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なぜいま大連立なのか。「菅降ろし」「総選挙」を優先すべきだと考えている人々へ、コロナ対策の失敗の連鎖を断ち切るために

感染爆発と医療崩壊が9月にかけて加速すると予想されるなかで、日本政界は自民党総裁(総裁任期満了は9月30日)と衆院解散・総選挙(衆院議員任期満了は10月21日)をにらんだ政治的駆け引きが激化している。与野党の政治家の頭の中は「コロナより選挙」なのだ。

菅義偉首相は「9月に衆院解散、10月に総選挙、その後の自民党総裁選で再選を果たす」という筋書きを描いている。早期診断・早期治療で命を守る医療供給体制を整備する国家の責務を放棄したまま、9月に衆院を解散して与野党が選挙に明け暮れ、1ヶ月以上も政治空白をつくることなど許されるのか。

私は①衆院を任期満了の10月21日に解散する政治日程を与野党合意で決める②衆院解散までの期間限定で与野党が大連立し、コロナ危機対応に短期集中で連帯するーーと提案してきた。感染爆発と医療崩壊に直面している東京の首長6人も、与野党が政治休戦してコロナ危機対応に力を合わせることを緊急提言した。昨日の当欄で紹介したとおりである。

世田谷区長ら都内6首長が与野党に促す「コロナ政治休戦」〜衆院解散を10月21日の任期満了まで先送して政治空白を回避せよ!

この「与野党大連立によるコロナ危機管理内閣」に対し、ツイッターや当欄で賛否両論を多数いただいた。衆院解散前に「早期診断・早期治療」を可能とする医療供給体制を大至急で拡充するという目的に対して異論はほとんどなかったが、「大連立」という手段に対しては懐疑的な意見がいくつか寄せられたので、政治ジャーナリストとしての見解を示したい。

■ 大連立よりもまずは菅首相を引きずり下ろすべきではないか?

首相本人が続投を望んでいる場合、退陣に追い込むのは相当難しい。憲法上は衆院が内閣不信任案を可決して首相に内閣総辞職か衆院解散を迫るしかないが、野党が提出した内閣不信任案に与党(またはその一部)が同調して不信任案が可決される可能性は今の政治状況ではほぼない。現実的には自民党内で「菅首相では総選挙を戦えない」という声が高まり、幹事長をはじめとする党重鎮が首相を説得して総辞職させるしかない。

菅首相が説得に応じて総辞職を決意したら、自民党総裁選がただちに実施され、後継総裁を選出したうえで(9月30日の総裁任期が迫る現時点では、国会議員だけが投票する簡易型ではなく、全国の党員が投票する正式の総裁選となろう)党役員人事を行い、臨時国会を召集して首相指名選挙を経たうえで組閣人事を行い、新内閣を発足させるという流れになる。この間、どんなに急いでも1ヶ月近くを要するだろう。菅首相の説得に手間取れば、政治空白はさらに長くなる。

そうして発足する新内閣は、コロナ対策で失態を重ねてきた安倍・菅内閣と同じ自公政権の枠組みを受け継ぐ。早期診断・早期治療を可能とする医療供給体制の整備を怠り、国民に一方的に自粛を迫るばかりだった枠組みを踏襲して、コロナ危機管理の抜本的出直しができるだろうか。

しかも、新内閣は10月21日までに衆院を解散し総選挙に突入しなければならない。今から11月にかけて3ヶ月ほど、政治家たちは政局や選挙に明け暮れてコロナ危機対応どころではないという、実に危うい国家統治の状況が続くことになる。

感染爆発と医療崩壊がこの一年半で最も深刻化している現時点で菅首相を引きずり下ろすのは、相当リスクが高い。

■ 大連立よりも総選挙を1日も早く実施すべきではないか?

