譲歩する姿勢を示した。維新は総選挙惨敗で馬場伸幸代表が退いて代表選を実施することになり、自公与党と交渉できる状況になかった。当面は国民民主党を引き込むしか、秋の臨時国会で補正予算成立に必要な過半数を獲得できなかったのだ。
ところが、維新の代表選で吉村洋文・大阪府知事が勝利し、共同代表に前原誠司氏を指名した後、状況が一変する。前原氏は自公与党が維新と教育無償化に関する協議会を立ち上げることを評価し、補正予算賛成に転じたのだ。
この結果、自公与党は国民民主党に大幅譲歩しなくても、維新の賛成を取り付ければ、予算案や法案の可決・成立に必要な過半数を確保できるメドがたった。そこで国民民主党との協議で強気に転じ、123万円を譲らない姿勢を打ち出したのだ。
国民民主党は強く反発している。玉木代表は自公与党の急変について「国民と維新と立憲と内々に話をし、最も安くつく提案を飲んで予算成立を図る」「維新とやれる算段がついたのではないか」との見立てを披露した。
国民民主党が求める「178万円」への引き上げで税収は8兆円減る。一方、維新が求める教育無償化に必要な予算は4兆円だ。国民より維新のほうが安くつくというわけだ。
維新の吉村代表は就任当初、立憲民主党を敵視してきた馬場路線を大転換させ、①野党第一党は目指さない②来夏の参院選1人区では野党候補を一本化するため予備選実施を検討するーーと表明。立憲民主党との連携を強化して自公と対決する姿勢を示していた。大阪府知事である自身に代わって国会運営を担う共同代表には、民主党代表など要職を歴任してきた前原氏を起用した。
前原氏は国民民主党代表選で玉木代表に敗れて離党し、「教育無償化を実現する会」を経て維新に合流した。玉木代表とはしこりが残っている。他方、石破首相とは防衛族議員として与野党を超えて連携してきた盟友だ。鉄道オタク仲間としても知られる。前原氏は石破首相が最も親しい野党議員といっていい。
前原氏は「天秤にかけられるつもりはまったくない」「年収の壁の引き上げには大賛成で、邪魔をするつもりはない。両方とも実現するためにともに取り組んでいきたい」と語った。その本音は、国民民主党と連携して年収の壁を引き上げることよりも、むしろ維新主導で引き上げを果たすことにあるかもしれない。
前原氏が主導する「新しい維新」の出現は、石破首相にとっては追い風となった。
当初は国民民主党に大幅譲歩を重ねるしかなかったが、石破首相は実は玉木代表への不信感を抱いていた。玉木代表は岸田政権時代、石破氏を毛嫌いする麻生太郎副総裁(当時)と茂木敏充幹事長(同)を窓口に、ガソリン税の暫定税率撤廃の交渉を進めていたからだ。つまり、玉木氏の背後に麻生氏と茂木氏の気配を感じていたのである。
盟友の前原氏が維新を率いて補正予算に賛成したことは、石破首相を勇気づけた。玉木代表よりは前原共同代表のほうがはるかに信用できるからだ。
維新の補正予算賛成、自公維の教育無償化をめぐる協議会の立ち上げ、そして自公と国民民主党の決裂ーー。一連の政局は、石破・前原の裏ルートが起動し、石破首相が政権維持に自信を深めつつあることを物語っている。
年明けの通常国会で、石破首相は国民よりも維新への傾斜をさらに深めるだろう。これを受け、国民は麻生・茂木ラインに再接近して石破おろしを側面支援する可能性もある。予算案が衆院で採決される2月末に向けて自公与党と維新、国民、そして野党第一党の立憲民主党の駆け引きは強まってくる。
とはいえ、来夏の参院選で自公与党の政権延命に手を貸したとみられたら維新も国民も大惨敗の恐れがある。国会では自公と連携、選挙では立憲と連携という両にらみがはたして通用するのか。来年の政局は政党間の駆け引きが複雑にからみあう展開となる。