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朝日新聞(東京)よりも地方紙(沖縄)で働くことを選んだ南彰記者の決断〜福島拠点の政治経済情報誌『政経東北』に「地方紙に求められるジャーナリズムの気概」を寄稿しました

福島市に本社を置く月刊『政経東北』から執筆依頼が届いたのは8月初旬だった。昨年創刊50周年を迎えた政治経済情報誌である。

担当記者は拙著『朝日新聞政治部』を読み、「中央紙の闇の一端を知ることができた。新聞の役割や力が急速な勢いで小さくなっている」と感じたという。そして「中央紙がそうなら、地方紙はもっとそうかもしれない」と考え、私に「地方紙に求められるジャーナリズムの気概」というお題で『政経東北10月号』に寄稿してほしいという依頼だった。

なかなか難しいテーマだ。

私は1994年に朝日新聞に入社し、政治部や特別報道部を中心に政治報道や調査報道に取り組んできたが、地方紙の勤務経験はない。

朝日新聞での地方勤務も入社後5年間(1994〜99年、つくば、水戸、浦和の各支局)だけで、そのあとは東京本社から異動したことがなく、ずっと東京を拠点にしてきた。転勤が多い新聞記者としては異色の経歴だった。

果たして「地方紙」をテーマに執筆する資格があるのか、少し迷った。

一方で、調査報道に専従する特別報道部には立ち上げから深く関わってきた。記者クラブを取材拠点として当局批判に及び腰な政治部、経済部、社会部などに睨まれながら、特別報道部のデスクとして中央省庁や大企業が隠蔽するスキャンダルを暴くキャンペーン報道もたくさん手掛けてきた。

その特別報道部の主力を担ったのは、政治部、経済部、社会部などから一本釣りしたエース記者たちと、地方紙や週刊誌など他社から引き抜いた特ダネ記者たちだった。高知新聞出身の依光隆明記者、北海道新聞出身の青木美希記者、下野新聞出身の板橋洋佳記者らだ。いずれも新聞協会賞を受賞したキャンペーン報道の中心記者として活躍した。

私は彼らから「地方紙の底力と限界」「朝日新聞の強みと弱み」をしばしば聞いてきた。端的にいうと、地方紙は県庁、県警、電力会社など地元有力企業に弱い。朝日新聞は財務省や検察庁・警察庁など中央省庁や大企業に弱く、そして極度な官僚体質だ。

朝日新聞の生え抜き記者と地方紙や週刊誌の腕利き記者がしのぎを削る特別報道部は、朝日新聞社史でも極めて特異な取材文化を生み出した組織であった。管理統制を強める今の朝日新聞が特別報道部を廃止し、政治部や社会部が幅を利かせる旧態依然たる企業体質に立ち戻ってしまったのは残念でならない(詳しくは『朝日新聞政治部』で)。

私は特別報道部次長(デスク)として、ある原発立地県の地方紙と「共同調査報道」を手掛ける交渉も水面下で進めていた。双方の弱点を補い合いながら、原発利権を暴くキャンペーンを朝日新聞と地方紙で同時展開する狙いだった。『朝日新聞政治部』で詳報したとおり、最後は『吉田調書』事件で頓挫してしまったが、当時から地方紙についてはそれなりに研究してきたのである。

そこで『政経東北』からの執筆依頼を受けることにした。いざ書き始めると、思いの外、あれもこれもとテーマが浮かんでくる。なかなか興味深い内容になったと思うので、ぜひご覧いただきたい。

政経東北10月号

寄稿の最後に紹介したのは、朝日新聞政治部の後輩である南彰記者のことだった。

彼は『朝日新聞政治部』にも実名で登場するが、政治部期待の若手記者だった。請われて新聞労連委員長になり、政治取材の現場から離れている時に、政治報道のあり方を批判する著書を出し、SNSでも積極的に「メディア批判」を発信していた。

新聞労連委員長の任期を終え、朝日新聞政治部に復帰した後は風当たりが強かったようだ。ほどなく政治部から異動となり、朝日新聞記者としての将来に不安を抱いていたようである。今年10月に退社し、沖縄の地方紙へ移ることになった。

南記者の決断にはさまざまな理由があろうが、私はこの知らせを聞いた時、朝日新聞が地方紙の腕利き記者を引き抜いたのは今や昔、全国紙の記者が自分に適した活躍の場を求めて地方紙へ転身していく時代が到来したと思った。

どこにいても全国へ世界へ向かって発信できるネット時代を迎え、東京を拠点とする全国紙は相対的な影響力を失い、記者として働く魅力も低下した。入れ替わるように地方紙の可能性は無限に広がっていると感じたのである。

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