衆院の解散権は「首相の専権事項」で、首相だけが持つ「最高権力の源泉」「伝家の宝刀」と呼ばれている。首相はいつでも解散権を行使できるという通説に対しては憲法上からも政治学上からも異論があるものの、日本政治史では「首相の専権事項」として認められてきた。「1日も早い総選挙」を実現するには、菅首相が衆院解散を決断するほかない。

菅首相は9月5日のパラリンピック閉幕後ただちに臨時国会を召集し、大型補正予算を成立させたうえで9月中に衆院を解散する(9月予定の自民党総裁選は総選挙後に先送り)「9月28日公示ー10月10日投開票」の政治日程を軸に検討を進めてきた。しかし、東京五輪の強行開催後に感染爆発と医療崩壊が加速して内閣支持率は急落。自民党内では総選挙に先行しての総裁選の実施を求める声が強まっている。

菅首相としても、感染爆発と医療崩壊が加速する9月に衆院を解散して総選挙に突入するのは腰が引けるのではないか。できれば衆院解散を10月21日の任期満了ギリギリまで先送りし、その間に「切り札」であるワクチン接種を進めて感染拡大と医療崩壊を鎮静化させたうえで総選挙に突入したいところである。

しかし、その場合は総裁選の先行実施を求める自民党内世論がやっかいだ。不人気の菅首相では総選挙は戦えないとして「新しい顔」を求める声が広がり、ただでさえ菅政権に不満をくすぶらせている安倍晋三前首相や麻生太郎副総理らがそれに同調して「菅降ろし」が急拡大する可能性がある。それを封じるため、コロナ危機下の9月解散を断行するか、解散を10月に先送りしてまずは自民党総裁選に全力をあげるか、いずれにしても菅首相は政局に追われ続けコロナどころではない。

菅首相が9月解散に踏み切ったとしても、総選挙で野党がいきなり過半数を制して政権交代が実現する可能性は極めて低い。内閣支持率が急落しても立憲民主党の支持率は一向に上昇してこないからだ。自民党が惨敗するケースとして「自民過半数割れ」くらいはあるかもしれないが、公明党をあわせて過半数を維持すれば、菅首相を交代させて新政権を発足させる程度の変化にとどまる。この場合も最大派閥を率いる安倍氏の影響力は残り、新政権の顔ぶれが清新に入れ替わることは期待できず、コロナ危機対応が抜本的に変わるとは考えにくい。

総選挙で自民党が大きく議席を減らし、安倍・麻生両氏と二階俊博幹事長の対立が抜き差しならなくなって自民党が分裂し、野党を巻き込んだ政界再編に発展する可能性もわずがならあるだろう。しかし、9月の衆院解散から政界再編の完成まで2〜3ヶ月間、永田町はコロナ危機そっちのけの大政局に染まることになる。「国民の命より権力闘争」という見るも無惨な光景が延々と続くのだ。

10月21日まで期間限定の「大連立」の最大の効果は、与野党の政治休戦によって政治空白が生じることを避けるとともに、政権の枠組みを変えることで遅々として進まなかったコロナ危機対応を質的に変化させ、医療供給体制の緊急整備に短期集中で取り組む機運を高めることである。

■ 大連立のトップはだれになるのか?

大連立構想に対する最も厳しい突っ込みは「大連立の形はどうなるのか?」というものだ。最も答えにくい質問なのだが、結論としては「菅首相」のままでいくしかない。新しい首相を選出する政治的調整に時間とエネルギーを割く余裕はないからだ。

ここまで感染爆発と医療崩壊を招いた菅首相にコロナ危機対応の立て直しができるはずがないーーそのようなご批判はごもっともである。

しかし、政治が現時点で最も優先すべきことは、日々深刻さを増す感染爆発と医療崩壊を抑え込むための緊急措置だ。首相交代にエネルギーと時間を費やして政治空白をつくる余裕はない。野党が大連立という形で政権に参画することで、停滞する政策決定プロセスに変化を与え、これまでのコロナ対策の失敗の連鎖(PCR検査抑制で感染実態を隠してきたことや医療供給体制の拡充を怠り医療崩壊を招いたこと)を断ち切ろうというのが私の提案である。

与党を率いる菅首相(自民党総裁)と野党を率いる枝野幸男氏(立憲民主党代表)が党首会談で大連立に署名すれば、内閣の布陣を入れ替えることになる。枝野氏ら野党幹部が閣僚として参画すれば「閣内協力」となり、閣内には加わらずに党首会談を最高意思決定の場として政策決定に関与するのなら「閣外協力」となる。私は閣内協力がよいと思うが、政治的調整に手間取るのなら迅速な合意を優先させて閣外協力にとどめることもありえるだろう。

どちらにせよ、野党はここまで「コロナ失政」を重ねてきた西村康稔担当相や田村憲久厚労相、さらには専門家を代表してコロナ対策を主導してきた尾身茂会長らの総入れ替えを主張することができる。菅首相は受け入れざるをえないだろう。コロナ危機対応を決める顔ぶれを一新し、無為無策を重ねてきたコロナ政策を大転換させる絶好の機会となる。

大連立は党首会談をはじめとする政党間協議がコロナ危機対応を決める主舞台となるため、政策決定過程は透明化されるだろう。10月21日の衆院解散まで期限が限定されており、政策決定のスピードも上がるはずだ。不合理なかたちで政策合意を阻んだ政党は直後の総選挙で厳しい審判を受けることになるため、歪んだ圧力も加えにくい。菅首相は形式的には最高権力者の座にとどまるのだが、今よりはるかに「お飾り」的な存在となり、レームダック化が進むかもしれない。

自民党が大連立に応じた菅首相をそのまま担いで総選挙に臨むかどうかはわからない。だが、コロナ危機対応を大義名分とする大連立に応じた菅首相を自民党が引きずり下ろす展開になれば、政界は大混乱だ。超党派によるコロナ危機対応を妨害する自民党に批判が殺到する可能性もあり、断固反対を貫くことは簡単ではない。総選挙が目前に迫るだけに、自民党も世論の声に配慮せざるを得ない時期なのだ。

大連立を契機にコロナ対策を大転換させ、早期診断・早期治療を可能とする医療供給体制の整備を一挙に進めれば、菅内閣の支持率は今より回復するだろう。菅首相にとってはこのまま支持率下落が続き、自民党内の「菅降ろし」が急拡大するよりは、大連立を受け入れて政策転換に踏み切るほうが、政権続行の芽は出てくる。

一方の枝野氏も、このまま総選挙に突入したところで過半数を制して首相を座をつかむ可能性は極めて低い。枝野氏は「議席を伸ばした」ということで代表に踏みとどまるつもりだろうが、立憲民主党内には枝野代表ー福山哲郎幹事長の「独裁体制」に不満が鬱積しており、総選挙後に「枝野降ろし」が本格化する可能性は高い。むしろ大連立で政権に参画することで、埋没してきた立憲民主党の存在感を高め、野党の行き詰まり感を打開する大きなチャンスとなるのではないか。

総選挙後の展開は、有権者による審判次第である。大連立のかたちでコロナ危機対応をはじめとする政治がスピーディーに動き出せば、政治への関心は高まり、投票率はアップするのではなかろうか。

以上、解散総選挙と自民党総裁選が重なる今秋の政局で政治空白が生じることを避け、感染爆発と医療崩壊の危機を乗り越えるため手段として「10月21日までの期間限定の大連立」は有効なカードであり、菅首相と枝野代表にとっても受け入れ可能な選択肢であると私は考えている。

少なくとも自民党総裁選にむけて自民党議員たちが党内抗争に明け暮れ、衆院解散・総選挙にむけて与野党の衆院議員たちが選挙活動に奔走し、その陰で無為無策のコロナ対策を重ねてきた官僚や一部専門家がこのままダラダラと仕切り続けるよりは、有効なコロナ対策への転換が期待できるのではないだろうか。

感染爆発と医療崩壊は日々進行している。時間的余裕はない。菅首相と枝野代表に決断を迫るのは、世論の力だけである。皆さんの意見を政治倶楽部に無料会員登録して以下のコメント欄からお寄せいただきたい。

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